ぱこん!

水無月龍那

1.二人の穏やかな日常

 叶臣かなおみ雛果ひなかは、過疎で無くなった村から東京に引っ越してきた。もうすぐ高校2年生になる。

 彼女には両親がいないため、保護者がわりの大学生、畢ヶ間ひつがまあとりが住むアパートの隣室に住んでいる。


 畢ヶ間ひつがまあとりは、民俗学を専攻する大学2年生。高校入学を機に親元を離れ、一人暮らしをしている。一介の男子大学生である彼が、雛果の隣人だけでなく保護者までやっているのは、両親に頼まれたからだ。

 

 二人は同じアパートの隣同士。別々の部屋に住んではいるが、食事はあとりの部屋で食べることにしている。特に朝食は、必ず一緒に。

 そして、出かける前に必ずこの言葉を交わす。


「あとりくん。私、普通に見える?」

「もちろん」

「雛果、僕は普通に笑えてる?」

「ちょっと目が死んでるかな――うん、そうそう。大丈夫」


 学校へ通って、バイトをしたり遊んだりして。夕飯を食べながら、その日にあったことを楽しく話したりする。

 そんな二人はお互いに、こう思っている。


 彼には/彼女には。

 今らしく普通に生きてほしい。


 □ ■ □


 ある日、テレビで地図から消えた村の話をしていた。

 よくあるゴールデンタイムのバラエティだ。未確認生物や秘境の噂などを面白おかしく紹介するようなやつ。

 紹介されていたその村は、何年も前に廃村になり、今では自然に埋もれてしまっているという。テレビでよく見る芸人が山をかき分け、村の痕跡を探していた。

 それを見た雛果は、自分が居た村を思い出したらしい。おかずを飲み込んで、話を投げてきた。

「そういえば、あとりくん」

「うん?」

「村に死体があるらしいよ」

 村に死体がある。それだけ聞くとなんとも背筋が冷えそうな話だけど。彼女の言う村――兆蛇村ときだむらだって数年前に廃村になっている。もう誰も住んでいない。あっても廃墟と墓地。まあ、広義の死体はあるだろうけど。墓地をそう表現することはまずない。

「へえ。誰がそんなこと言ったの」

「綾ちゃん」

「ってことは、都市伝説的な話だね?」

「正解」

 兆蛇ときだは廃村になったけど、連絡を取り合っている人も居るという。「綾ちゃん」はその代表格で、雛果の話によく出てくる。

 都市伝説が大好きで、心霊スポットの話なんかもよくしている。訪れることもあるらしい。

 そんなことよくできるね、と呟いたことがある。民俗学を専攻しているから、僕もそういう話に触れることはあるけど。心霊スポットなんかはちょっと怖くて行けない。雛果はそれを綾ちゃんに話したらしく、「あの村の方が怖いから全然平気だよ」という返事をいただいたと教えてくれた。何がどう平気なのかは、聞く勇気がなかった。

「まあ、墓地は残ってるだろうしね」

 僕のコメントに、雛果は「そうだね」と頷いて白米を口に運ぶ。

「でね。来週の土曜日、東京に来るんだって」

「その話からどう「それでね」に繋がるのか分からないけど。会ってくるの?」

「そういう話になりそう、かな」

「良いんじゃない?」

 長く続く人間関係は大事だと思う。故郷がなくなって散り散りになったなら尚更だ。

 けど、雛果の表情は曇っているように見える。どうしたのだろうと味噌汁をすすっていると、彼女は不安げな目で僕を見た。

「ねえ。あとりくんも、一緒に行こう?」

 久しぶりとは言え、一人で誰かに会うのが不安なのだろう。

 雛果はそういうところがある。これまで同年代の子と接する機会が少なかったからか、学友とも話題が微妙に合わない時があると言う。普段会う人でもそうだから、しばらく会わなかった同郷の友人なんて、何を話せばいいのか分からないのかもしれない。

「付いて行ってやりたいのは山々だけど、その日はちょっと用事があるんだ」

「そっか……」

 彼女はしょんぼりした様子で視線を落とす。

「普段から連絡とってるんでしょ。綾ちゃんも君のこと、ちゃんと分かってるよ」

「私……普通にできるかな」

「大丈夫でしょう」

 不安げな雛果の背中をもう一押しする。

「むしろ、そういう場に僕が付いていくことの方が普通じゃないと思うよ?」

「そう。そっか」

「いいじゃないか。2人で楽しんでおいでよ」

 ね、と話を進めると、彼女は僕の言った「普通」を飲み込むようにして頷いた。

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