第15話 異世界行商その⑦:保険業の立ち上げ
アルバート氏との共同出資計画は、かなり忙しく進んでいった。
『お安ちゃんとディケちゃんにお願いなんだけど、投資先の選定を手伝ってくれないかな。目論見通り第二階層の守護者討伐に成功して、この街の迷宮探索先が第三階層まで広がった場合、全般的に経済が活発化するはずだから、それを狙いたいんだ』
アルバート氏の娘で番代を任されている才女ディケ嬢と、うちの商売の金勘定を全面的に担っている小安ちゃんに無茶振りをすると、二人とも面白いぐらいに驚いてくれた。
元よりアルバート氏とは話をしていたのだ。二人に仕事を任せたいと。二人とも商才があるはずだから、きっといい働きを見せてくれるだろうと。
なので、投資先の選定という大きな仕事を任せることにした。
若いのに精力的に働いて、帝国質屋『
その間、俺とアルバート氏の仕事は、偉い人々との挨拶回りである。
「あんまり挨拶回りなんてしたくないんですけどね……」
「何を仰いますやら。今やハイネリヒト殿は、この街をときめく若手の辣腕商人なのです。是非挨拶したいと、色んな所からお声がけがあるのですよ」
にこにこと嬉しそうに、やんわりとアルバート氏に諭されてしまった。おそらくこの老紳士は、俺も一流の商人に育てようと目論んでいるような気配がある。石工職人、革職人、木工職人、いわゆる
ではアルバート氏は一体何者か、というと、そんな親方衆に金子を貸して商売を幅広く手伝う、手練の質屋業者である。街の
今でこそ好々爺とした態度のこの老紳士だが、若い頃はさぞや野心に燃えていたに違いない。
「私が働くことで、若者がより働けるのです。ディケにも大きな仕事を任せたかったところですからね。老骨に鞭を打って頑張ろうと思っております」
「もしかして、その若者の中に自分も含まれてますか?」
「ええ。ハイネリヒト殿。貴方がこれからどんな商人として大成していくか、私は先行きが楽しみなのです」
……………………。
…………。
『迷宮に潜りたがる人間相手に商売するのが一番儲かるんじゃないかな、と思っているんです』
『……ほう、そこに着目するとは嬉しいですね』
俺がそう言うと、ゾーヤは目をしばたたかせ、アルバート氏は目を細めて喜んだ。
似たような逸話を知っている。
19世紀のアメリカでは、カリフォルニア・ゴールドラッシュというものがあった。
1848年1月24日の朝、ジェームズ・マーシャルと呼ばれる大工は、アメリカン川沿いの水車の下に何かが煌めいているのを発見した。詳しく調べたところ、それは23カラット(23金、K23、純度96%)もある、非常に品質のいい砂金であることが判明した。金の発見である。
小川や川床を洗いざらいに探せば、砂金が見つかる――。
実業家であり新聞業者であるサミュエル・ブランナンが金をサンフランシスコに持ち帰り、「金の発見」を宣伝したことをきっかけに、アメリカ全土および海外からも人々が駆け付けた。その数およそ30万人。皆が一攫千金を夢見てやってきたのだ。
しかし、蓋を開けてみると、ゴールドラッシュによって富を着実に成したのは金の採掘者ではなかった。
毒蛇や毒虫の寄ってこないブルーインディゴで染色を施した、デニムという丈夫なズボンを作ったリーバイス。
新聞を売り、スコップやツルハシなどの金採掘用の道具を買い占めて販売し、土地を買い漁って店を複数出店した百万長者サミュエル・ブランナン。
銀行業と宅配便がどちらもろくに規制されていなかった当時のカリフォルニアに目を付け、採掘者の資産管理や送金サービスの金融業で富をなしたウェルズ・ファーゴ。
荷馬車の金属部品製造からはじめ、次いで自社での馬車製造で富をなした、スチュードベーカー兄弟。
食肉加工業を中心に、缶詰め、石けん、医薬品、オイル、肥料、ヘアブラシ、ボタンなど食肉処理の副産物を効率的に売り捌いた、フィリップ・ダンフォース・アーマー。
駅馬車業。鉄道会社。開拓地周辺の飲食店や宿泊施設を開業した人々――。
ゴールドラッシュそのものに飛びついた人々が儲かった事例は少ないが、そういった金に群がろうとした人相手の商売で大儲けした人は多くいる。いわゆる、「マイニング・ザ・マイナーズ(採掘者から掘れ!)」と呼ばれる戦略だ。
