【創作フェス】たべっ娘が~るず【危機一髪】
あんどこいぢ
【創作フェス】たべっ娘が~るず【危機一髪】
歴戦の戦士二人の視野と動きとを同時に奪ったその石礫のドシャ降りも、ようやく収まったようだ。
人間の戦士、すなわちこの一党の勇者役の彼は、両眼を庇っていた腕を僅かにさげると、土埃に注意しつつ薄目を開け、先行していたもう一人の戦士に安否を訊ねた。と同時に、当該戦士のインフラビジョンを当てにし、状況確認に入る。
「女の子たちはどうだ? 前は観えるか? 声だけでも聴こえないか? 俺あ松明を落としちまったよ。石礫の下に埋めちまった。油断しちまったなあ、まったく──」
前をいくのはドワーフの戦士だった。渋いバリトンが返ってくる。
「いや、何も観えんのう。道は完全に埋まっちまった。向こうの物音は何一つ聴こえんし、こいつを掘って先へ進むってのも、チト無理なようじゃ」
万事休すだ。
「危機一髪だったが……」
「一難去ってまた一難じゃな」
「二人がこの先で待っていてくれればいいんだが……」
「無理じゃな。あの娘にしては珍しく逸っておったからの。それにこの山は動かせんよ。分かれ目まで引き返してべつの道を探すしかないの」
ダンジョンのなかだった。
なんでも古代エリン族の女王の墓なのだそうだ。しかし有史以来その女王の遺骸を観た者はいないし、豪華な副葬品を観た者もいない。のちに住みついたゴブリンやコボルトたちもあらかた退治されてしまったようで、近年は冒険者を目指す各教団の神学生たちのトライアルの場になっていたのだ。ところが……。
ここ数週間、そうした神学生たちのグループが幾つか還らないという事態が相次いだ。さらにその調査に向かったベテランの親方たちのグループも二組、連続して還ってこなかった。
街の義人会館に緊張が走った。
義人会館というのは各地にある冒険者たちのギルドの拠点で、旅館、食堂、そして重層的意味で会議場を兼ねていた。
そもそも冒険者というのは農民でも職人でもなく、また騎士でも僧侶でもない。無論各教団系の冒険者たちはいたが、彼女たち彼たちは自身の教会をまだ持っていない神学生たちなのだった。邦籍をなくした者たちも多く、要するに流れ者たちである。それらが義人と称するのだから、普通の市民たちのなかには眉を顰める者たちも多かったのだが、とはいえ……。
盗賊、妖魔の討伐──。ダンジョンの探索、封鎖、破壊──。振興の町の自警団の補充要員──。戦時の傭兵などなど──。彼女たち彼たちにもそれなりの社会的役割りがあった。
本物語の主人公たち一党は、ここより振興の町の会館で活動していた者たちだった。久々にこの街までさがってきて、おっ、ここの会館にも窓ガラスが入ったな、などといって喜んでいたのだが、いざ会館のホールに入るとそこの空気がどんより澱んでいる。
奥の受けつけに駆け寄ってまず状況を確認したのが、同グループの魔法使いだった。
フードを跳ねあげるとボサボサ髪からパッと旅塵が散り、受けつけ嬢二人がプイッと顔を背けた。
『もっ、もおうっ……』
『アモスンさんったらあ……』
たとえ凛とした女神官戦士であれ、はたまたエルフの精霊使いであれ、旅から還った冒険者などどれも似たり寄ったりなのだが、彼女たちが嫌うのは実際の不潔さではなく不潔な〝感じ〟なのだ。左手のひっつめ髪の女など鼻の前で手をパタパタしている。また彼には若干軽く観られるところがあるのだが、とはいえ、彼のそうしたナメられ体質はこうした場面での情報収集には逆に打ってつけだ。そして彼も三十路を越え、ようやくそれを利用してやろうという境地に達していたのだった。
『いやいや、ホント済まんね。ところで一体、何があったの?』
いい澱む同僚に比し、最近は所属違いといっていいこの一党の魔法使いにさっさと同館の危機を打ち明けてしまったのは、ひっつめ髪の受けつけ嬢のほうだ。
『そっ、それが……』
『ちょうど二週間前地母神様の学生グループが風切り山のダンジョンで消息を絶ちました。その三日前にもどうやら無断でそこに入ったらしい至高神様のグループが消息不明になっているのですが、そちらのほうは照会してもなんら返答がなく、いま地母神様の聖騎士団がこちらに向かっています』
