《短編》美食家アルトくん(秘密編)

月咩るうこ🐑🌙

私、偽物なの

《スタート編&危機一髪編から読むのを推奨します》



目の前の大量の錠剤を前に、私は笑っていた。


頭痛薬や痛み止め、下剤や解熱剤…

家の中にあるものを片っ端から集め、テーブルの上にバラバラと広げた。


混ざったそれらはまるで、ただ自分勝手な欲望を満たすためだけに使われる、色も匂いも味もない価値のない私の人生のように見えた。



ガサッと一掴みし、一気に口の中に含みすぐさま水で胃の中へと流し込む。


ゴクリと喉を鳴らすのと同時にまた錠剤たちを鷲掴みにした。


その瞬間…



「やあ、教えてあげようか?」



突然聞こえてきた声に、私は恐る恐る振り返った。


一掴み飲んだだけなのに、私にはもう幻覚というものが見え始めているらしい。


オーバードーズ…それは1回あたりの薬の使用量を遥かに超えた過剰摂取によって身体に異常をきたし自殺を図ることだ。


めまいや動悸、呼吸困難ではなく、薬によってはこんな幻覚幻聴まで起こるものなのだと、私はなぜだかやけに冷静だった。



「あなた…何?すごく綺麗」


突然現れたその男は、綺麗な白銀の長髪に白い肌、薄茶と緑のオッドアイ。

この世のものとは思えない、羨ましいほどの美しい容姿をしていた。


「綺麗かなぁ?よく言われるけどありがと。」


そのニコッと笑った美しい笑みに思わずドキッとした。


「君も綺麗だよ。…見た目は。」


「…あ、そ、ありがとう。

よく言われてきたよ私も。」



当たり前だ。

私がこの容姿を手に入れるのに、いくらかけてきたと思ってるんだ。


ざっと3000万だぞ?


私は握っていた薬をギュッと握った。



私は幼い頃から不細工だった。


「アンタは可愛くないんだから、愛想くらいは良くしないとダメよ?」


親にまでそんなことを言われる始末。

両親はさほど悪くない容姿だし、妹も普通に可愛い。

なのに、なぜか私だけとんでもなく不細工だった。

恐らく、両親の悪い部分だけが遺伝してしまったのだろう。


愛想良く……?

何言ってんの?

そんなことできるわけない。


だって周りを見てよ。


いつだって綺麗な顔の子がチヤホヤされている。

私への態度と綺麗な子への態度には雲泥の差がある。

子供の頃も年頃になっても社会人になっても、それは変わらない。

可愛い子は蝶よ花よと愛でられ、不細工はまるでゴミを見るかのように見られ、扱われる。

なんなら見向きもされない。


女は容姿が全てだ。

それは女に生まれた時点から、完全に理解し掌握しなくてはならない事実である。


だから女は皆、自分の容姿に金をかけるんじゃないか。

たくさん雑誌や動画を見てメイクを勉強し、新作のコスメを買い、流行りのブランド物を纏い、ファッションを磨き、話題のサプリやドリンクを飲み、毎月ネイルに美容室にヨガにエステに……


だけど、必ず来る。


そんなことをしていくらお金をかけ努力を積み重ねても、元の顔が不細工だと結局は可愛い子たちの足元にも及ばないと気付く時が。


そうなれば、もう整形しかなくなる。

しかし、私にそんなお金はない。

結局私は大学生になってからも、毎日できる限り不細工を隠すために、一生懸命時間とお金を使うしかなかった。


そんな私にも仲良くしてくれる友達がいた。

同じ学部の美羽だ。

彼女は驚くほど可愛くて恐ろしいほどモテていた。

私にも仲良くしてくれるくらいだから性格まで良くて、申し分のない子だ。

彼女はたまに寝坊したとかなんとかでジャージやスウェットにスッピンといった状態で大学に来ることがあった。

そんな彼女でもとびきり可愛く見えるのだから、美人は本当に得なのだ。


私が同じ格好をして来てみろ。

化け物だろう。

私は毎日何時間もかけてメイクをし、なんとかして服を着こなすのに……彼女はただ生まれたままの状態でチヤホヤされるのだ。


この理不尽は全て、生まれた時から決められている。



「雪乃〜!今日も一緒に帰ろ!

