第9話 公爵令息の求婚
「な、何が起こっているんだ……」
ジリアンが呆然としてつぶやく。
「ジル」
ジリアンが振り返ると、ウィリアムが床にひざまづいた。
礼装姿の貴族令息が、騎士姿のジリアンにひざまづく絵になってしまったため、2人の背後を偶然通りかかったメイド達のきゃー! という黄色い声が周囲に響いた。
「ジリアン嬢、いや、ジル、結婚してください」
ピシッと硬直しているジリアンの手をさっと取ると、ウィリアムは指先に口付ける。
その瞬間に、再びメイド達のきゃー! という声が響いた。
(プロポーズですわ……!)
(ま、まあ……殿方お2人ですわよね?)
(まあ、あなたは何を仰っていますの? あの方はかの有名な男装騎士のジリアン様ですわ)
(うう……お2人とも、なんとお美しい……)
さすがに、かなり声を抑えたひそひそ声で話し合いながら、メイド達はその場を離れようとしない。
ジリアンは許容量を超えたかのように、元々大きい目をさらに見開いて固まったままだった。
「……説明をしてくれないか、ウィル」
「すまなかった」
「なぜそこで謝る!?」
キレ味のある、整った容貌のウィリアムが、無表情に礼装姿でひざまづいていても、どうにも胡散臭くしか見えないジリアンだった。
ウィリアムもそれがわかっているのか、うーむ、と一言唸ってからあっさりと立ち上がった。
「アネットには、成人するまで婚約者でいてくれと頼まれていた」
「え」
「自分の意志で、夫を選べる時まで。いわば虫除けだな。そうすれば他の男どもは近寄ってこないから、と」
「ええ!?」
「アネットはずっと、ジークフリートにどう告白するか、考え続けていたんだ。明日の結婚式には、あいつも来る。そこで今日、婚約破棄して、」
「ジークが求婚すると?」
「ジークに求婚する、かな」
「……」
「そういう計画だと説明された」
ようやくジリアンは話が見えてきた気がした。
日々、姉妹のように接していて、同じ女性同士でもあるのに、アネットはどうして何も言ってくれなかったのか。
ジリアンの頭が痛くなってきた。
つまりは、アネットは元々婚約破棄を計画していて、ジークのことが大好きで、ウィルはただの……。
ジリアンの心がつきん、と痛んだ。
「それで、ウィル、お前はいいのか? その、アネット殿下のことを……」
ジリアンは目が泳ぎつつも、これだけは聞いておかねば、という覚悟を決めて、ウィリアムをチラチラと見つめている。
「12歳で婚約して、18歳まで、6年も婚約者として一緒にいたのだぞ……? そんな簡単に気持ちは切り替わらないだろう? む、無理をして私なぞに申し込まなくても、婚約破棄も元々ウィルに非はないのだ。ウィルの評判に傷は付かないし、いつか結婚だって、きっとできる! ウィルなら、たとえ婚約破棄された過去があろうと、たくさんのご令嬢が、うっ……! その……」
ジリアンはしょぼんと肩を落とした。
自分で言っていて、悲しくなってしまったのだ。
自分のことが悲しい。
同時に、今後のウィリアムの境遇を想像するだけで、こんなにも悲しくなってしまう。
やはり、聞かない方がいいかもしれない。
むしろ、何も聞かずに、これ幸いとウィリアムの申し出を受けてしまえば、もしかして、ウィリアムは自分と結婚してくれるかもしれない……!
そこまで考えて、ジリアンは固まった。
え、ちょっと待て。
それって、どういう意味だ。
ウィリアムが自分と、け、結婚してくれる……?
それは自分の妄想ではないか!?
「いや、だめだ。そんな卑怯な真似をするなんて!」
思わず回廊を駆け出そうとするジリアンの腕をまたはしっと掴むと、ウィリアムは言った。
「ジル、私の話を聞いているのか? また何か1人で妄想しているだろう!?」
「聞いてる聞いてる、聞いてるぞウィリアム・ディーン!」
ジリアンの様子に、ウィリアムが「これはダメだ」と天を仰ぎそうになった時だった。
ジリアンとウィリアムの間に、ぼんっ、と大きなバラの花束が割り込んだ。
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