出たくない。

宿木 柊花

第1話

 暗くてひんやり、気持ちいい。

 ぴったりサイズの個室は優しく僕らを包み込む。

 隣の部屋には仲間もいる。


「ねえ君は何になりたい?」


 これがここでの定番の話題。


「私はスープ」


「俺天ぷらだな」


「うちはお好み焼き」


 大盛り上がりをみせる。


「君は?」


 矛先が僕に向く。

 僕はこの手の話題が苦手だ。


「僕は……」

 ――僕は出たくない。なんて言えない。


「……生、かな」

 裸を晒されるのは嫌だが、他のものよりはまだましな気がした。

 周りを囲う白身と混ざるなんてごめんだし、球体である体を重力で潰されながら焼かれるなんて嫌だ。

 僕は球体のままでいたい。


 その時、歓声が上がった。

 選ばれたのは僕だった。






 冷蔵庫から卵をいくつか取り出して調理台の上に並べる。

 一つを手に取りお皿に叩きつけて割ろうとする。

 しかし断固として割れない。

 ヒビは入るが割れない。

 内側の膜が強いのか殻が強いのか。

 もう一度強く叩こうとした時、

 するん。

 卵が指の隙間からころり。

 台の端をちょんと蹴ってまっ逆さま。

 落ちていく卵。

 拾おうとする手は思考に反して動きが鈍い。

 重力加速度に従って速度を増しながら床に向かって一直線。

 ここで割れたら大惨事。

 キッチンマットはなく、足にはおろしたてのルームシューズ。

 卵が飛び散ったら一発アウト。

 もうすぐ床についてしまう。

 あの頑丈な殻でも落ちる際に溜められたエネルギー放出に耐えられるとは限らない。


 その時視界にスッとラバーが現れた。

 卓球の赤いラバー。

 いくら弾力があるとはいえ受け止められるとは思えない。

 もうダメだ!

 ギュッと目をつむる。


 ……


 何の音もしない。

 ラケットの上に卵がコロコロと転がっている。

 床は綺麗なまま。

 お気に入りのルームシューズも無事。

 良かった。

 ラケットの主にその卵の行く末を任せる。


 その主は今、茹で卵を食べている。

 あの卵は茹でられた。


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出たくない。 宿木 柊花 @ol4Sl4

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