スキル【危機一髪】

高山小石

スキル危機一髪

 過疎化した村に産まれたので、「異世界転生したんだな」とは気づいても、ここがなんの世界かもわからなかった。


「魔法もないしな」

「まほー? にいちゃん、まほーってなに?」

「なんでもね」

「またでた、なんでもねー。にいちゃんの、ひみつしゅぎー」

「ハハ……」


 だってさ、ないもの言ったって仕方ないじゃん。

 そう思っていた。


 村はジリ貧で、働けど働けどじっと手を見る状態。

 救いは、両親も弟も村に住む人たちみんなが普通に善良な人たちだったこと。


 ギスギスしないのは、一番若い世帯である両親がいつもみんなの様子を見て回っているからかもしれない。

 でも、お返しに山菜の知識や木材の加工技術、獣狩の罠なんかを教えてくれるし、最終的に生き残るであろう俺と弟の心配もしてくれる。


 転生したところで、山や農作業に役立つ知識のない俺は無双できるはずもなく、このまま村から一歩も出ずに死ぬのかとたそがれていた。


 豊かな生活を知っているだけに、今の生活が辛く感じてしまうのもしんどい。


 せめて一回くらい村の外の世界を見たかったのと、今より楽に畑仕事が出来る最新農具を手に入れたくて、出稼ぎに行くことにした。


 まだ弟が小さいから、俺だけ村向こうにあるみやこへ働きに行きたいと両親を説得。

 都までの道中、雑用を引き受けるのを対価に、都に戻る親切な商隊の馬車に相乗りさせてもらうことになった。


 雑用ついでに商品の知識を教えてもらったり、今まで通ってきた国や地域の話を聞けたりするのが面白い。


 商隊の皆と仲良くなれたころ、獣たちが現れた。


「お前の出番だ」

「恨むなよ」

「え?」


 俺だけを残した状態で、馬車はスピードを上げて走り去っていった。

 獣たちの足止めに使われた――!

 気づいたときには、獣たちに囲まれていた。


 熱くて臭い息を感じ、恐怖で足がガクガクして立っていられず、地面にへたりこんだ。

 鋭い咆哮に、「喰い散らかされるっ」と無意識に身を縮めて目を閉じる。


 その瞬間――。


 たくさんの子犬のような高い鳴き声と、重たい荷物がいくつも倒れたような音がした。

 おそるおそる目を開くと、獣たちが一匹残らずその場に横たわってのびていた。


「え? 助かった? なんで?」


 よくよく見てみると、地面にさっきまでなかった木の実がいくつも落ちている。


 見上げると、あちこちに同じ実がなっていた。


「木の実がたまたま落ちて獣に当たったから助かった、のか? やべ、これ、俺も当たったらシャレになんねーヤツじゃん」


 とにかく今は早く安全な場所まで行かないと。

 村にいたときも、さっきみたいに偶然助かったことが何回もあったから、今回も特に深く考えなかった。


「村育ちなめんなよ! 俺はなんとしても都で稼いで村に仕送りするんだからな!」


 薄情な商隊に毒づきながら、立ち上がって土を払うと、歩き出した。

 

 この時は知らなかったけど、俺は命の危険におちいると、なぜか助かるスキル【危機一髪】の所持者だった。


 なんかラッキーだなと思っていたら、そんなスキル持ちだったとは。てか、この世界にスキルが存在していたことにびっくりだわ。


 魔法はないし、ステータスとかも見えないから、存在しないと思い込んでた。


 なんとか都にたどりつき、働きたいと伝えたら、職探しならスキルがあれば有利だと聞き、初めてスキルと呼ばれる特殊能力の存在を知った。


 どこでスキルがわかるのかたずねれば、教会で見極めてくれるという。

 少しでもいい職につきたくて、さっそく教会で調べてもらうと、教会にちょうどいいスキルだから、ここで今すぐ働いてほしいと言われた。


 仕事内容は、教会の偉い人とご飯を食べること。


 え? コレ、仕事なのか?


 具体的なスキルの名前も内容も教えてもらえなかったけど、すぐに現金をもらえたし、住む場所まで融通してくれたから、そのまま教会で働くことにした。


 たまに俺の皿やグラスがいきなり割れたり、運ばれてくる途中でこぼれたり落ちたりする謎現象が起きる。

 空気はピリつくが、俺が責められることはないのが救いだ。


 でも、いつか弁償しろって言われるんじゃないかとヒヤヒヤしていたら、都主と食事したあと、雇い主が都主に変わった。


 やっぱり仕事は、都主とご飯を食べること。


 相変わらず、俺が食べようとした食器が割れる。

 明らかに高そうな食器だから怖くなって、弁償が必要かたずねたら、まったく問題ないらしい。


 他にも、馬車に乗って移動中に崖崩れに遭遇したり、橋が落ちたり、川に流されたり、盗賊に襲われたり、ボヤ騒ぎが起きたりしたけど、全然かまわないという都主はさすがの太っ腹だ。


