香りの力

@st0613

第1話

香りの力                        


 修平は、友人の勇斗ととあるバーで飲んでいた。間接照明で薄暗くて独特な雰囲気のある店のテーブル席で二人で向かい合っている。二人は大学を卒業して三年ほど経っていて同じ年である。

「こないだ仕事でミスをしてしまってね……。上司から注意を受けたんだよ」

 修平は肩を落としながら言った。

「それは大変だったな。俺も、毎日の仕事に追われて疲れるから、休日はいつも寝てばかりいるよ」

「まあね、俺は転職したいよ」

「俺もだよ……」

 二人は、こんな話ばかりしていた。すると、横のテーブル席で一人で座っていた中年の男性が二人のいる方に身体を向けてくると、「お二人さん、このお店ははじめて来たのかい?」と聞いてきた。

「はい。居酒屋で飲んだあとに来ました。ここのバーに行ったことないので来てみたかったのです」

 修平は、淡々と答えた。

「そうかい。ちょっと、そんな二人にお願いがあるのです」

「なんですか?」

 勇斗は、少し語尾を高くして聞いた。

「これを受け取って欲しいのです」

 男性はバックから小さな瓶を取り出した。

「なんですか? これは」

 すかさず興味深そうに修平が聞く。

「これは、アロマが入っている瓶です。これには不思議な魔力が宿っています。人を呼び寄せる力があるのです」

「人を呼び寄せる力?」

 修平は思わず声を高くした。

「そうです。香りを嗅いだあと、呼び寄せたい人の名前を唱えるのです。すると、その人が寄ってくるのです。いつ来るかはわかりません。急に、連絡が来たり、偶然に近くにいたりと、そういうことが起きるのです」

「そんな面白い冗談を言わないでくださいよ。僕たちだって、いい大人なのでそんなこと起きることないってわかりますよ」

 勇斗は、苦笑いをしながら言う。

「そうですか。そんなことを言うのであれば、渡しませんよ。これは、確かな物です。私が実践しています。でも、効果は1回きりです。だから、本当に会いたい人の名前を唱えるのが良いですよ」

「何それ、面白そうですね。勇斗! 良いじゃん。ちょっと試しにやってみようよ」

「俺には、怪しいものにしか見えないけどね……」

「大丈夫だよ。じゃあ、その瓶を渡してもらえますか?」

 すると、男性は瓶を修平に渡した。

「一滴だけ手首につけたあと匂いを嗅いでください。その後、心のなかで自分の会いたい人を唱えるのです。効果は必ず出ます」

「わかりました」

「では、私はこの場をあとにします。ぜひ、試してみてください」

 男性は席を立つと去って店を出て行った。

「ちょっと、どうする? 誰に会いたい?」

 男性がいなくなると、修平は勇斗にすぐに聞きいた。

「いや、ちょっと怪しいよ。信じられないけどね。でも、効果は1回だからね。騙されたと思って、本当に会いたい人のことを唱えれば良いと思うよ」

「そうだね……。じゃあ、千明にしようよ。お前も知っている人だし」

 修平の頭の中に彼女が浮かんだのは、単なる気まぐれではなかった。彼女は大学生のとき二人と同じサークルに入っていた。大学を卒業したあと、修平は千明と距離が近くなって何度かデートをすることがあった。会話も弾んで楽しい時間を過ごしたが、三度目のデート以降連絡が取れなくなっていた。

「メッセージを送っても既読にならないし、ずっと気になっていたんだよ。この際、この香りの力で彼女と再会をしたいよ」

「いや、そんなことしなくてもいいじゃないかな。それに、他の人でも良いじゃないか」

 すると、勇斗は急に流暢に話し出した。

「勇斗、何慌てているんだよ。さっきまで信じていなかっただろう。そんな魔力は香りには備わっていないって言っていたじゃん」

「それは、関係ないよ。とにかく他の人にしようよ」

「なんだか怪しいな。じゃあ、千明にするわ。この匂いを嗅いで、名前を唱えれば良いんでしょう」

 修平は、瓶から一滴のオイルを手首につけて匂いを嗅ぎはじめる。そのあと彼女の名前を心の中で唱え始めた。

「まじか。この場合、どうなるんだろう?」

 勇斗が、声を低くして言った。

「この場合?」 

 修平は、首をかしげながら聞く。

「彼女、死んじゃったんだよ」

「死んだ?」

「実は、最近、飛び降り自殺をしてね。事件になっているんだよ」

「そんなこと、俺知らないよ」

「ずっと、黙っていた。彼女、仕事で行き詰まって悩んでいたらしい。遺書があってね。修平には、伝えないでおいてっていうメッセージがあったんだよ」

「そんな……」

「だから、どうやっても会うことはできない」

 すると、ピコンと修平のスマホの音が鳴った。メッセージが来たようだ。通知の画面を見てみると、そこには千明の名前が表示されている。

「え、どいうこと?」

 修平は、スマホの画面を見て声を張った。

「どうした?」

 勇斗が、画面を覗きながら聞く。

「え、千明から?」

「うん。メールが来た」

 修平は画面をタッチしてメールを開いた。そこには、彼女からのメッセージがあった。

〈修平へ

 はじめに、あなたに謝らないとけません。こんな風に、最後の別れになってしまってごめんなさい。時間指定でメールを送ることにしたのです。これが届いているとき、私はこの世にいないでしょう。

 私が、この世から去る理由は簡単には説明できません。生きているのが苦しくなりました。それと、ぼんやりとした不安がいつもつきまとうのです。生きている意味がわからない。私は、答えが欲しいです。いつか生まれ変わって、あなたと出会うことを楽しみにしています

                          千明より〉

 修平は、文章を読んで頭が真っ白になった。書いていることを理解しようとしても内容が入ってこない。手が震え出すと涙が流れた。

「大丈夫か?」 

 勇斗が声を掛けた。

「うん。平気だよ」

 修平は、涙を拭う。

「もしかしたら、これは彼女からのメッセージだったんだな」

「そうだね」

「会いたい人が死んでしまった場合、何らかのメッセージを送る力が香りにはあるんだな」

「何だか、不思議だね」

 修平は頷く。

「じゃあ、今度は、俺が試してみようかな」

「勇斗、やってみるのか?」

「うん。誰にしようか考えている」

 修平は、勇斗の表情を見る。先ほどまで疑っていたのが嘘のようだ。その瞬間、修平はこの香りにはすごい力を持つのだなと心から感じ取った。

                                   了

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