今回の場合だと、探索者を狙うのがそれにあたるだろう。
探索者は、迷宮に潜って魔物を狩り、様々な資源を地上に持ち帰る”採掘者”であった。
『探索者が大量にやってきて、市況はしばらく繁盛するでしょうな。食料品を始めに、探索者の消費財は飛ぶように売れるでしょう。……それを理解しているということは、ハイネリヒト殿も?』
『はい、是非ご相談したい商売があります』
老練の質屋業アルバート氏と話をしていて分かってきたことがある。
一般の人から金を儲けるのではなく、金儲けをしたいと考えている人間から儲けを狙うべし、と。
理由は簡単で、その顧客は将来的に太客に育つ可能性があり、一つ商売に失敗してもまた新しい商売の種を持ち込んでくれる可能性が高く、色んな情報を齎してくれるから。また、金儲けを考えている人間は、財布の紐が緩みがちであり、多少の割高を承知でも『これは初期投資、必要経費』と考えて羽振りよく払ってくれるからである。まさに「マイニング・ザ・マイナーズ戦略」と言えるだろう。
当然、金儲けに失敗して自己破産し、踏み倒されるというリスクは発生する。とはいえこの世界、自己破産という概念は存在せず、債務労働者という形で隷従契約を結んで借金返済をしなくてはならない。借金を踏み倒して遠くに逃亡するのは非常に困難なのだ。
『狙い目はありますかな?』
『迷宮探索の万が一に備える、探索者保険はいかがでしょうか。きっと大きな市場になると思っております』
『……ふむ、昔を思い出します』
『昔?』
俺の最初の着想は保険業だった。ロイズの海洋保険の歴史をなぞれば上手くいくのではないかと考えたのだ。
無論、この世界にも、一応保険の原型のようなものは存在している。
ただ、評判はお世辞にもよくないものであった。冒険中に亡くなってしまった遺族のために支払われる遺族年金のようなもの。いわゆる互助会だ。しかし、怪我をして二度と探索者として働けなくなった者たちについてはほとんど手当てがなく、自己責任として片付けられてしまったという。
これもやむを得ないだろう。
読み書きや計算ができない庶民。賄賂の横行。ずさんな帳簿管理。これで保険業が成り立つはずがない。探索者ギルドの互助会が上手くいってないというのも頷ける話だった。
『お恥ずかしい話ですが、昔、私もそれを思いついて、失敗したのです』
『ああ……そうだったんですか』
『今は互助会のような形で残っております。探索者ギルドが導入している互助会は、過去に私が手掛けたものです』
『! アルバートさんの発案だったんですか!』
ならば話は早い、と俺は思った。
何故ならば、失敗のしようがほとんどないからである。
『ハイネリヒト殿。互助会の目的は、儲けを出すことではなく、相互の助け合いです。ここから儲けを出すのは至難の業ですよ?』
『はい、その通りだと思います。互助会形式では利益は出しづらいです。私の考える保険はもっと別ですよ』
『ほう』
アルバート氏の表情が怪訝なものになった。単純な発想の逆転なのだが、これは思いつかないと分からないだろう。
俺の考える保険は、かつて地球史にあった冒険貸借や共同海損と同じような仕組み。積み荷が無事に届くかどうかに保険をかけるというもの。つまり、探索者が怪我をするかどうかは関係ない。あくまで積み荷が無事に届くかどうかが鍵であり、現地に届けば貸し付けた元金に高い利子をつけて受け取り、全損すればその損害を引き受けるというものだ。
『私の発想は、積み荷に保険をかけるものです。迷宮探索保険、もう一度私と一緒にやってみませんか?』
『……そちらでしたか。なるほど。それは随分昔に却下した案ですね。その案では物資を横領されて横流しされるだけですよ、ハイネリヒト殿。架空の魔物に襲撃されたことにされる可能性が高いのでは?』
『はい。なので、本当に襲撃の事実があったか、全損を調査する保険調査員を雇えばいいんですよ』
『保険調査員を雇う原資が必要になりますね。また、その保険調査員が賄賂を受け取って、虚偽の報告をする可能性もあります。……難しいでしょうね』
中々鋭い指摘だが、アルバート氏はまだ一つ勘違いをしている。
『ええ。ですから
『……?