もぉ、私寝坊しすぎて二限の単位落としそうだよ〜」



あぁ…困ってる顔も可愛いなぁ…



「なんかストレス発散したい気分!

ねえ雪乃!カラオケ行かない?」


「うん、いいよ」


「やったっ!またアレ一緒に歌お!」



あぁ…笑顔…可愛すぎるなぁ…

眩しいくらい…いいなぁ…



「ねぇそこの君たちどこ行くの?

カラオケなら一緒に行かない?あっ……」



あ、この人今私の顔見て、あって言ったよ。

いきなり気まずそうな顔になってるし。

本当は美羽だけ誘いたいって顔だ…



「え〜、でも今日は友達と行く予定なんですぅ」


美羽が綺麗な眉をへの字にして私に腕を絡ませた。


「あぁうん、もちろんお友達も一緒にさ!奢るし!」


「う〜ん…どぉする?雪乃ぉ」


「あ…私は別にいいよ」



こんなこと、美羽といれば日常茶飯事だ。

彼女のことはもちろん友達として純粋に大好きだ。

だけど彼女といると、こんなふうに傷つくことにはすっかり慣れ、こんなに可愛い子に仲良くしてもらえる自分、誰も願ってないオマケとして男の人と遊べる自分…

そんな自分にほんの少しだけ優越感を持てた。

美羽のおかげで、そこらへんのブスとは違うと。


今回遊んだ2人の男性のうち、1人の男性がとても魅力的で優しくて、私の心は久しぶりにときめいた。

いつも美羽ばかりに皆話しかけ、私はほとんど存在していないかのような空気なのに……

土岐田さんは美羽と変わらない態度で私とも話してくれた。


だけどもちろん私なんかがこんな素敵な人とどうにかなれるわけないと分かっている。

しかし帰り際、家の方向が同じだったため、2人きりになった。


私は心臓の音が聞こえるのではないかと言うくらいドキドキしていて、隣を歩く彼が何か話してくれているのに適当な返事しかできなかった。


「おっと、危ない!大丈夫?」


躓きそうになった私を瞬時に支えてくれたその腕に、私はカッと顔が熱くなった。


「すっすみません!ありがとうございます!」


「良かった転ばなくて。女の子の顔に傷なんかついたら大変だ」



その言葉に目を見開いた。

未だかつて、そんなことを言われたことは無い。

女の子扱いされたことだってない。

私は生まれて初めて、土岐田さんに恋をした。


恋をすると女は綺麗になると言うけど、どうだろう。

少なくとも私は土岐田さんに恋をしてからというもの、より一層メイクやファッションにお金をかけ、気を遣うようになった。


しかし……


「雪乃…実はね、私おととい土岐田さんに誘われて……土岐田さんちに行ったんだ。それで…えっと…」


顔を赤らめて目をそらす美羽。

そんな彼女もとびきり可愛くて魅力的で…

そりゃあこんな扇情的な顔されたらいくら土岐田さんでも…ね


いや、違う。


初めから美羽が目的で、美羽しか見えてなかったに決まってるじゃん!

だって私がこんな顔したってキモイだけで、いくら金も時間もかけたって美羽みたいな美人にはなれない!

私って何勘違いして浮かれてたんだろバカみたい。


でもさ……ねえ…



「なんで…わざわざそんなこと言うの」



言わなくていいよ

そんなの知ってたよ

土岐田さんだって本当は顔がいい子が好きに決まってるって。


ただ

聞きたくなかった



「……いちいち言わなくていいよ」



だって何も知らなければ、このまま土岐田さんにときめいていられた。



「え…あ、ごめん雪乃。」



私が欲しいもの、全部持ってるくせに……どうしてただ純粋に好きだと思う感情まで奪っていくの…



「雪乃っ、本当にごめんねっ

土岐田さんのこと好きだったの…?

