【2023 短編賞創作フェス】Calm in the storm
星神 京介
Calm in the storm
コーヒーメーカーに温かいお湯が注ぎ込まれる。
引き立つコーヒーの香りが青柳美穂子の鼻孔を刺激した。
朝の時間帯だ、というのにもかかわらず小雨が窓を叩く。
もう春の季節が近づいているというのにもかかわらず、一向にその気配を見せようとはしない。
思えば年が明けてからある程度の時間が経っているけれど、日本各地で落ち着かないニュースが流れすぎているようにも感じていた。
日本海側で起きた大きな地震。
その救助に向かおうとした飛行機と旅客機の事故。
山手線での凶行。
考えてみただけでも多すぎる。
そしてこの私もその争いの中の一人なのである。
きっかけは友人の誘いだった。
「今度福岡のG・Hっていうホテルで大物芸能人が来るって誘われたんだ!良かったら美穂子も来ない?」
私は当時スカウトされて芸能界でモデルとして仕事をしていた。
でも芸能界というのはきれいな子、人気のある子、一芸を持っている子、コネクションがある子が星の数いて、私のように少しだけ容姿が綺麗というだけでは仕事も中々決まらず、人気者になるには程遠い世界だった。
こういった誘いは数限りなく受けてきた。
でもその度に断っていた。
なんだか自分が安く見られてしまうような気がしたからだ。
愛のある関係以外存在してはいけない、とまで言い切る自信がない自分もいるが、どこかそうしたものに対する線引きだけは自分の中でしていたつもりだった。
「お願い!仲のいい芸人さんに頼まれてるの!私の顔、立てると思って。ね?来たらすぐ帰っても大丈夫だから」
こうした誘いに断れないのが私の弱いところだ。
嫌なものは嫌と言える強さがあれば私は今のようになっていなかっただろう。
後悔も。
苦悩も。
一人で暗い部屋の中でぼうっとしていると考え込んでしまう。
SNSには名前が伏せられているとは言え私に対する暴言や誹謗中傷が書き連ねてあるだろう。
淫売。
私だったらそんなところに顔を出さないね。
そうやって仕事を取ってるんだから文句言うな、と。
気分転換にテレビをつける。
ちょうど彼が出演予定だったワイドショーが放送されている。
SNSで出演予定、と言っていたがどうやらテレビ局側が出演を見送ったようだ。
「あの優しい兄さんがそんなことするとは思えませんわな」
「僕らに対しては優しくて本当に良い先輩でした」
コメンテーターとして出演している芸人たちも自分たちと関係ない話題の時には小気味よく話すくせに、なんだか言葉を選んで戸惑って話しているような気がする。
結局他人に厳しく身内に甘いのはどこでも同じようだ。
インターホンが鳴る。
ビクッと体をよじらせる。
嫌がらせだろうか?
ここ数日よく分からない番号から電話がかかってきたり、仕事用のSNSの方に誹謗中傷のコメントが書き込まれることが多くなった。
おそらく彼のことを告発したのが自分だ、ということが薄々広まっているのだろう。
正直自分のこの先についてどうした良いのか見当もつかない。
でも自分のように夢を抱いて芸能界に入り、傷つく女性が増えることは望ましくない。
ただそれだけだったのだ。
インターホンの画面を見る。
男二人組が映し出された。
出るべきか、どうするべきか。
声だけで応答する。
「どちら様ですか?」
「あの僕たちユーチューバーの〇〇って言うんですけど、〇〇さんの事件を告発したのあなたですよね?」
「人違いです」
「人違いじゃないですよ。昔福岡のホテルに同席してた〇〇さんが僕らの生放送出てて教えてくれましたから」
なるほど、彼女の仕業か。
彼女ならやりかねない。
美穂子は急に納得した。
彼女はあの時私を売ったばかりか、喜んで抱かれていた。
風向きが変わったのをみて今度は悲劇のヒロインを演じようとしているようだ。
私も本当に人を見る目がないな。
「帰ってください。お答えすることはありません」
「そうですか。じゃあ気が変わったら連絡ください。チャンネル名は〇〇なんで。名刺も玄関先に置いておきます」
二人は去っていった。
どうやら暴露系番組の出演依頼のために来たようだ。
社会正義としての側面のスキャンダルを取り上げる週刊誌と、他人の醜聞を利用してインプレッションを稼ぎ儲けようとするインフルエンサー達。
やっている方向性は違っても根っこは同じようだ。
そうした力を利用して私も告発しているのだから人のことは言えないか。
美穂子は自嘲した。
ポツポツと雨が降っている。
この雨が止むのはいつのことになるのだろう。
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【2023 短編賞創作フェス】Calm in the storm 星神 京介 @kyousuke_hoshigami
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