殺し屋の彼女と交際スタートをするから例のことは秘密にしてくれ

姫野みすず

最後に一言

 まだ人を殺したことのない殺し屋の彼女と交際がスタートするきっかけになったのは、あの時ぼくが危機一髪のところを救ったからなのだろう。

 結果的にぼくが死にかけただけであの時の彼女はピンチでもなかったようなのだがその命がけの行動が女心を揺らしたんだと個人的に納得している。

「まさかミートハンマーで襲いかかられると思ってなかったから感謝しているわ」

 病院のベッドで彼女からそう言われて。

「わたしと付き合ってくれませんか?」

 とよくあるタイプの告白をされるとぼくはほんの少しだけ期待をしていたのだが。

「わたしのパパがあなたを殺そうとしているの」

 現実はとても残酷だった。




 彼女のパパがぼくを殺そうとする理由を聞き……それは誰もが納得するものであると個人的に思う。

 かなり要約したり汚い言葉をきれいにしてくれて放送禁止用語スレスレの暴力的な表現をがんばって変換してくれた彼女のセリフをまとめると。

「まだ誰とも付き合ってない娘に触りやがったから殺すぞ」

 ということらしい。殺すという言葉だけは未だにどうにかならなかったのかと思ったりもするが砂粒ぐらいの細かいことなのでスルー。

「そういえば、きみを庇おうとしたときにその肉体に触ってしまったような」

 ぶっちゃけるとがっつり覚えているが彼女のパパに暗殺されかねないので死にかけたショックで記憶があいまいになっているということにしておこう。

「だから、わたしと付き合ってほしいの。そしたらパパもあなたを殺そうとしないわ」

「ぼくはいいけどさ、そっちはいいの?」

「まあ、男の子に身体を触られているし」

「間違ってもパパの前でそんなこと言わないでよ、確実に殺されるから」

 正直なところ問題しかないけれど彼女もまんざらでもなさそうなので付き合うことになったというのがこの時の本音だろう。

 ぼくと彼女の関係以外にも誰にでも秘密の一つや二つはあるのが普通。とくに命にかかわることなんかは大切な人にも伝えられないものだと思う、今回のはかなりの特殊ケースだが。




 退院して三日ほど経ち、いつもどおり学校へ。

 クラスメートからはミートハンマーとは毎回言いにくいからかミーマーと呼ばれるはめに。

 まあ、そんな細かいニックネームの件はさておき彼女も同じ学校に通っていたようであっさり再会。ラブラブでイチャイチャな関係を見せなければならないのかと残念に思っていたりしたが……やっぱり現実は残酷でそんなことは起こらない。

「おはよう。ミーマーくん」

「おはようございます」

 はて、彼女の名前はなんだったかな?

「そうだそうだ。おはよう、アミちゃん」

「また忘れたのか」

 とは冗談っぽく言っているが彼女なりに心配してくれているようで瞳が揺れている気がする。

「放課後、ヒマ?」

「予定があったとしても彼女さんのためなら空白にするので安心してくれ」

 くすりと笑った彼女が放課後に付き合ってほしいと伝えてきた。これはよくあるデートかと思ったりもしたが。

「パパが会いたいんだってさ……ミーマーに」

 それはある意味で死刑宣告の間違いだった。




「身体はもう大丈夫かね、ミーマーくん」

 どうして彼女のパパまでもぼくをニックネームで呼ぶのか気になったが、そんなことを気にしている場合ではない。一つでも答えを間違えたら殺されてしまう。

「はい。おかげさまで」

「アミから聞いたんだが交際しているようだね」

「はい」

「アミのことは好きかね?」

「はい」

「アミやわたしに対して秘密はないね」

「はい」

 ぼくは最後にうそをついてしまったが彼女のパパだけには気づかれなかったようだな。




「なんであの日、最後だけパパにうそをついたの」

 彼女と交際をスタートしてから一年ほどが過ぎた頃のふとしたときにそんなことを聞かれた。

 教室には今……ぼくとアミ以外には誰もいない。窓から入ってくる夕日の光が彼女を照らす。制服のあちこちに人間を殺すためのアイテムを隠しているらしいがやっぱり分からない。

「なんのこと?」

「パパにはいいけど……わたしにはやめて。あの時ならともかくかなり長く付き合っているのに」

「誰にだって秘密の一つぐらいはあるだろう」

 手をつないだり、キスをした彼女だからこそぼくの唯一の秘密に気づいて。もしかしたらぼくとアミの交際がスタートしたあの病院で手を握ってくれていた時にすでに分かっていたのかもしれない。

 だとしたら彼女はその確認作業をしているだけ。

「もしかして最初から」

「そうよ。あなたがわたしを庇ってくれたから……でも罪滅ぼしだとは思ってないから」

 本当に命がけでわたしを助けてくれたトングくんだから好きになったのよ、と彼女は言ってくれた。

 近づいてきた彼女がぼくの冷たい手を握りしめて同じぐらい体温のない唇を奪う。

「ごめんね」

「ささいなことだよ。ぼくが死ぬことぐらいね」

 あの時に医者から言われた言葉を断片的にぼくの働いていない脳みそが思い出していた。

 俗に言う、ゾンビ状態てすね。

 とは医者が言っていたがどのあたりに住んでいる一般人がゾンビ状態なんて言葉をつかうんだろう。




 それこそ一般人がよく言うことでその手を赤い血で汚した生きものが幸せになれると思うな、なんてセリフがあったりする。

 ぼくは気にしてないが、彼女もそういう気持ちが少なからずあるのだろう。

 生前の彼女はとてもそのことを気にしていた。

 死んでからの彼女はこっちの状態のほうが気分がいいからみんなゾンビになっちゃえばいいのにね、とある意味で開きなおっていたりする。

 そんな彼女との結婚は今年で五十年になる。互いに死ぬこともないはずなのでこの先もやっぱりこのままなのだろう。

「そろそろ死ぬ?」

「いんや、もう少し長生きしたいね」

「パパは来年ぐらいに天国にいく予定らしいわ」

「へー、そう」

 殺し屋が天国にいけるのかどうかも疑問だがこの死生観のゆるい世界にそんな場所が存在するのか。

 細かいことは考えてもムダか。

「そういえば……あなたは人生最後の一言を決めてあったりするのかしら?」

「ああ。とっておきの感動的なやつを考えてある」

「どんなの?」

「その時までのお楽しみ」

 なんて秘密も彼女には全てが筒抜けなのだろう。

 まあ、それは彼女のパパにさえバレなければいいそんなささいな秘密。

「あの日、お尻を触っちゃってごめんね」

「あなた?」

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