私知らなくてっ」



ムカつくんだよ、どんな表情しても可愛くて綺麗なその顔が!



「別に好きじゃないよ。

土岐田さんと付き合えてよかったじゃん、おめでと」


「雪乃怒ってる?」


「…怒ってないよ」


「私のこと、嫌いになった?」


「なってないよ…」


「じゃあ私とずっと友達でいてくれる?」


「うん…」


「良かったぁ〜雪乃大好き!」


泣き笑いの表情で抱きついてくる美羽。


そんな可愛い綺麗な表情で言われたらさぁ…なんでも許しちゃうじゃん誰だって…ズルいよ…美人ってやっぱりズルい…

それだけで人生得してるんだもん。




「雪乃って面白いよねぇ。

なんか最近妙にめかしこんじゃって、何かと思ったらやっぱり土岐田さんに片思いしてたみたいな?」


「ブスが気合い入れてるのってホント笑えるよね。けどその土岐田さんって人そんなにイイの?」


「さぁ?私は別に?

他にいくらでもカッコイイのいるし。あれの何がいいのか私にはわかんないかなー」


「えー?でも美羽その人とヤッたんでしょ?」


「だってムカついたんだもん!雪乃に話しかけたりしててさぁ。そんなん初だよ。まぁ結局最後はって感じでウケたけど」


「ははっ。男なんてそんなもんよね」



そんな会話が聞こえてきたのは、次の日私がトイレにいた時だ。

精神的になんだか疲れていて、大学を休むとだけ美羽にメールしたが、こんな当たり前のことにダメージを受けている自分に嫌気がさし、なんとか午後から大学へ赴いたのだ。


そして私はまた、知りたくなかった事実を知ってしまった。


美羽は己の魅力をもっと際立たせるために私と仲良くしていただけだった。

土岐田さんもきっと、美羽と近づきたいから仲良くしてくれてただけ。


やっぱり私はずっと利用されていただけだった。

中学の頃も高校の頃も、こんなことあったなぁなんて思い出す。

気になっている男子に呼び出されドキドキしながら会ったかと思えば、私とよく一緒にいる女子の連絡先を教えてくれだとか、告白したいから呼び出してくれだとか…


私は結局いつも、ブスとして、弱者として、強者に虐げられるだけなんだな。


そして私はもう確信してしまった。


不細工のままじゃ、私の人生は絶対に永遠と変わらないのだと。


だから私は整形という最終手段に出た。

残りの大学生活は風俗で死に物狂いで働き、大金を貯めた。

今まで美容や服にかけていたお金も全て節約し、私はきっと更にみすぼらしい姿だったろう。


でも私は変わりたかった。

美羽みたいに勝ち組になりたかった。

可愛いと言われてみたいし、告白なんてされてみたいし、愛されたい。

美人ってだけで他の人よりもいい扱いされたいし、仕事で優位に立ちたい。


良い容姿でそれが約束されるなら、数千万なんて安い投資だ。



「へぇ、じゃあ君の元の顔は違ったんだね」


「そうだよ、全然違う。ほら…」



私は昔の運転免許証を見せた。



「…ていうか……私今から死ぬんだから邪魔しないでよね。私の頭から出ていって。」


「いや僕は幻でも幽霊でもないから無理だよ。ただ君の魂に僕も投資したくて」


「は?何言ってるの。つまんないな私の脳は。」



結局いくら容姿を変えても、中身はつまらない人間のままなんだなぁ私は。



「せっかく美人になったのに、なんで死のうとしてるの?まぁさっきの一掴みくらいじゃ死ねるわけないけどね」



「恋人に…カミングアウトしたの。私の秘密。」



整形して社会人になったあとは、本当に人生が180度変わった。

転職したりしても会社の面接には直ぐに受かるし、上司も周りもやけに優しい。

男にも女にもチヤホヤされるし、よくデートにも誘われる。

今までの自分は人間じゃなかったんじゃないかというくらいに大切に扱われた。


こんなに最高な人生が待っていたなんて…

整形して本当に良かった!


