衣装箪笥亭の果たす使命

 ……とある街にある依頼斡旋所兼喫茶店、「間口の衣装箪笥亭」。

 普段はこの街にいる冒険者や放浪者がたむろしているのだが……今日は、誰も来ていない。

 マスターのアスランを補佐する妖精たち以外に従業員と呼べる者はいない。それがアスランの方針であり、ここの常連はそれを承知の上で尋ねてくる。

 ゆったりとした時間が流れる中、唐突に窓からコツコツという音が鳴る。

「ん……あぁ、きみでしたか。どうぞ」

 その声に応じたか否かは分からないが、窓にいたそれ――白文鳥は、出入り口たる扉の前で、アスランが開けるのを待っていた。

 ホッピングしながら扉をくぐると、従業員の妖精たちは姿を消していた。

『ちゃんといつも通りの対応は染みついているようでなによりです』

「もちろん、わたしの妖精たちには言いつけていますから」

 白文鳥は、不可思議な人語を話す。アスランはそれが当然かのように会話を行う。

「とりあえず、現状進行中・完了したものについて報告しましょう。【超常異聞存在】は3体発生しいずれも討伐・撃退済。《破滅》、《喪戟》の再発生は現状見られず、《冷氷》は魔域内で消滅を推測。同位体である彼女は『弓の加護』を継承しました」

 知らぬ言葉を混ぜつつ、アスランは白文鳥に告げる。

『……継承それは、本当に害がないと言えるのですか? ただでさえ彼女にはこの世界の形で災厄となる可能性はあるというのに』

 眉を顰める表情(?)で、白文鳥はアスランに尋ねる。

「わたしは彼女が試練を乗り越えると信じている。《戦鬼》になる危険があった彼が、自分の力で乗り越え、災厄を消したように」

『それは楽観的ですよ、アスランさま。彼女と彼は、過去も違えば性格も違う。たとえこの世界線で彼が《戦鬼の災厄》となる未来が消えても、彼女が《冷氷の災厄》へ転化する可能性自体は今も消えていない。《狂信》にも、《悪女》にも対処ができていない現状で、外来の災厄を3つ程度消しただけでは、無意味も同然です。それなのに外来の災厄が持つ能力を模倣などさせて、災厄以上の何かが生まれてしまったら……」

 厳しくアスランへ言葉をぶつける白文鳥。一旦言葉を区切り、ため息のような言葉を吐く。

『いいですか。もうすぐこの世界に魔域が現れる。そして、それは災厄に準じる危険性を持った者たちと《魔報の災厄》が、蛮族の都となった鏡写しの世界を闊歩している。一度この魔域の世界が現実世界へ流出すれば、災厄を止める試みもすべて無意味になる。そうでなくても災厄はいつでもこの世界に顕現する余地がある。魔域と災厄の種、どちらも同時に対処しなければならないなか、災厄を加速させる愚行は止めるのが貴方の使命であり、この斡旋所が作られた理由なのですよ。それに、《魔報の災厄》と化してしまった彼女を救いたい、そう願ったのは貴方ではありませんか――博妖の魔剣帝、アスラン』

 そこで初めて、アスランの顔から微笑みが消え、真剣な顔に変わる。

「わたしは確かにそう願ったね。アインドロシー……あの子を救えなかったことは今でも悔いている。そして、きみから災厄の話とそれになりうる存在がいると聞いて、ここを立ち上げ、呼び寄せることで災厄の種となるあの子たちを保護し、災厄になり果てる可能性が消えるまで見守る。ここまではきみと約束した通りだ」

 白文鳥はそれに頷き、その続きを促す。

「しかし、この世界は厳しい。一つの間違いだけで災厄が発現しないとも言い切れない。それなのに見守ることしかできず、しかもいざ災厄が発現すれば蘇生できないようにして殺せと。それはあの子たちにとって酷だ」

 白文鳥は、変わらぬ目で見つめ続ける。

「災厄になってしまうあの子たちとて、自ら進んで災厄になりたがっているわけではない。ましてやのは、屈辱にも程がある。外部から来た災厄の子たちも、そうではなかったんだろう?」

『……そうですね』

「討伐した《破滅》、《喪戟》はどうしようもなかったけれど、並行世界出身の《冷氷》は自分から降参し、ラクシアの同位体たる彼女に伝言をしたんだ。『自分が掴んでいる幸せを離すな』と」

 白文鳥の目に、初めて驚きの色が浮かぶ。

「きみの言う通り災厄が負の感情しか持たないならば、こうはならないはずだね。それに彼女が自らその顛末を聞いて言いだしたんだ。弓使いの自分の意思を継ぎたいって」

『そん、な』

「災厄が消える条件は今でも分からない。ならばできる限りやれることを、わたしはやってあげたい。世界に絶望しかねないことでもない限り、だけどね」

 その言葉を咀嚼し、しばし白文鳥は考え込む。

「理解してくれたかな、シロハさん」

『うん、なんとか。そういうことなら、これ以上は問い詰めません』

「助かる」

 アスランの表情は、いつもの微笑みへと戻っている。

 白文鳥――シロハは、さえずりのような声を出し、本を空中から呼び出す。

『ラクシアの残る災厄の種31体の監視、外来の災厄たる【超常異聞存在】への対処に《魔報の災厄》が支配する魔域『蛮都』攻略……まだまだ気は抜けませんが、よろしくお願いしますね』

「もちろん。抜かりなくのつもりだ」

 アスランは扉を再び開け、シロハが飛び去るのを見送った。

『……あすらんさま、もうだいじょーぶだっけ?』

 妖精の声が響く。

「あぁ、もうあの人は出ていったよ」

『わーい』

 それまで姿を消していた妖精たちが、姿を現して活気に満ち溢れる。

「……どうか、これからも安穏とした日々が続いてくれればいいんだがね……そしてアインドロシーも救えるのならば救いたい」

 彼の望みは、届くか否か。

 それは、誰にも分からない。

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災厄

メタ的には、PCの敵対化現象を指す。

ラクシア内においては、ラクシアの世界法則や倫理に絶望した者が、「自分が一番なりたくなかった姿・嫌っているものを好む姿」へと変貌し、世界を浸食することを意味する。ただしラクシアの外から魔域の中へ出現するものも一部該当するらしい。間口の衣装箪笥亭およびそのマスターであるアスランは、この災厄へと至りかねないPCを密かに保護し、居場所を提供することと引き換えに監視を行っている。また、このことは余計な混乱を招きかねないため、現状アスランとその協力者である謎の存在・シロハのみ知ることとしている。

超常異聞存在

ラクシア内の魔域へ放り込まれてしまった、ラクシア外の存在。大抵一般人を軽く超える強力な力を有し、災厄へと変貌している。彼らをラクシアに連れ出す方法は現状存在していないものの、放置するとラクシアへ進出する可能性を否定できないため、外の冒険者・放浪者を呼び込んで対処させている。メタ的には他のシステムにいるPCのこと。

作中言及された災厄

超常異聞存在:《破滅》《喪戟》《冷氷》

街の外に存在:《魔報》

街の中に存在:《狂信》《悪女》《冷氷》(ソドワとダブクロで同一人物のPC)

作中で言及されていない災厄(更新されるかも)

超常異聞存在:《炎熱》《鏖殺》

街の外から来るもの:《磔罰》《殲滅》《殺戮》

街の中にいるもの:《叛蹴》《無明》《忌毒》《銃死》《折擲》《啜牙》《輝沌》

発現しなくなった災厄

《戦鬼》

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ソドワうちの子関連SSまとめ 如月冬花 @whitejavasparrow

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