第6話 相食むは魔と魔
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地中から広範囲に骨の槍を突き出し、敵手を貫く。それはラカニシュの術ではあるが、ラカニシュの術ではない。
正確に言えば、彼の同胞だった者、家族だった者…連盟術師『糾う骨』キャスリアンの業である。
キャスリアンは骨を愛した。
骨とは何か?
骨とはその者の本質である。
なぜ本質と言えるのか?
骨こそが生物を構成する部品の中でもっとも形を変えないものだからだ。
姿形がどう変わろうとも、その者の本質は変わらない。
キャスリアンは『骨』をそう見た。
彼の骨への執着は、彼の母によるところが大きい。
キャスリアンの母はキャスリアンが青年と呼ばれる齢となった頃、急速に呆けていった。
父親が不慮の事故で亡くなった事が彼女の芯棒を圧し折ってしまったのかもしれない。
まあ年をとれば誰でもボケるものだが、そんなものは門外漢の賢しらぶった戯言に過ぎない。
母を愛するキャスリアン青年にとって、目の前の母の精神が急速に崩壊していく様はどれほどの地獄であっただろうか。
しかしキャスリアン青年の母親への愛情は決して潰える事はなく、名前を忘れられても暴力を振るわれても母親の世話を続けた。
母親が死んだ時、キャスリアン青年は遺体を焼いた。西域では基本的には火葬である。
遺体を火術で焼き尽くすのだ。
この時の術の使い手は『送り手』と呼ばれ、その地域の民から一段高い尊敬を受ける事となる。
そして燃え残った骨をみたキャスリアン青年は、母の頭蓋骨の側頭部にへこみが入っているのを見た。
――それでねえ、崖の上から石が落っこちてきちゃって!ごっつんって母さんの頭にぶつかってね。痛いし怖いし意識は朦朧とするし…母さんはもう駄目だと思ったのよ。でもそこで助けてくれたのがお父さんだったってわけ!あの時母さんはお父さんに惚れちゃってね
生前の母の言葉がキャスリアン青年の脳裏に蘇る。同時に彼は母親の頭蓋骨に、変わってしまう前の母親を視たのだ。
それは決して論理だった理屈ではない。
合理的な考え方でもない。
だが、キャスリアン青年は信じた。
人はその骨にこそ本質が宿るのだと。
そして思った。
母は焼け、この世から去ってしまった。
しかしかつて母を母たらしめていた本質は、今もほら、このように硬くこの世に在るではないか、と。
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強い思いに術は応えるものだが、物だって応える。例えば長く大切に扱っている刀剣の類に妖しげな力が宿る事は往々にしてある事だ。
翻って、キャスリアンの骨に向ける愛、想いに骨も応える。
骨が想いに応えるとはどういう事か?
それは…
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地を這う四足の魔獣が数体がヒルダリアの合図でラカニシュに踊りかかる。
四足の魔獣の代表といえば魔狼だが、魔狼などとは比べ物にならない剣呑さを持つその魔獣は、魔族からはただ「犬」とだけ呼ばれていた。
だが犬ときいて多くの者が思い浮かべるそれはとは様相がまるで違う。
大きく口をあけ牙を覗かせている辺りは魔狼と変わらないが、まず本来歯があるべき部分のみならず、口内の全体に隙間なく鋭い牙がはえている所が悍ましい。
さらにこれは見れば分かる事だが、目が頭部だけじゃなく全身についているのだ。
この「犬」は全身の目で周囲を1度に見渡し、牙だらけの口で獲物に食いついたらば最後、獲物はたちまちの内に挽き肉と化してしまう。
戦力比較では銀等級の冒険者ではかろうじてサシでやりあえるといった所であろうか。
その銀等級の冒険者は一般人を殺し慣れた野盗を3、4人同時に相手にしても数分で皆殺しに出来る。
そんな化物が禍々しい牙をつきたてようと迫る。
ラカニシュはその「犬」達をぐるりと見回し、視界に収めた。
その瞬間、「犬」の体内より犬自身の骨が突き出した。
骨が想いに応えたのだ。
だがそれは偽りの思いである。
ラカニシュはキャスリアンの術を簒奪していた。
