夢現
眠り姫
夢遊病
心というものは不確定であまりにも曖昧だ。
そんな心だからこそちょっとしたきっかけで壊れてしまう。
そして、一度壊れてしまうと二度と元に戻ることはない。
ガラスと同じだ。
では、そんな人たちが完全に立ち直れる、自分の描いた夢の世界に旅立つことができるとしたら
その人たちは実行するのだろうか。
これはそんなおはなし。
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朝日に照らされて、気だるげに目を開ける。
いつもと変わらない部屋、いつもの日常。
そんなものはうんざりだった。
学校に行けばクラスのみんなからいじめられるし、家にいても親に虐待される。
私の逃げ場はこの自分の部屋だけ。
今日も学校を休もうと二度寝を決意した。
だが、部屋の外に足音が響く。
その足音は部屋の前で止まり、やがて怒号へと変わっていく。
”早く学校に行きなさい”
外にいる母親(かいぶつ)はそう喚いている。
「普通の子でいなさい」
「人に迷惑をかけるな」
親に引かれたレールに乗せられる人生。
進学は有名校なのは当たり前。
少しでも成績が落ちると私を殴り、罵詈雑言を浴びせる。
仕方なく部屋から出て、学校に行く準備を始める。
朝ごはんの菓子パンを食べ終わると荷物を持って玄関を出た。
外は私の心のように暗く、淀んでいた。
私は重い足を何とか動かしながら前進する。
学校に着くと私は教室には向かわずに保健室に直行した。
保健室の先生に私は心の病気を患っている何の変哲もない生徒の一人と思われている。
ベッドで横たわり、今日も時間が過ぎるのを待つ。
しばらくすると、授業終了のチャイムが鳴り、部屋の外で生徒たちが蠢いている音が響き始めた。
ピシャリという音とともに部屋の扉が開けられる。
絶句した。
入ってきたのは私をいじめているグループのリーダーだった。
私はシーツの中に身を隠す。
こんなところにいると知られたら何をされるかわからない。
リーダーは楽しげに保健室の先生と談笑している。
気を張り詰めて耐えていると、ふと話題が変わり、私の話をしているのが聞こえてくる。
”○○さんのことが心配なんです”
吐き気がした。
彼女のことだ、絶対にそんなことは思っていない。
誰かから私がいつもここにいることを聞きつけて探しに来たのだ。
保健室の先生は無垢な生徒の気持ちに心打たれて私の居場所を教えてしまう。
シーツがめくられる。
彼女は私の顔を見ると不敵な笑みを浮かべて、強引に部屋から引っ張り出した。
連れてこられたのは屋上に続く階段の踊り場。
そこにはグループの数人が待機していて、私が来るのを待っていた。
彼女たちは私が到着するとすぐに私を痛めつけ始めた。
暴言を吐きながら暴力をふるい、洋服を切り刻む。
彼女たちは笑っていた。
まるで楽しいことを友達と共有しているときのような笑みで。
ひとしきり事が終わると次の授業の始まりを告げるチャイムが鳴った。
彼女らは私を睨みつけると、駆け足で教室に向かっていった。
私は保健室に戻るわけにもいかず、早めに帰路についた。
家には誰もいない、両親どちらとも仕事に出ている。
私は自分の部屋に行き、同じようにベッドで時間が経つのを待つ。
しばらくして、私の意識は暗闇に溶けていった。
いつの間にか閉じていた目を見開き時間を確認する。
時計は両親が帰ってきている時間を指している。
いつまでも部屋にいるとまた怒鳴られるので、急いで階段を駆け下りた。
起こられる覚悟をしてリビングの扉を開ける。
そこにはキッチンで料理をして、微笑んでいる母親と
それを横で手伝っている父親がいた。
私は何が起こっているのか全く理解できなかった。
母親は料理なんてしないし父親は母親と関わろうともしないはずなのに。
目の前に広がっているのは普通の家族の日常だったのだ。
「私が思い描いた」理想の家族の日常。
両親は私に気が付くと満面の笑みで
”もうすぐご飯ができるから待っててね”
と告げる。
まだ理解していない頭で必死にうなずく。
テーブルで待っていると少しして、豪勢な料理がたくさん並べられた。
どれも私の大好物だ。
両親は私に”たくさん食べてね”とくぎを刺したうえで料理を食べ始めた。
それにつられて私も料理を口に含む。
おいしい。
こんなにおいしい料理を食べたのは何年ぶりだろうか。
私は夢中で目の前の料理を貪る。
その様子を見て、満足げに両親は笑っている。
料理を食べ終わると両親はもう寝る時間だと言って私の部屋に向かって付き添って歩く。
リビングの扉を開けたところで、突然部屋の境界があいまいになり、すべてが黒く塗りつぶされた。
気が付くと私はベッドで横たわっていて、母親の怒号が外から響いていた。
今までの出来事はすべて夢だったのだ。
私に普通の日常なんて訪れない。
私は母親の怒号を無視してそのまままた眠りにつく。
目を開けると、私は玄関で座り込んでいた。背中には学校に行くためのカバンがあり、母親が見送りに来ている。
”行ってらっしゃい”
後ろから声が聞こえる。
こんなやり取りは初めてだ。
私の母親は私にまるで興味がない。
自分のイメージが落ちないようにと私に普通を強制している。
