彼女を、捨てました。
楓 しずく
前編
「ねぇ潤君、今日の掃除当番変わってくれないかな?」
彼女はそう言って両手を合わせながら潤に頼んだ。まるで、子犬のようにその瞳をうるうるさせながら、じっと見つめている。
「えっ・・・うん。いいよ」
「ほんとに!? ありがとう! 潤君大好き♡」
満面の笑みを見せると、彼女は廊下で待っていた他の女子生徒達と共にあっという間に去っていった。
「・・・・・・はぁ」
誰も居ない教室に取り残された少年、
掃除当番を変わるのは、実は今日が初めてではない。
潤に頼み込んで来た少女、
舞子は男女関係なく誰とでも仲良くなり、その明るい性格でいつもクラスの中心に立っていた。
腰まで伸びた明るい
きめ細やかな美しい肌と、なによりその容姿は、その場に立っているだけで絵になってしまうほどの美しさだ。
おそらく、この学園のどの生徒に聞いたとしても、間違いなく舞子が一番の美少女だと誰もが答えるだろう。
だからこそ、潤はそんな舞子のことを誰よりも大切にしたいと思っていた。
こんな俺を、舞子は受け入れてくれたんだ。絶対、舞子のことを一番幸せにしてみせる!
その結果、潤は舞子からのお願いは基本何でも聞いてしまうようになっていたのだ――。
(とりあえず、早く掃除を終わらせて俺も帰ろう・・・)
すると、ガラッと扉が開く音がした。
「・・・あれ、なんで潤が掃除してるの?」
眠そうな眼差しで見つめながら教室に入って来た少女は、潤の幼馴染の
セミロングの焦茶色の髪は、左側が隠れるような前髪になっている。
紺色のセーターを着て、黒いストッキングをいつも履いており、クラスでは幼馴染の潤以外とはほとんど口をきかない物静かな少女だ。
「なんだ、美乃か。美乃こそ、まだ帰ってなかったのか?」
「私、今日掃除当番なの。それより、何で潤が里原さんの代わりに掃除してるの?」
「えっ? あぁ・・・うん。彼女に変わってくれって頼まれたからさ・・・・・・」
「ふーん。また、彼女に
まるで、死んだ魚のような目を向けながら、美乃は掃除用具入れから箒を取り出した。
「いや、押し付けって・・・そんな言い方しなくても、彼女にだって用事の一つや二つくらいあるかもしれないだろ?」
「その彼女だけど、さっき私が廊下ですれ違った時、一緒に居た子達とこれからカラオケに行くってはしゃいでたけど?」
「・・・・・・」
美乃の言葉に、持ち上げた椅子の潤の手が止まった。
「・・・まぁ、潤がいいなら私は別にいいけどさ。でも、もっと自分のことも大事にしなよ」
潤は静かに美乃へと視線を向ける。美乃のその言葉が、潤には何故か心に痛く刺さっていた――。
二人は掃除を終わらせると、自動販売機の前に立っていた。
「なぁ、美乃は何が飲みたい?」
「え、奢ってくれるの? いつもは奢ってくれないのに・・・何か不気味」
「なんだよ不気味って。たまには俺だって奢るわ!」
美乃は疑いの眼差しでじっと見つめてくる。その後、クスッと口角を僅かに上げると、潤の隣りに立った。
「そうだね・・・じゃあ――」
「おしるこで」
「おしるこだろ」
「えっ?」っと、その目を見開きながら、美乃は隣に視線を向けると、潤はにこりと笑いながらおしるこのボタンを押した。
「やっぱり、この時期はおしるこだよな。中学の時も一緒によく飲んでたもんな!」
そう言って潤は二本のおしるこの缶のひとつを美乃へと差し出した。
「昨年にさ、舞子の前でおしるこを選んだらドン引きされたんだ。だからそれ以来買って無かったんだけど、美乃の前ならいいかなって!」
「なにそれ。なんかあんまり嬉しくない」
美乃は両頬を膨らませながら、素早く潤の手からおしるこを奪い取った。
「いやっ、別にそういう意味じゃ無くてだな・・・」
拗ねる美乃を見ながら、潤は頭をかく。
そして、一息ため息を吐くと、美乃の隣に腰を下ろした。
「美乃・・・ありがとな」
「・・・何が」
「俺、美乃の言ったとおり、もう少し自分のことも大事にしてみるよ。だから、これはほんのお礼な」
「・・・・・・バーカ」
そう言って美味しそうにおしるこを飲む潤の顔を、美乃は直視することが出来なかった。
頬を赤く染めながら、モヤモヤする気持ちと一緒に、美乃はおしるこを口の中へと流し込んだ。
――――――――――――――――――――
【あとがき】
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