髪と爪、針と糸
赤山千尋
一
目を覚ました男の前に、赤い赤い鬼が座っていた。座っていても男より遥かに大き
かった。男は青ざめた。
「うまそう、じゃのう」
鬼は声と
「待て、待て、俺はちっともうまくないぞ」
「喰ろうてみなけりゃ、わからんぞ」
鬼は両手で男を捕まえた。男が自分の子を抱きかかえた時のように。
「待て、待て、食えばきっと腹をくだすぞ。大体なんで俺が食われなきゃならない」
「わからんから、ここに、おるんじゃのう」
はてと男は今更ながら思った。
「こことはどこだ?」
男は白く艶のある爪で頭を掻きながら尋ねた。
「おまえのおった、場所よりも、ずうっとずうっと、下の下じゃ」
爪で男の頬をなぞりながら鬼はそう言った。男の青い顔から赤い血がつうっと流れ
た。それを見た鬼の赤い顔から白い涎がどたっと
「うまそう、じゃのう」
「待て、待て、頼むから見逃してくれ」
「見逃した、ところでのう」
鬼は顔を上げて周りを見た。男はその目の先を追った。四つの目玉は周りを囲む、
暗闇や岩の壁のくすんだ色しか映さなかった。
「逃げる場所など、ありゃせんぞ」
鬼はおかしそうにそう言った。
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