そのときだった──。同党の一人、女神官戦士ベラミスがちょっと険のある声を発したのは……。物語冒頭でドワーフ戦士が〝珍しく逸っていた〟と表現した一連の行動の始まりだった。いつの間にか彼女は魔法使いの背後に立っていて、その位置から彼の肩越しに詰問したのだ。
『なんですってッ? 我が騎士団はまだこちらへ向かっていないというのですかッ?』
彼女もすでにフードを跳ねあげていたのだが、その金髪が若干紅く光っているように観え、魔法使いの旅塵まみれのボサボサ髪とは絶妙な対位法を演出していた。
とまれ、その魔法使いの介入からして多少横紙破りなものだったのだ。それを取り繕うといったわけでもなかったのだろうが、振り返った彼がやや早口に私見を述べた。
『学生たちが無断で動いていたとなると、教団側としてもいろいろあるのでしょう』
凛とした女戦士の容貌のうちそれらだけなぜか妙に女っぽい部分、頬と唇に、彼女の感情が微かに現われる。すなわち、頬に朱が注し、唇がプクッと膨れる。しかし一瞬ののちいい放った言葉は、やはり冒険者だといった体のものだった。
『では我が教団は自分の尻を自分で拭くことさえできないというのかッ』
一党に、微妙なズレが生じ始めた……。
彼らがこの街までさがってきたのは半ば骨休めを兼ねてのことだったのだが、そこでの宴会もなく、安眠もなく、女神官戦士の視線の指示でホール片隅のテーブルに腰を据えることになった。テーブルでの議論は、本来頭領役であるはずの勇者でさえ気押されている感じの展開になった。
『ダンジョンの奥に逃げるしかなくて、それでもそこで陣を張っていれば、ひょっとしてまだ生存しているかもしれない』
『さっ、三週間近くだろ? そっ、それはないよ……。残念ながら……』
『騎士団の到着を持っていては、それこそ学生たちの生存率はさがっていくばかりでしょう。地母神の騎士団だって、この件に関してはどうも後手にまわっているとしか感じられない』
『だっ、だがベテランのグループだって二組還っていないってんだから……』
実はその時点まで魔法使いは受けつけ嬢たちのところで引っかかっていたのだが、彼がようやくテーブルのほうにやってきて、彼女たちから聴きだした追加情報を報告した。
『未帰還になっているベテランたちっていうのは、ミゲルのグループとランドのグループだって……。ランドんとこの坊やが一人還ってきていて、彼の証言から察するに、相手はどうやら古代王国期に創られた魔法生物らしいっていうんだ。やはりもう、我々冒険者のフィールドじゃないよ。騎士団、あるいは国レベルの正規軍のフィールドだよ』
勇者、ドワーフ、戦士二人が搾りだした。
『ミッ、ミゲルがッ……』
『あのランドが還らぬというのかッ……』
と、その横で女戦士の明らかに怒気を含んだ声があがった。しどろもどろに応じるのは魔法使いである。
『何ッ? 禁忌に触れたのは我が教団の学生たちだというのかッ!』
『いや何も、非難していってるわけじゃないよ。こういった魔物の封印が解かれるのは、得てしてそういった経緯だろうなって……』
──と、戦士二人はそれぞれの意識を、回想から眼前の現実へと引き戻した。二本目の松明にようやく火が点いたのだ。しかし、この態勢では勇者は盾を使うことができない。不利は否めなかった。
今度は先に立って歩きだした勇者が、一人ごちるようにいった。ドワーフのほうが律儀に応じたのは、それが冒険者の資質の一部だからだ。コミュニケーション能力は欠かせない。
「我が魔法使い殿の選択が正しかったのかもしれないな……」
「まあな……。決して損を取れない男じゃないんだが……」
「精霊使い殿の参加は意外だったな……」
「魔法生物は自然に反する存在じゃからな。エルフの自然がその選択を強いたんじゃろう」
すぐに発つという女神官戦士を宥め、やはり一晩、ぐっすり眠ることにした。翌朝このホールに集合という話にしたのだ。
だが、魔法使いは遂にその場に姿を現わさなかった。
開館前なのになぜかれいの受けつけ嬢がいて、斜めに射す陽の光を浴び、ホールなかほどをじっと見詰めていた。