だからこんなやり取りはない。
はずなのだ。
私は玄関から外に出てこれはあの幸福な夢なのかと思案する。
ふいに後ろから肩を叩かれる。
振り返ると名前も知らない少女がこちらに笑いかけている。
この世界での私の友達だろうか。
どう話せばいいかわからず困っていると少女は笑い、励ましてくれた。
歩きながら談笑していると、少女はやはり私の友達なのだと分かった。
現実の私に友達はいない。
常に皆から嫌われ、蔑まれ、虐げられた。
この夢の世界は私の理想がすべて叶うのかもしれない。
教室に着き、自分の席に座ると、大勢のクラスメイト達が私に挨拶をしてくれる。
授業でも指名され、回答すると先生にとても褒められた。
この夢は私の理想だ。
だが、あくまでこれはただの夢。
時間が来たら泡沫のように消えてしまう。
そしてあの凄惨な現実へと引きずりおろされるのだ。
ようやく訪れた希望ははりぼての希望だった。
そんなことを考えていると、いつの間にか授業は終わり、私は帰路についていた。
家に着くと
”おかえりなさい”
差も当然かのように両親が出迎える。
それに私はただいまと応える。
この時間が永遠に続けばいいのに。
そんな考えが私の中を満たしていく。
その考えが確固たるものとなった瞬間、夢は崩れ落ち、暗闇が広がった。
だが、前回とは違い、暗闇の中に一つ明かりがあった。
私は光に引き寄せられる虫のようにその光めがけて歩き始めた。
そこには一つの机と、一人の怪しげな男性が座っていた。
その男性は、一つの箱を取り出すと、私に差し出してきた。
箱を開けてみるとそこには「夢カプセル」と書かれていて、説明書が付属していた。
どうやらこのカプセルを飲むと瞬時にこの世界に来られるというものらしい。
だが、これは夢だ。
夢の中でものを受け取っても現実には持って帰ることはできない。
そんなことを思いながら、私は現実へと回帰した。
いつものように目を開け、ふと枕もとを見渡す。
そこには夢で見たあの箱がおかれていた。
表現しがたい恐怖感に駆られながらも、私はその箱を開けた。
「夢カプセル」
そうはっきりと書いてあった。
私は今すぐ飲むのをやめて、今日一日だけまた学校に行くことにした。
しっかりと自分の教室に入り、自分の席に着くと、周りがどよめいた。
それもそうだろう、長いこと来ていなかった人が急に現れたら誰しも驚くだろう。
少しして先生が教卓に立ち、出席確認を行う。
だが、私の名前が呼ばれることはなかった。
先生も私がいないのが当たり前だと思っていて、生徒たちもそれに違和感を持っていなかった。
やはり、現実に私の居場所はないのだ。
私は出席確認をしていた先生を突き飛ばして家に向かって走った。
自分の部屋に置いてあった夢カプセルを手に取り、口の中に放り込む。
瞬間、私はあの夢の世界へと降り立った。
この理想的な世界。
私はこの幸福な夢の世界に永遠には居られない。
しかし、夢が終わっても夢カプセルさえ飲めばまたここに戻ってこられる。
そう思っていた。
何十個目かの夢カプセルを飲んだ瞬間私は暗闇に飛ばされた。
いつもの夢ではなく、何もない暗闇。
そして、世界に声がこだまする。
”ずっとゆめのなかにいよう”
そう聞こえた瞬間、体に激痛が走った。
耐えがたい痛みに私は倒れこむ。
そして、目の前が明るくなったかと思うと、現実の私の部屋が映し出される。
私の体はベッドに横たわり、悶えている。
そして、急に立ち上がり、部屋を出る。
階段を下りてキッチンに行くと、棚から包丁を手に取り、両手でつかむ。
そして、リビングにいた両親に切りかかる。
母親は後ろから首を一突き。
父親は左胸から斜め下に切り裂いた。
私は吐き気を催す。
そして現実から目を背けようと目を閉じる。
しかし、目を閉じた暗闇にも逃げ場はなかった。
そして、現実の私がこちらに振り向く。
目が合う。
現実の私はのど元に包丁をあてて、
そのまま突き立てた。
のどから大量の血液が飛散し、私の体は倒れこむ。
私はその場に座り込んだまま考えていた。
現実の体がなくなってしまったということはここから出ることはもうできない。
だが、それは夢にまで見た本当の理想だ。
二度と目覚めることもなく、永遠にこの幸福な夢の中で生きていられるのだ。
私は歓喜した。
もう、理不尽な現実に囚われることもない。
私の理想が今目の前にある。
しばらくして、視界が急激に変わる。
たどり着いたのは学校の教室。
私の理想の学校生活。
しかし、私の体は宙にふわりと浮かぶ。
抵抗もできぬまま浮かんでいく。
天井からは縄が伸びていて、それはまさに首吊りのための縄だった。
背筋が凍る。
必死に抵抗しようと試みるが、そんなことは叶わない。
ついに縄に首がかかると、重力が元に戻る。
首が縄にかかり、息ができなくなる。
しかしここは夢であるため、死ぬことはできない。
夜が明け、教室に生徒たちが入ってくる。
しかし、少女の状態に疑問を持つことなく彼らは少女に話しかけ、談笑する。
少女はこの理想の夢の世界で一人孤独に苦しみ続けるのだ。
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