第10話 現代商売その1:しいたけ栽培・続(あるいは老商人の奮起)
しいたけのバター醤油炒め。
しいたけのひき肉詰め。
しいたけの七味マヨネーズ焼き。
しいたけの豚バラ包み照り焼き。
しいたけの天ぷら。
大量のしいたけ料理の写真。
『しいたけの原木に水をやるエプロン姿のワーウルフ娘』
『しいたけをビニール手袋でつまんで清潔なハサミで切り取るエプロン姿のワーウルフ娘』
『しいたけを料理するエプロン姿のワーウルフ娘』
『しいたけ料理を頬張るエプロン姿のワーウルフ娘』
照れとはにかみが入りながらも、俺の指示に忠実に従ってくれる生真面目なゾーヤ。そんな彼女をいくつも写真と動画に収める俺。
『国産 無農薬 原木栽培 特選生しいたけ(やさしさ手作り農園)
あまり香りが強くないため、椎茸が苦手な方でも食感をお楽しみいただけます。形と大きさが不揃いですが、肉厚なので味が染み込んでとても美味しい自慢のしいたけです。朝取りして、日光に晒して、旨味を出した生しいたけを送付します』
そんな説明文をつけて、メリクル含めたフリマサイトに出品を行う俺。
やさしさ、手作り、ふるさと、日だまり、健康、みどり、元気――その辺の名前が一番受けが良さそうだと考えて、あれこれと名前を捻ってみた。現状、農園は名乗っているだけだが、ゆくゆくは野菜苗にも挑戦するので嘘ではない。
また、国産、無農薬であることを全面に押し出すことでブランド感を醸し出した。
特選という言葉は、何を特選してるのかは分からないが特別感が出て消費者受けが良い。駄目なしいたけは選んで捨てているので、選んでいると言えば選んでいることになる。
しいたけ料理の写真も添える。
こんなに美味しい料理になりますよというアピールだ。もちろんフリマサイトには獣人のゾーヤの写真は載せない。
結果、フリマサイトでは飛ぶように売れた。
「よーし、いいぞいいぞ! 最初は何か想定外のやらかしをして赤字が出るかと思ったが、幸先いいじゃないか!」
しいたけ栽培は非常に簡単だった。
元手二万円で売上一〇万円弱、諸経費を引いて五万円ぐらいの儲け。異世界の小屋では生育条件が悪いかもと危惧していたがそんなことはなかった。
その一方で、動画投稿も順調であった。
ワーウルフ娘の動画を始めるや否や、ちょいちょいチャンネル登録数と再生数が伸び始めたのだ。動画投稿をしたことがない人だと凄さが伝わらないかもしれないが、投稿一週間で登録者数5人、再生数が100回を超えたのだ。
――ワーウルフ娘とか書いてるからASMRものかと思った。
そんなコメントもあった(多分、そういうシチュエーションのASMRが聞けると思って来てくれたのだろう)。
だが、
「このコスプレ凄い」「腰のシルエットがたまらん」「ケモ娘助かる」「しいたけ恐る恐る摘んでるの可愛くて捗る」
とコメントは高評価なものが多い。
(収益化はまだまだ先だけど……このまま動画投稿を続けていったら上手くいくんじゃないか?)
栽培しいたけのフリマ販売。
ワーウルフ娘の動画撮影。
まだまだ大幅な利益は叩き出せていないものの、滑り出しは順調そのものであった。
あとはこのまま色んな仕事を続けるのみ。軌道に乗るまで先は長いが、行く先に希望は見えていた。
◇◇◇
帝国質屋:
店主のアルバート氏は、質屋業で成り上がってきた老練の商人である。
各地を廻る行商人も数多くいるこのご時世、許可書を手に入れて一つの店を構えることは、彼ら行商人たちの目標の一つでもあった。
そんな行商人たちが、店を構えるための頭金を調達する先として、質屋はよく利用されていた。
商売が長くなると、どうしても横のつながりというものは無視できなくなってくる。そういった人脈のつながりの積み重ねによってか、アルバート氏は、この街ミュノス・アノールの有力者になっていた。
(この涼やかな色味のカットグラスは大層素晴らしい。エナメルグラスの最高級品と比較しても遜色ない。それにこの見事なトレイもいかがなものか。エキゾチックな彩色美と上品な艶が相まっている)
アルバート氏は、“エドキリコ”なる優美なカットグラスと、“ツガルヌリ”なる異国のトレイに思いを馳せた。
長年の経験から、アルバート氏は直感した。この二品は、自分一人では手に余ると。
美術品専門の商人ではないアルバート氏ではあったものの、質屋業の経験から美術品にはそれなりに目を通してきた。その上で、あの二品には尋常ならざる巧緻の痕跡を見た。
目の利く知人にも掛け合った。
金細工師、硝子職人、代書屋、美術商。
そして、全員の見解は一致した。
このカットグラスとトレイは、見たこともない造りだが美しい――と。
(美術品に目のない貴族たちに手紙を送った所、皇帝陛下への献上品にも使える相当の美品として、既に買い付けの依頼がいくつか来ている。このまま上手く行けば、相当大きな商談になるだろう)
アルバート氏は、孫娘のディケにすべてを任せるつもりであった。この先は孫娘の影となり彼女を立てていこうと、楽隠居で余暇を過ごそうと考えていた。
だが、この一連の商談に関わって以来、まだ自分が先陣を切って捌くべき案件が残っているやもしれぬ、と考えを改め直した。
何せこの案件は、底が知れない。
久しぶりの大商いの予感に、野心に燃えていた頃の血が騒ぐ。アルバート氏の勘によれば、この商売は『帝国質屋:
賢い孫娘に全てを引き継ぐ前に、また一つこの老骨が残してあげられる物が増えた――。
アルバート氏の胸の内には、ここ最近久しく感じたことのない充実感と挑戦意欲が宿っていた。
間違いなく、とてと難しく、そして前例のない案件ではあったが、計り知れない利益の匂いがある。そしてそれを逃すほどアルバート氏は耄碌していない。
勝負師としての本能が、老いて前線を退いたはずのアルバート氏を強く突き動かしていた。
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