ぱこん!
水無月龍那
1.二人の穏やかな日常
彼女には両親がいないため、保護者がわりの大学生、
二人は同じアパートの隣同士。別々の部屋に住んではいるが、食事はあとりの部屋で食べることにしている。特に朝食は、必ず一緒に。
そして、出かける前に必ずこの言葉を交わす。
「あとりくん。私、普通に見える?」
「もちろん」
「雛果、僕は普通に笑えてる?」
「ちょっと目が死んでるかな――うん、そうそう。大丈夫」
学校へ通って、バイトをしたり遊んだりして。夕飯を食べながら、その日にあったことを楽しく話したりする。
そんな二人はお互いに、こう思っている。
彼には/彼女には。
今らしく普通に生きてほしい。
□ ■ □
ある日、テレビで地図から消えた村の話をしていた。
よくあるゴールデンタイムのバラエティだ。未確認生物や秘境の噂などを面白おかしく紹介するようなやつ。
紹介されていたその村は、何年も前に廃村になり、今では自然に埋もれてしまっているという。テレビでよく見る芸人が山をかき分け、村の痕跡を探していた。
それを見た雛果は、自分が居た村を思い出したらしい。おかずを飲み込んで、話を投げてきた。
「そういえば、あとりくん」
「うん?」
「村に死体があるらしいよ」
村に死体がある。それだけ聞くとなんとも背筋が冷えそうな話だけど。彼女の言う村――
「へえ。誰がそんなこと言ったの」
「綾ちゃん」
「ってことは、都市伝説的な話だね?」
「正解」
都市伝説が大好きで、心霊スポットの話なんかもよくしている。訪れることもあるらしい。
そんなことよくできるね、と呟いたことがある。民俗学を専攻しているから、僕もそういう話に触れることはあるけど。心霊スポットなんかはちょっと怖くて行けない。雛果はそれを綾ちゃんに話したらしく、「あの村の方が怖いから全然平気だよ」という返事をいただいたと教えてくれた。何がどう平気なのかは、聞く勇気がなかった。
「まあ、墓地は残ってるだろうしね」
僕のコメントに、雛果は「そうだね」と頷いて白米を口に運ぶ。
「でね。来週の土曜日、東京に来るんだって」
「その話からどう「それでね」に繋がるのか分からないけど。会ってくるの?」
「そういう話になりそう、かな」
「良いんじゃない?」
長く続く人間関係は大事だと思う。故郷がなくなって散り散りになったなら尚更だ。
けど、雛果の表情は曇っているように見える。どうしたのだろうと味噌汁をすすっていると、彼女は不安げな目で僕を見た。
「ねえ。あとりくんも、一緒に行こう?」
久しぶりとは言え、一人で誰かに会うのが不安なのだろう。
雛果はそういうところがある。これまで同年代の子と接する機会が少なかったからか、学友とも話題が微妙に合わない時があると言う。普段会う人でもそうだから、しばらく会わなかった同郷の友人なんて、何を話せばいいのか分からないのかもしれない。
「付いて行ってやりたいのは山々だけど、その日はちょっと用事があるんだ」
「そっか……」
彼女はしょんぼりした様子で視線を落とす。
「普段から連絡とってるんでしょ。綾ちゃんも君のこと、ちゃんと分かってるよ」
「私……普通にできるかな」
「大丈夫でしょう」
不安げな雛果の背中をもう一押しする。
「むしろ、そういう場に僕が付いていくことの方が普通じゃないと思うよ?」
「そう。そっか」
「いいじゃないか。2人で楽しんでおいでよ」
ね、と話を進めると、彼女は僕の言った「普通」を飲み込むようにして頷いた。
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