だけど…

好きな人と付き合えた時、私は罪悪感に囚われた。

私の本当の顔を、偽っていることに。


だけど彼は…彼なら…

素の私の顔を見ても、きっと好きなままでいてくれる。

それに、私たちはもうすぐ結婚する予定なのだ。



「秘密があるの……」


この想いを抱えたまま結婚するのは申し訳ないという思いと、なんの隠し事もなく彼と向き合って人生を共にしていきたいという気持ちがそうさせた。


「うん?どうしたの?

なんでも言ってよ雪乃。」


彼は相変わらずの優しい笑みで私の顔を覗き込んだ。


「私……実は整形してるの」


「へ……?」


「私の元の顔は……全然違うの」



私は思い切って彼に昔の運転免許証を見せた。


きっとまた優しいいつもの笑みで、「そんなの気にしないよ」と言ってくれるとしか思っていなかった私は、ただその言葉だけを期待していた。


しかし…


「な、なんだよそれ…無理だ!」


「え…?」


「だっ、だってっじゃあっ…君は偽物で、俺は騙されてたってことじゃないか!」



返ってきたその言葉と、初めて向けられる軽蔑の目に私は呆然とした。



「酷いな君……結婚でもしてしまって子供の顔に遺伝すると考えただけでゾッとするよ。

そんなことになる前で本当によかったけど、俺の貴重な時間返してほしいよ…」


彼は泣きそうになりながら、私よりも絶望していた。



「私、偽物なの。

だから、私の人生も偽物だったの」


「ふぅん……」


私の話に興味があるのか無いのか、オッドアイを光らせて私をジロジロと見る男。

結局こいつも、婚約者の男と同じ……

外見だけにしか興味が無いんだ。



「せっかく自分に膨大なお金も時間も投資したのに、終わらせちゃうなんて勿体なくない?」


「何も知らないくせに…あんたなんなの」


「今度は君の魂のほう、もっと美しくなるようにもう少し生きてみない?」


「な…何無責任なこと言ってんの!アンタに関係ないでしょ!」



私の魂が何?汚いっての?!


私はカチンと来てテーブル上の錠剤を集め、どんどんと口に放り込んだ。

ごくごくと水で流し込んでいく。


しかし…


スッー…と男が手を出すと

なんと私の腹から錠剤がバラバラと出てきた。



「んなっ?!」


「まぁ聞いてよ。」


男はニッコリ笑った。


「そもそもね、そんな薬飲んだくらいじゃ死ねない。ただ半身不随になって無理やり生かされるだけだよ」


私は血の気が引いた。

それだけは絶対に嫌だ。


「だから僕が楽〜に一瞬で殺してあげる。死んだあとは完全なる無になれるし、いいだろう?

ただし魂は僕にちょうだいね?」


わけもわからず目を見開く。


「ただね、僕は美食家なんだ。

最高級のものしか僕の舌は受け付けない。だからさ、君には最高級になってほしいんだ」


「…どういうこと?」


「簡単だよ。君が心の底から死んでもいいって思えるくらい最高な人生にする。そうすると魂も最高に美味しくなる。」


男はそう言って指を弾き、バラバラと散らばっている錠剤を一瞬で灰にした。


「君の魂もね、綺麗なんだけど、なんだか足りないんだよ。満たされてないって感じかなぁ」


満たされたことなんかないよ…

いつだって満たされなかった。

それはいくら美人になったって変わらなかった。

原因が分からないから。



「僕の名前はアルト。

君の名前は……鈴原雪乃だね、よろしく」


「どうして私の名前っ」


「君の頭の上に書いてあるよ?