『ええ。アルバートさん。落ち着いて聞いてくださいね』
俺の発想は、まさしくロイズ保険組合の発想のそれに近かった。
『保険の費用を考え、保険の事務手続きの一切を引き受けるのは我々ですが、保険の支払い責任を引き受けるのは我々ではありません』
『……何と?』
『この街の富裕層の有志者に引き受けていただくのです』
アルバート氏の眉は大きく吊り上がった。
つまりこういう話だ。
『迷宮地下街に金貨一〇〇枚分の物資を運ぶ。これは迷宮地下街へ無事に運び込めたら金貨二〇〇枚分で売り捌けるため、差し引き利益の金貨一〇〇枚が得られる。ただし道中で魔物に襲撃されるリスクがある』
『ここで、
『俺たちは、その保険商材のリスク算定、契約手続き等の事務手続きを引き受け、仲介手数料として数%程度を受け取る』
……というもの。
これなら、俺とアルバート氏は、物資運搬が成功しても失敗しても、仲介手数料で確実に儲けられる。
『ふむ……。質問ですが、
『面倒な手続きの一切を俺たちに委託できる点、保険引受リスクを複数人と分割できる点です。先ほどの例では金貨一〇〇枚でしたが、二十人集まれば一人当たり五枚で済みます。物資運搬の成功率が九割、利率が20%だとすれば、二十回で金貨八枚儲かる期待値になります』
『……成功率と利率の均衡さえ取れていれば、
『ええ。期待値がある限りは』
初期投資額を分割できるのは大きい。
一括で金貨一〇〇枚、利率二割、失敗率一割、という投資話だと躊躇う人も多いだろう。
だが一回当たり金貨五枚で二十回、という話なら、手数料を数%取られても金貨八枚ほぼ確実に儲かる。
後者の方が安全な投資話のように感じる資産家は多いのではないだろうか。
これだけではない。
『もしこの保険が出来たとして、次に
『……そうですね。全損を調査する保険調査員を雇いたいと考えるでしょうな』
『はい。それを我々が有償で引き受けるのです』
『!』
架空の事故を装って物資を横流ししようとする奴は出てくるだろう。
だから、そんなことが出来ない様に保険調査員を派出する必要がある。
もしもこれが、自分たちが元金貸出人となる保険業態であれば、自分たちで保険調査員を雇って抱えることになっていただろう。だが発想を変えることで、その原資を他の人に負担してもらえば、逆にこちらは保険調査業という新しい業務創出につながる。平たく言えば、保険調査業務で逆に金儲けできるというわけだ。
『それだけではありませんよ。この保険業態ですと、物資運搬の成功率が高ければ高いほど
『……ええ、そうですな』
『つまり、迷宮内の魔物討伐や、安全確保に協力してくれるようになるんです。迷宮開拓のために通路を整備したり、探索者にとって便利な道具を開発して商売してくれたり、相乗効果が見込まれます』
『!』
保険一つで何を大げさな、と思ったかもしれない。
実際のところ、俺も多少大げさに話を盛った自覚がある。だがしかし、迷宮産業で成り立っているこの交易街ミュノス・アノールにとっては、この大きな構図に意味がある。
俺が言っているのは、迷宮への物資運搬が盛んになり、迷宮開拓がどんどん盛んになればなるほど皆儲かる構図を一度作り上げてしまえば、今度は資本を持った富裕層が開拓を推し進めてくれる――ということだ。
