灰色の魔法使いに憧れて

五色ひいらぎ

梅雨の終わり、天からの便り

 梅雨の終わりには豪雨が降る。毎年の、決まりきったルーティーンだ。

 バルブ全開のシャワー並の水が、家を畑を叩きのめす。加減を知らない雨雲の暴走は、しかし、二日も待てば止む。灼熱の太陽を迎えるための通過儀礼は、家に籠ってやりすごせ。それが、賢い人間のやり方だ。


 とはいえ人間には、人生に数度、バカにならねばならない時がある。

 今が、まさにその時だ。


 バルブ全開のシャワーを際限なく浴びながら、俺は「それ」を探していた。

 中まで水浸しになった長靴をぐにゅぐにゅいわせながら、泥の上にそれらしきものを探していた。だが、ろくにきかない視界の中、コンテナやカーゴ、あるいは少なくとも何かの入れ物らしきものは、全く見当たらない。


 座標は、あってるはずなんだが。


 暗号通信で伝えられた座標は、間違いなく今俺がいる付近のものだ。

 投下の衝撃で壊れたか、と、嫌な考えがよぎる。投じた金や冒したリスクを考えれば、そんなヤワな容器に入れて寄越すことはまずないはずだ。だが小一時間も雨に打たれて――いや殴られていると、嫌な考えも浮かんでしまう。


 危険だが、座標を再度向こうに確認すべきか。


 踵を返した俺の足先が、何か固いものに蹴つまずいた。

 あわてて足元を見ると、黒い金属ケースが泥にまみれている。艶消しの表面はおそろしいほどに泥と同化していて、遠目には――いや、この雨の中では至近距離でも見分けられそうにない。

 保護色のつもりだろう。区画エリアの土色にここまで合わせてくるとは恐れ入る。伊達に生命保護法違反物品ヤバいブツを扱っているわけではなさそうだ。

 取り上げてみると、ケースはちょうど両腕で抱えられるくらいだった。ずしりと重い手応えがある。

 唾をひとつ飲み込み、俺はケースを抱きかかえた。

 そのまま、俺は走った。

 バルブ全開のシャワーの中を、ひたすらに走った。

 じゅぐじゅぐと気持ちの悪い長靴にも、構うことなく走った。

 ようやく木造の家が見えてきた。玄関に飛び込み、叩きつける雨を扉の向こうに締め出す。

 荒い息を整えながら、俺は手だけを軽く拭いた。心臓が、まだバクバク言っている。

 髪や服から落ちる滴はそのままに、俺は震える手でケースを床に置いた。

 ダイヤル式の錠が付いている。伝え聞いた番号に合わせると、かちりと音がして蓋が開いた。

 中には銀色の缶が二つ、木製の箱が一つ、そして透明ケースに入った「パイプ」が、緩衝材に埋まるようにして入っている。箱の蓋には「Genuine Tobacco本物のタバコ」と、確かに、書かれていた。


 ああ。これだ。

 十何年も追い求めてきたモノたちが、本当に、ここに、こうして在る。


 俺は床にへたり込んだ。

 服から滴る水が、手足を伝い落ちていく。その感触にも、どこか実感がわかなかった。

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