じゃさっ、とりあえずもっかい恋愛してみるー?」


アルトはそう言ったかと思えば、突然表情を変え、ハッとしたように視線を移した。



「おやおや。これはこれは〜アルトさんではないですかぁ」


「クソエンジェル……」


なんとそこには、大きな真っ白い翼を広げ、純白のタキシードを着ている美男子が立っていた。


「この子は僕が先に見つけた獲物だ。

横取りしようとしてんなよ」


「まだマーキングないじゃないですかぁ。ということは、今はまだ誰のものでもないということ…」


「今しようとしてたんだよっ!

こら近寄んじゃねぇっ!」



絶世のイケメン2人に取り合いされているのも悪くはない…が…



「え、どういう状況…?」



私を挟んで、美男子2人が喧嘩を始めている。



「だいたいっ!なんで雪乃なんだよ!他にアンタが好きそうなのゴロゴロいるだろう!」


その言葉に一瞬ムカッとする。


「たまたま近くで良い香りがしたので。そしたらアルトさん、あなたが彼女をいじめているのを見て、助けて差し上げようかと」


「ふざけたこと抜かしてるなよテノール。あんまり僕に舐めた口聞いてると前回みたいに痛い目見るぜ?」


「前回…と申しますと?」


「ソプラノちゃん共々、ズタボロにしてやっただろう?」


「あぁ…いや私はノーダメージでしたが。

あとあの悪魔の娘はどちらかというと天使の天敵なのでどうぞ煮るなり焼くなりご自由にしていただいて結構ですよ」



「あのぉ〜…私って今、無視されてます?それならとっとと死んでいいですか?」


私の頭は本当に見た目のことについてばかりに毒されイカレちゃっていたらしい。

妙な幻覚ばかりを作り出すくせに、この世のものとは思えないくらい容姿の良い人たちなのだから。


「だいたいテノール、アンタ最近、僕の真似してるだろ?」


「なっ?!」


「僕への憧れが強すぎて、ついには髪まで伸ばし始めちゃって。そしてそのタキシードもなんだかなぁ〜ちょっと昔の僕みたい?」


「なっふざっふざけないでいただきたい!こっ、これはお父様から頂いたものでっ!誰が悪の帝王の息子を真似るものですかっ」


「ん〜?いいのかなぁそんなこと言って?せっかく君には僕の使ってるシャンプーの秘密レシピ、教えてあげようと思ったのになぁ〜」


「えっ。本当です?」



私は2人の脇を通り過ぎ、窓から空を見上げた。

今日に限ってなぜか、夕暮れが綺麗だ。



「あ、そうだ…このベランダから飛び降りよう」


私はベランダに出ると、大きく息を吸ってゆっくりと下を見下ろした。


「っ?!」


「鈴原さんっ!」


そこにはなぜか、私の同僚で、前々から私をよく構ってくる木村くんがいた。

彼の容姿はあまり私のタイプではないため、彼が私のことを好きなことには気付いていたが、ずっと避けてきていた。

昨日フィアンセのことで泣いていた私を慰めてくれた。



私は急いで中へ入り、扉を閉めた。

いつのまにか天使のような人は消えていて、アルトだけがニコニコしながらこちらを見ていた。


「おかえり雪乃。まだ死にたい?」


「死ぬ方法を考えてんのよ」


「じゃー、さっきの話、契約成立でいいんじゃない?」


「…いいよ」


「わーい」


アルトはマーキングだと言って私の首に噛み付いた。



ピンポーン


「おや?誰か来たようだね。

…おおっ…なんだか良い香りだ」


意味深なことを言うアルトを横目に、ドアを開けると、なんと先程の木村くんが立っていた。


「鈴原さん!よかったー…大丈夫?」


「なっ、なんでっ」


「だって昨日泣いてたし今日会社来ないし電話もメールも無視するしさ。心配になって様子見に来たんだ」


「アンタに関係ないでしょ?放っといてよ!」


「フィアンセとの話は…僕は正直…ホッとしてる」


「はぁ?!」


「僕にはわかる。いくら容姿端麗でもあの人は…鈴原さんには見合わないって…」



ふつふつと嫌な感情が込み上げてきた。


