秘密がバレる理由バレない理由

ろくろわ

秘密を知った男

 田川たがわはどこか落ち着かない様子で裏通りを駆けていた。

 誰かに追われている訳ではない。

 だが重大な秘密に気が付いてしまった。田川はそう思うとすれ違う人、全てが自分の事を監視しているような気がしていた。田川は人を避け裏通りの奥へ奥へと向かっていく。一月の冷たい空気が喉に張り付き、声にならない音が漏れていた。

 何処を通ったかも分からず疲れ果てた田川の前に『秘密を買取ります』と記された喫茶店とも、占い屋とも見える一軒の店が目に入った。

 普段なら気にしないだろうし怪しいとさえ思うのだが、気が付いた時には店のドアを開け、中に向かって歩いていた。店の中はやはり喫茶店と言った感じで、入口からテーブル席がいくつかとカウンターの席が並んでいた。


「あの、すみません」


 田川は店の奥へと声をかけた。


「いらっしゃい。おや、これはまた大きな秘密を抱えていますね?貴方自身の秘密と言うよりは何か秘密を知ってしまった。そんな感じですね」

「えっ?なぜ分かるんですか!」


 奥から出てきた初老のマスターは、田川の顔を見るなり抱えている秘密の事を言い当てた。


「それはこの店が秘密を抱えた人しか来れないからだよ」


 マスターの言うことは妙に説得力があった。


「それで貴方は秘密を売りに来たのかな?」


 マスターの言葉に田川は我に返った。秘密を売りに来た訳ではない。だが田川一人でこの秘密を抱えることも苦しかった。


「秘密を売るってどんな感じなんだ?」


 田川はマスターに訊ねた。

 マスターは水を一杯差し出すと答えた。


「そうだね。僕に貴方の秘密を話してください。その秘密の大きさに合わせて報酬を与えると言う感じです。報酬は貴方にとって最低だと数百円、良い秘密だと数十万円から数百万円の価値になるものになります。取り敢えずお水でもいかがですか?」

「有り難う。でも水は遠慮しておくよ。今人から貰う何かを口にするのが怖いんだ。それで秘密の報酬は良く分からないが、折角だから秘密を買って欲しい。というか俺一人では抱えきれないんだ」


 田川は差し出された水を断るとカウンターに座り、マスターに秘密を話し出した。


「何て言うのかな。マスターは信じてくれないと思うけど俺の秘密って言うのは、俺達の行動とか世界には想像主がいて、全て決められた行動を取らされていることに気が付いたと言うことなんだ」

「想像主と言うのは、所謂いわゆる神と呼ばれるものの事でしょうか?」

「いや、そんなんじゃない。簡単に言うと俺達は漫画や小説に出てくる登場人物にすぎないんだよ」

「どうしてそんな風に思ったのでしょうか?」

「俺はずっと誰かに見られている気がしていた。そして自分の行動も実は決まっている事をなぞっているだけじゃないのかと思っていた。だから俺は何かの登場人物なら、脚本通りに進んでいるのなら、作者の思惑をよんで行動することで逆手に取れるのではと思った。結果はどうだったと思う?」

「その話し口だと思いどおりになったんだね」

「あぁ。生活の全てをストーリーだと考え想像主が作りたい方向を壊さないように、だけど自分の都合の良いように変えていったよ。それこそ、ご都合主義の結果通りになる物語の主人公に自分がなっているかと勘違いする程にね」

「でもそれだけじゃあ証拠にはならないね」

「確かに。だけど例えばこんな晴天の日にも、大雨が降る方が都合が良ければ願うだけで絶対に雨が降るんだ」


 田川は何処か怯えた表情で窓から雲一つない晴天の空を見た。


「それにちゃんと考えてみたんだ。俺のストーリーの役割は何かって。そして気が付いたんだよ俺の役割に」

「貴方の役割?」

「そう俺の役割。それは世界の秘密を知って世界に消される事。だから俺は人から差し出されたものは怖くて口に出来ない。いつか消されると思って逃げたんだ。人がいないところへと。そしてこの店を見つけた。でもこれこそも、シナリオ通りの行動だったんだ。じゃなきゃ、こんなに都合良く秘密を買い取る店なんて無いじゃないか。これが俺の知ってしまった秘密だ」

