髪と爪、針と糸

赤山千尋

 目を覚ました男の前に、赤い赤い鬼が座っていた。座っていても男より遥かに大き

かった。男は青ざめた。

「うまそう、じゃのう」

 鬼は声とつばと食欲をなるべく抑えながらそう言った。

「待て、待て、俺はちっともうまくないぞ」

「喰ろうてみなけりゃ、わからんぞ」

 鬼は両手で男を捕まえた。男が自分の子を抱きかかえた時のように。

「待て、待て、食えばきっと腹をくだすぞ。大体なんで俺が食われなきゃならない」

「わからんから、ここに、おるんじゃのう」

 はてと男は今更ながら思った。

「こことはどこだ?」

 男は白く艶のある爪で頭を掻きながら尋ねた。

「おまえのおった、場所よりも、ずうっとずうっと、下の下じゃ」

 爪で男の頬をなぞりながら鬼はそう言った。男の青い顔から赤い血がつうっと流れ

た。それを見た鬼の赤い顔から白い涎がどたっとこぼれた。

「うまそう、じゃのう」

「待て、待て、頼むから見逃してくれ」

「見逃した、ところでのう」

 鬼は顔を上げて周りを見た。男はその目の先を追った。四つの目玉は周りを囲む、

暗闇や岩の壁のくすんだ色しか映さなかった。

「逃げる場所など、ありゃせんぞ」

 鬼はおかしそうにそう言った。

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