そんな心配そうな顔しても無駄…

どうせアンタも他の男と同じ。私の見た目に寄ってきただけの男なくせに。



「アンタに何がわかるって言うの…私より恵まれてきた人間なんかに…初めから私の欲しいもの全部もってる人間なんかに…何がわかるっていうのよ!」


「ちょっ、落ち着いて鈴原さんっ!」


私が投げつけた玄関の置物が木村くんに当たった。



「美人になれば幸せになれると思ってた!理想の容姿が手に入れば愛されると思ってた!」



今度は木村くんにバンバンと靴を投げつけながら叫ぶ。



「なのにっ!どうしてっ!

欲しいものを手に入れたはずなのに!なんで私は!いつも満たされないの!」



皆が持っているものを手に入れるために、昔から私は必死だった。

普通みんなは経験しない痛みを大金で買い、それを手に入れるために泣きながら努力した。

全ては幸せを手に入れるためだ。


綺麗になれば見える景色が変わり、全てがうまくいき、たくさんの人に愛してもらえる。


ただひたすらに、それだけを信じて頑張ってきた。

それがあったから頑張れた。


なのにどうしていつまでも…

空虚なままなんだろう




私は気がつくとベッドの上だった。

興奮しすぎてあのまま倒れたらしい。


木村くんはずっとそばに居てくれていたようで、明日も来るねと言って帰って行った。



「あの人間と付き合えばいいのに。良い香りがするし。香りっていうのはね、近くにいる人間に移るものなんだ。」



アルト曰く、魂が綺麗であればあるほど良い香りがするらしい。



「付き合うわけないでしょ。

どーせアイツも顔目当てなんだから」



後日、本当にまた来た木村くんは、私の元気が出るようにと手料理を振舞ってくれた。



「おいしい」


「よかった!

鈴原さん、さば味噌ときんぴらごぼうが好きだって言ってたから」


「えっ、私そんなこと言ったっけ」



私が好きなものは、果物とミルフィーユ。

何年もずっと、そう言い続けてきた。



「趣味は読書でしょ。好きな本はオーデュボンの祈りで、好きな色はえっと…緑で…」



私の趣味は、料理とヨガ。

好きな本はお菓子作りの本で、好きな色はピンク。

ずっとそう言い続けてきた。



「中学の頃と、変わってないよね」


「え…?」



ようやく思い出した。


そうだ…この人は、同じ中学だった木村恭平くんだ。

いつも成績が良くて、だけどいつも誰ともつるまず行動してる不思議な男子だった。

一人でいてもなぜか彼はいつも楽しそうだった。



そして思い出した。


私が本当に好きな食べ物も、趣味も、色も…


思い出した。本当の私を。



私は自分の顔を捨てるのと同時に、本当の自分まで捨てたんだ。



「初めは気が付かなかったよ。鈴原さんの見た目、すごく変わったから。

だけど、声とか性格とかですぐにわかったよ」



「え…」



「自分より他人を優先しちゃう優しいところとか、頼まれると断れないところとか、努力家で真面目なところとか…」



私の目頭が、なぜだか熱くなってくる。



「すぐ感情移入しちゃう繊細なところとか、何かあると自分のせいにして落ち込んじゃうナイーブなところとか」



だんだん目の前の木村くんの姿が、ぼやけて見えなくなってくる。



「もう10年以上たったのに、中身は何も変わってなくてさ。ホッとしたし、あぁやっぱりこの人のこと好きだなぁって思っ……あ……」



私は気がつけばボロボロと涙を流していて、気がつけば木村くんに抱きしめられていた。



生まれて初めて、本当の私を、容姿じゃなくて中身を見てくれる人に出会った。

私の中身を愛してくれる人に出会った。


自分の中にあったどうしようもなく膨らんでいく劣等感の塊を、初めて溶かしてくれた人だった。




数年後、私たちは結婚し子供が生まれた。


1番不安だった、子供の顔…


親バカとはこういうことを言うんだろうか?