「成る程。確かにそうなると説得力がありますね。貴方の秘密、買い取りましょう。貴方が気が付いた秘密は随分と大きなものです。ところで貴方は何故、秘密がバレると思いますか?」


 急なマスターの質問に田川は一瞬考え込んだが、思っている事をそのまま答えた。


「それは秘密を話しちゃうからかな」

「そうですね。人は何だかんだと秘密を他の人に話しちゃうんです。だから秘密は守られず、いつの間にか漏れてしまうのです。では秘密がバレないようにするにはどうしたら良いと思いますか?」


 田川にはマスターの表情が読めなかった。笑っているような怒っているようなそんな顔だった。


「秘密を自分だけに留めておく?」

「それは半分正解です。秘密を知っている人がいなければ、それは秘密じゃなくなります。そしてそれは自分自身。貴方自身もそうですよ。ところでその水は美味しいですか?」


 マスターに言われて田川は自分が差し出された水を飲んでいることに気が付いた。


「どうして、なぜ俺は水を飲んでいるんだ。そんな、嫌だ。消えたくない」

「貴方が水を口にしたのは、その方が作者にとって都合が良いからでしょう」


 マスターの声を遠くに田川の意識は途切れていった。



 ◇


「起きてください」


 田川はマスターの声で目覚めた。どうやら眠っていたらしい。


「あの、ここはいったい?」

「ここは只の喫茶店ですよ?随分と急いでいて疲れていたようだったので少し休んでいただいておりました。お身体はもう大丈夫ですか?」

「そうでしたか。有り難うございました。あの、俺は何か注文していますか?お代は幾らですか?」

「大丈夫ですよ。お水を一杯飲んだだけですので」


 田川は自分の前にある空になったグラスを見つめた。


「そうでしたか。このまま何も注文しないで申し訳ないのですが、俺はそろそろ帰ろうかと思います」

「えぇ、そうなさってください。あっそうだ。こちらをお持ち帰りください。その傘は貴方の秘密の報酬ですよ」


 マスターはそう言うと田川に傘を差し出した。

 田川はこんなに晴れているから傘なんか必要ないのにと思いながら受け取った。


「有り難う。では私はこれで」


 田川はそう言って店を出ようとドアを開けた時だった。先程の晴天が嘘のような大雨が降りだした。


「マスター凄いですね。なんで雨が降るって分かったんですか?」

「その方が都合が良かったんですよ」


 笑いながら答えるマスター。

 田川にはその意味が分からなかった。


 田川が店を出た後、マスターは田川の秘密が詰まった瓶を磨き、『秘密を知った男』とラベルを貼るとカウンターの奥にある戸棚へとしまった。そしてマスターは片付けをしながら、思い出したようにコチラを見上げ話しかけた。


「そこの貴方、そう貴方です。今この話を読んでいる貴方です。小説の登場人物に自分達がキャストであることを気付かせてはいけません。小説は静かに読んでください。それが貴方の役割です。いいですか?皆が作者の意思によって動かされています。その事に気が付くキャストが何割かはいます。私はそう言った方の秘密を貰い受け、キャストとしてこの世界に再び戻す役割を担っています。この事は貴方と私の秘密ですよ」


 マスターはそう言うと再び自分の物語の世界へと帰っていき、自分の役割を果たす為、次の秘密を抱える人を待つのであった。

 

 えっ、マスターだけなんで真実を知っているかって?それはマスターだけ真実を知っていて物語を終える方が作者にとって都合が良いからだ。



 了

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