迷宮探索保険で物資運搬を行う探索者が増えて、探索者用の道具を買い、物資運搬を成功させて大きく儲けて、その利益をこの交易街で散財する。この経済循環の過程で、儲けが出る資本家同士が手を組むことが出来る。例えば、保険を扱う俺たちがどこかの鍛冶屋と提携して『探索道具はこの店で買うと割引が効きます』などの販促キャンペーンを打ち出すことが出来れば、新たな商売になる。保険商材はこういったキャンペーンの横展開の親和性が非常に高い。
こんな感じで、資本家同士が手を組むだけで、自然と迷宮開拓がどんどん進んでいく……という将来展望。交易街ミュノス・アノールの領主であるミュノス家にとって、この構図は極めて理想的であろう。
『数字は細かく詰めていかないといけませんが、大枠としては面白いと思いませんか?』
『……非常に、面白いですね』
説明が非常に長くなったが、アルバート氏は俺の説明を全て理解したらしい。感慨に耽ったような、深い溜息が聞こえた。すっかり冷めてしまった紅茶を口に運ぶ。商談に夢中になって、随分と時間が経っていたようだった。しばらくして、アルバート氏がこめかみあたりを揉みながら言葉をゆっくりと紡ぎ始めた。
『一つ言うことがあるとすれば、顧客開拓が大変でしょうな。協力してくれる出資者を探すところが一番の壁ですが……』
『アルバートさんでも難しいですか?』
『ええ、とても難しいお話ですな。……信用を勝ち取るところが、ですがね』
それはどういうことだろうか、と問い直す間もなく、アルバート氏は詰め寄った。
『こちらが身銭を切らないと、相手が信用してくれないでしょうな。要するに、我々は今、この保険事業が頓挫しようが懐が痛まないわけです。ですが
『……そう、ですね。そこは数字を出して、誠意をもって交渉して、信用していただくしかないでしょうね』
『もっと早い方法があります。彼らの商売に出資するのですよ。格安の利子で』
『! ……なるほど』
アルバート氏曰く、最初の顧客開拓が一番の壁らしい。いい絵図があっても、それについていく人がいなければ絵に描いた餅なのだ。だからこそ『私たちはこの保険事業に失敗すると損をするのです』という誠意を見せる必要がある。
その最も手っ取り早い形が、格安の利子で相手に出資するという方法。これであれば確かに、相手が破産したら自分も大損するので、協力関係が分かりやすくなる。
この街の商人たちに共同出資しませんか、とアルバート氏は口を開いた。
『……長年、金貸しを営んできた私が保証しましょう。儲けさえあれば金を貸したい富裕層はいくらでもいます。貴方の提案は、遊び金になっているそれを、街の開拓事業に投資させて、経済を活性化する一助となるでしょう』
『つまり?』
『パーシファエ嬢が、最大の出資者として、金主に名乗り上げるでしょうな。そしてその御旗の名の元に、大量の出資が集まることでしょう』
そこまで言ったアルバート氏は、懐から紙を取り出して、さらさらと何かを書き上げていた。意味はあまり分からなかったが、信用書という文言が目に飛び込んだ。右下に記されている紋様は、この帝国質屋『
『ハイネリヒト殿。貴方の保険、この街の
『いいのですか?』
『構図が難しい。商人ギルドや探索者ギルドとの折衝も必要でしょう。ですから契約締結はずっと後になるでしょう。……まずは頭出しからですな』
営業は得意ですかな? とアルバート氏が悪戯っぽく問いかけてきた。
どうやら、アルバート氏と付き合いの深い
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