客観的な子供の顔が分からない。

ただただ、この世の誰よりも可愛くて美しくて愛しくてたまらないのだ。


そして私はまた、初めて気付いた。


本物の愛というのは、見た目で決まるものじゃない。

なぜなら愛は、目に見えないからだ。

それは自分の心が決める、1番価値のあるもの。

本当に価値のあることは、目に見えない。


それに気付かなければきっと、私は死ぬまで満たされず、空虚なままだっただろう。



「ありがとうアルト…あのとき助けてくれて。

もう充分愛をもらって、幸せだった。」



子供が年頃になっても、やっぱり世界で1番可愛かった。

だから私はずっと、これでもかという程の愛情を注いで育てたつもりだ。

きっとあの子は、本当の幸せで満たされる良い人生を送れるだろう。



「愛かぁ…僕はソレ、あんまり分かんないな。

だけど一つだけ言えるのは、愛を持つと、魂は一番輝くんだ。真っ黒いものも一瞬で白くなったりするから驚くよ。すっごく美味しくて。」



アルトはクスッと笑った。

美食以外には本当に興味がないのだろう。



「それを見てると分かるんだ。

愛は受け取るものだけど、与えるものでもある。どちらが欠けても、魂は美味しくならないんだ」



本当の愛なんて絶対にないって思ってた。

気付くことは難しいかもしれないけど、絶対にどこかにいるはず。自分へ本物の愛を向けてくれている人が。


本当の愛は、穏やかで温かいもの。

本当の愛を持つからこそ、人生は輝くのだ。




「……いただきます…雪乃…」



アルトの穏やかで温かい声が、私の鼓膜を揺らした。



〜〜




「ご馳走様♡」


ペロリと唇を舐め、手帳を取り出す。


「んん〜っ♡やっぱり愛の力は絶大だなぁ。

よくわかんないけどめちゃめちゃ美味しくなる!」


僕は手帳に「鈴原雪乃・Sランク」と書いて彼女の昔の運転免許証を貼り付けた。




「天使君からあなたと同じ香りがした」


「っ!びっくりしたぁ。君か。希望ちゃん」


この子は前回、龍くんの魂を分けて一命を取り留めた少女だ。

もう随分と成長し、人間界の年齢で言うとハタチらしい。

なぜだか彼女はあの頃から僕のことが見えている。

稀にこういう人間もいるのだ。



「テノールの香りはアイツが僕のシャンプー真似したからだよ。人間の香りとはわけが違う。」


「ふぅん…あの人ね、今は美羽って人にくっついてるらしいよ。」


「あ、そ。誰だか知らんけどお気の毒な人間だ。天使ってのは自分が気に入った魂を無理やり自分色に染めるサディスティックな奴だからね」


希望は相変わらず僕の絵を描いている。


「参っちゃうな…僕の絵があちこちにあるよ」


希望はあの時言ってた通り、本当に漫画家になっているようだ。


「うん。タイトルは、美食家アルトくん」


「ははっ」


まぁそれは間違ってない。


「僕は世界一の美食家さっ♪」



瞬きをすると目の前には石油を被っている男がいた。



「やあ。教えてあげようか?」


自分を最高級に美味くする人生ってやつを。

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《短編》美食家アルトくん(秘密編) 月咩るうこ🐑🌙 @tsukibiruko

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