 その頃には、両親と弟がいる村の全戸に俺の稼ぎで購入した最新農具が配備され、村の生活はずいぶんと楽になったらしい。

 村の人気はうなぎのぼり。入村希望者で賑わうほどになっていると手紙で知った。


 最初の目的は果たせたし、そろそろ村に帰りたい。

 弟はきっとずいぶんと育っただろうし、手紙によると、妹も産まれたらしいし。


 都主に家族のいる村に帰りたいと伝えると、逆に家族をこっちに呼び寄せたらどうか、と返された。


 両親と弟に手紙でどうしたいか確認すると、今まで通り村で過ごしたいという。

 みんないい人で居心地いいもんな。

 生活も楽になった今は、きっとのどかな村になっているのだろう。


 久しぶりに里帰りしたいと申し出ると、都主も視察したいと言い出し、都主一行と村へと向かう途中、曲者に襲われている馬車に遭遇した。


 都主の護衛たちは都主を守るため動けない。


 村から出てすぐ、獣たちに囲まれて身動きできなかった経験から、俺は投擲できるバクダンを持ち歩くようにしていたので、曲者に向かって即投げた。


 ぶっちゃけどっちが正しいかはわからなかったけど、多勢に無勢だったからつい、無勢側の襲われてる馬車に肩入れしてしまったのだ。


 まぁ、いわゆる唐辛子バクダンだから、命も奪わないし、壊したり火事を起こしたりもしない。


 護衛たちが曲者たちを縛り上げて無力化してから、馬車の扉を開けると、キラキラしい美中年が出てきた。


「陛下!?」


 お忍び中の王様は、助けてもらったお礼にと都主を食事に誘った。必然的に俺も一緒に食べることになり、俺の雇い主は王様になった。


 王様から頼まれた仕事は、一緒に食事をするだけじゃなくて、将軍と国境に出かけることだった。


 ヤバかった戦場が、ピタ◯ラスイッチのように偶然が重なってひっくり返るのを何度も目の当たりにし、「この将軍スゲェな」と思っていたら、より危険な戦地への同行を強制させられるようになっていった。


 どう考えてもこちらが不利な戦場へと連れて行かれ、そのたびに奇跡のピタゴ◯スイッチが発動して、勝利をつかむ。


 将軍は連戦連勝し、国はどんどん大きくなっていくのに比例して、俺の自由はなくなっていった。

 

「みんなはどうしているんだろう?」


 結局、村に里帰りできないままだし、最近は家族と手紙のやり取りさえできていない。

 申請しても、「もうしばらく待て」「落ち着いてから」とはぐらかされるばかり。


 いくら高待遇とはいえ、戦地にいれば精神もすさんでくる。


「もう村に帰りたい」


 数日後、世界的に流行病が横行し、自軍は壊滅状態、他国も戦争どころではなくなっていた。


 将軍も王様も都主も教会関係者も商隊も、俺がお世話になってきた人たちはみな流行病で亡くなってしまったそうだ。


 不謹慎だが今しかない。

 王都がてんやわんやしている隙にまぎれて、俺はひとり、村へと帰ることにした。


 すっかり整えられた街道を、定期便だという乗合馬車に揺られて村へと向かう。


 村は山の向こうにあるからか、流行病の影響はなかったようで、前世で見た写真の中のような、豊かな農村風景が広がっていた。


 あちこちに新しい家が建ち、立派な畑が広がっているので、もはや自分の家がどこにあるのかわからない。


 村に出来ていた教会でたずねようと、中に入った。


「おや、珍しい。あなたはスキル所持者ですね」

「あんたわかるのか? そういや、いったい俺のスキルはなんなんだ? ご飯が美味しくなるとかなんだろうけど、それにしては、やたら食器が割れるんだが」


 教会には他に誰もいないのに、近くに来てから小声で教えてくれた。


「【危機一髪】です。食器が割れるなら、おそらく毒など、命に関わる料理を排除するためだったのでしょう。命の危険な状態におちいっても助かるスキルですから」


 そうだったのか!

 ようやく今までのことに合点がいった。

 てか、みんなどんだけ命を狙われてたんだよ!

 将軍も俺を利用していただけだったのか。スゴいと思ってたのに。

 

「この村にいれば安全に過ごせると思いますよ」

「そうだな。ありがとう。俺もそう思う。できればスキルのことは誰にも言わないでくれ」

「もちろんです」


 この村を大事に思っているのが、お互い言わなくても伝わっていた。


 本来の目的だった家の場所も聞き、俺は5年ぶりに帰宅できた。

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スキル【危機一髪】 高山小石 @takayama_koishi

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