女神官戦士ベラミスは彼女の正面に凛とした姿勢で立ち、いった。
『とめても無駄よ』
『とめはしません』
『そう? うちの魔法使いにはいろいろいってくれたようだけど──』
『それは私の意見ではありません。ただいまこちらに向かっている地母神様聖騎士団総長様からの御指示なのです。軽挙は慎むようにと──』
『軽挙? あなたも至高神様の信徒なのではなくて?』
『はい。ですが、それとこれとは話が違います。至高神様も地母神様の信徒たちと競走しろとは仰っていないはずですよ』
戦士二人が回想したのは果たして同じ場面だったか? とはいえ、取り敢えず会話は成立していた。今度はドワーフのほうが話を振ったのだが……。
「あの二人、何か張り合っている感じじゃったが……」
「ハハハッ、やっぱドワーフにゃ判らないか? いや、このいい方はちょっとアンフェアだな……。当事者たちが一番何も解っちゃいないんだから……」
そうこうするうち、二人は三叉路にいき当たった。再度ドワーフが話を振る。
「これからまた危機一髪じゃ。逃げても恥にゃあならんと思うが?」
「さてそうなると、あの子たち二人が危機一髪──」
ところが……。
残念なことに彼女たち二人は、すでに危機一髪の向こう側にいたのだった。
ダンジョン奥の、しかし最深部とはいえないホール状の一室だった。石畳などは当代の石工たちの手が入っているようすなのだが、ゲル状の何かが床一面を覆っていて、それを確認することはできない。そのゲル状の何かは基本的に灰色なのだが、ところどころ赤茶色や焦げ茶色の部分があり、そこがモッコリ盛りあがっていて、さらにモヤモヤと有毒と思われるガスがあがっていた。
エルフの姿はもはやなかった。
彼女の名はマランドルンといい古エルフほどではないにしろ、二百年近く生きたはずだった。だがその生涯も遂に終わったのだ。
彼女を呑み込んだ怪物の姿を、一体どう表現すればいいのだろう……。巨大なゴカイ? イソギンチャク? もっとも女神官戦士には、海の生物たちの知識はなかった。
彼女たちがこの部屋に足を踏みいれたとき、床一面に広がるゲル状の物質はなかった。ただ赤茶色や焦げ茶色の小山がそこここにあり、そのシルエットが干し草の山のように見えた。ただし、ニオイが強烈だった。一部のイモムシがときおり発するあのツンと酸っぱい刺激臭が充満していた。
そして奥から奴が現われたのだ。
二手に分かれ、左右から攻撃した。女神官戦士の剣もエルフの矢も、次々ヒットした。案外余裕だと思われた。と、足元がなんとも踏ん張り難い。最初流れでた怪物の体液のためかと思われたのだが、ネバネバした物質が先の茶色い小山のしたから、あるいは石畳の目地からも、ジクジク染みでてくる。これは不利と観て取った二人は、目配せを交わし、部屋をでようとジリジリ後退を始めた。その段階での不安はまだ、怪物がちゃんとついてきてくれるかどうか? といったようなものだったのだが……。
女戦士が転倒するに及んで、多少の焦りが彼女たち二人のあいだに生じた。跳ねたネバネバに頬を焼かれたのだ。
『気をつけて! ドルン! こいつは腐食液よッ!』
──でもまだまだ! まだまだ余裕がある!
ところが無情にも……。
このゲル状の物質にはスライムが仮足を形成するような能力があるのか? あるいはそれは、この物質の水面下をジワジワ這い寄ってきた怪物本体とつながった器官なのか? いずれにせよ二人の脚は、ゲル状物質のしたを這いまわる無数の触手によって絡め取られてしまっていたのだ。
女戦士はペッタン座りの姿勢である。
染み込んだゲル状物質が脚を焼くので尻をあげたりもするのだが、もうすでに立つことはできない。やがて延焼は彼女のもっとも大切な部分に及び、いよいよ最期を覚った彼女は……。
と、ゲル状物質が一瞬引いた。そこに丸い穴ができた。やはりこの物質自体生きているのだろう。
そういえば怪物本体も一度だけエルフを吐きだしたのだった。そのとき彼女も……。
とはいえそれは一瞬のことだった。一瞬のことだった。
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