それはラカニシュの権能だとかそういう事ではなく、不死者となる過程を経てキャスリアンの魂を取り込んだ為に斯くなる仕儀となった、いわば偶然だ。
だがかつて連盟がマゴマゴとしてラカニシュを放置していたのはこれが原因でもある。
仮にラカニシュが連盟員の持つ“業”を残らず喰らってしまったならどうなるか。
まあ一番の原因は協調性が全くないので、世界各地に散ってしまった彼らが1つの場所に集うことは魔王を殺害する事より難しいという点であったが。
◆
――愛は与、へ、時に奪う
――嗚呼、愛無き者達
――わたし、が、慈愛を与へよう
風と風が擦りあわされたような耳障りな声が響く。
ラカニシュの周辺には肉体の内部から骨が突き出され、グチャグチャになった「犬」のなれの果てが斃れていた。
悍ましい点がある。
それは此れ程に肉体を損壊されてもなおも「犬」は生きており、しかも苦しんでいるどころか快楽を得ているように見えるという点だ。
それを見た魔将ヒルダリアはギリリと歯軋りをし、腰に佩く剣を引き抜くやいなや、ラカニシュとの距離があるにも拘らず逆袈裟に切り上げた。
「虚けが!そんなものが、慈愛であるものかッ!」
氷の津波と呼ぶに相応しい波濤が巻き起こり、「犬」もろともラカニシュを氷の瀑布が飲み込んだ。
◆
冒険者ギルド、ロビー
「エルファルリ、ユラハ。あの雲を見たか」
ヌラの言葉にエルファルリは深刻そうに頷いた。
ユラハはどこか不安そうだ。
それを言うのならば、不安を表に出していない者などこの場には誰も居ないが。
「ああ。ギルドは調査隊を派遣するらしい。ああ、そうだ、バリスカ伯爵も噛むらしいぞ。あの御仁は典型的なレグナム西域帝国の貴族だからな…というかもうギルドに来ている。2階で上層部と色々詰めているみたいだ。私も団を率いて向かう事になりそうだ」
ヌラが耳を澄ませると、階上から怒号が聞こえてくる。
――愛すべき祖国に危機ィが迫っておる!偉大なる歴史を持つ我らが帝国に迫る来る牙!我等帝国臣民は愛国充ちる両の豪腕でこれを迎え撃たん!
――冒険者達を編成せよ!我はバリスカ伯爵家が有する常備軍を以って変事へ当る!カァーッ!!!見よ、我が身体が震えておる!皇帝陛下への忠を示す機会を得た事に喜び勇んでおるのだ!
それを聞いたヌラは雇い主の狂乱を無表情で流した。いつもの事であったからだ。
だが、雇い主がああいうスタンスであるなら、これは自分も事に当たる事になるのだろうな、とため息をつく。
内心の警鐘はいまだに鳴り響いているのだ。
あの黒雲は危険であり、なんだったらそれよりさらにまずいのがあの地にはいる。
レグナム西域帝国、シュバイン・バリスカ伯爵は帝国きっての愛国者であり、考え無しのイノシシ武者だ。
悪人ではないが、声がうるさくとにかく何事もギャアギャア喚くので、レグナム皇帝サチコを怖がらせる恐れを危惧したゲルラッハにより北方へ飛ばされた…というのは半ば冗句で、この北方の地は魂を寒からしめるモノが眠っており、精神が弱い者は心を病む。
シュバイン・バリスカは病むほどの繊細さがない。ゆえの抜擢であった。
バリスカ伯爵のカチコミに辟易としたのは冒険者ギルドである。
ギルドはレグナム西域帝国に属するものではないからだ。
帝国はギルドに対しての直接命令権を持たない。
では冒険者ギルドとはそもそもなんぞや、というとこれに答えられるものは誰もいないのだ。
気付けば各国に存在してて、良くわからないうちに様々な制度なりが作られており、各国もその事を不審に思わないでもないが、無ければないで困る事も多いし、なんだったら税金もしっかり払っている為ギルドについては見てみぬふりをしている…というのが現状であった。
また、ギルドは各国の国家間紛争などに関わる事はない。だが、外敵…つまり、人類種を害する勢力については国家へ協力をする義務を持つ。
このあたりがギルド存続が見逃されている理由でもあろう。
上記の理由で、ギルドとしてはバリスカ伯爵の干渉は鬱陶しいが、それでも断わる正当性を見つけられないでいた。
ギルドはあの黒雲が発生した地に眠るものがなんであるかを知っているからだ。
その危険性も。
ゆえに放置しておくという選択肢はなかった。
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