第19話 魔道具収集の進捗(現在七つ)

《魂の器》が十分育っていない人間が加護付きの道具を複数同時に装備すると、魂に負担がかかると言われている――。

 確かに以前ゾーヤからそんなことを聞いた俺だが、実際のところ、その影響があるのかどうかは試していない。


 遠見の加護の首飾り。快眠の指輪。匂いくらましの指輪。深呼吸の指輪。

 思い返せば結構、加護付きの魔道具が集まってきた気がする。それもこれも全部、アルバート氏が取り寄せてくれた一級の品である。


 他にも実は、砂糖と胡椒の露店販売を通じて、魔道具との物々交換を何回か引き受けたことがあった。

 冒険者ギルドの査定員の鑑定書付きなので、効果のほどは保証されている。


 身体が柔軟になるという、柔軟の加護の耳飾り。

 暗い場所も見やすくなる、暗視の加護の首飾り。

 匂いをより敏感に感じられる、鼻利きの加護の指輪。


 これで、俺の手元にある加護付きの道具は、遠見の加護の首飾り、快眠の指輪、匂いくらましの指輪、深呼吸の指輪、柔軟の加護の耳飾り、暗視の加護の首飾り、鼻利きの加護の指輪、の七つになった。


 遠見の加護の首飾り、快眠の指輪を除くと、どれも便利なのかどうなのかよく分からない。

 正直現代社会を生きていると、暗いところが見えたり、匂いに敏感になったところでなあ、という気持ちしか湧かない。

 湧かないがまあ、損しているわけではない。加護の効果が微妙なだけだ。


(何というか、取り揃えた品を見ると、暗殺者とかが使うのにぴったりな気がするけど。匂いを消して、暗い場所を遠く見通して、柔軟な身体で狭い場所に隠れて、息を止めて行動して……みたいな)


 流石に考え過ぎだろうか。

 上手な活用方法を思いつかない俺だったが、まあ、強盗とか暗殺とかそんな方向には使いたくはない。使うにしても護身の方向がいい。異世界で暗殺稼業始めました、なんて危険な橋は渡りたくない。

 いずれにせよ、無いよりはあった方がまし、という効果が多かったので、普段から装備をつけっぱなしにしても問題はないはずである。


「……あ、主殿あるじどの、大丈夫か……?」

「? まあ、特に何もないな」


 試しに全部の魔道具を同時に装備してみたが、俺は全然何ともなかった。頭痛もなければ倦怠感もない。

 これには流石にゾーヤも目を剥いていた。


「そんなに装備しすぎると、その、気を失うこともあるのだぞ……? やせ我慢ではなかろうな?」

「うーん……まあ、実感がないだけで、もしかしたら身体のどこかに負担がかかっているのかもしれないが……」


 分からない。

 日本人含む黄色人種は白色人種と比べてカフェインに強い、みたいなものに近い話だろうか。だがあれは有名なデマだった気がする。

 そもそも、現代日本人は魔道具に強い人種なんです――なんてどう研究すれば実証できるのかわからない。俺がたまたま魔道具に強い体質なのかもしれない。


 俺が頭を悩ませていると、パルカとアルルがちょっと残念そうにしていた。


「せっかくご主人様が普人族コモニーのオスっぽい芳醇な匂いだったのに」

「ですねぇ~」

「なんて?」


 オス? 芳醇な匂い?

 完全に話の迷子になった俺は、ちょっと困ってゾーヤに目で助けを求めた。

 ゾーヤはうっ、と言葉に詰まって照れていた。

 何だこれ。


「自覚がなかったのか……?」

「ない。教えてくれ」

「………………」


 口元をもにょもにょさせている。じれったい。

 良いから早く教えてほしい。


「その、普人族コモニーはだな、亜人族から見るとだな、ずっと発情期の匂いをさせている、風変わりな連中というように見えるんだ……」

「はあ」


 そういえば、確かホモ・サピエンスは年がら年中発情期って聞いたことがある。

 人間は、季節性の発情期がない哺乳類という特徴をもっており、それは確かに他の動物から見たらすごく変に見えるだろう。

 なるほど。


「……あと、鼻が鈍いからか、その、異性を惹きつける匂いが、他の種族より強めというか、えっと」

「そうかそうか要するに毎日朝と晩の二回シャワー浴びればいいってことだな分かったよありがとう」

「ああいや別に悪いとかではなくてだなっ」


 三人から悲鳴が上がった。

 同時に、俺の心の中で、匂いくらましの指輪の利便性が上がった。


 異世界でまさかそんな価値観の差があるとは気づかなかった。というかゾーヤから教えてもらってない。

 もしかしてこいつらこっそり匂いを堪能してたのかよ、という疑いが生じたが、追求すべきかやめておくべきか。


「え、じゃあ街中歩いているときに、冒険者のお姉さんとかと『今度一緒にお酒飲もうよー』とかたまに誘われてたのって、もしかしてそういうこと!?」

「…………まあ、その」


 観念したようにゾーヤは声を絞り出した。

 雨に濡れた小犬みたいな声だった。


 訊くところによると、どうやら俺は『酒の勢いに任せて押したら絶対ワンチャンある』と亜人族が誤解するぐらい濃厚な匂いを漂わせていたらしい。

 最悪だった。

 聞きたくなかった。


「もっと魔道具を集めよう、護身術も習おう、何というか身の危険があるってわかった」


 全然予想してない方向ではあったが、異世界はやはり恐ろしいものである。無知は怖いというべきか。ともあれ、護衛にゾーヤを雇っておいて本当に良かった。






 ――結論、三人娘の抗議も虚しく、匂いくらましの指輪はほぼずっとつけることになった。可哀想だと思ってはいけない。裏返すと、それだけ異性を執着させてしまう危険性を孕んでいるという何よりの証拠なのだから。

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