髪とかそういう問題じゃない

虫十無

一髪

 危機一髪というのは髪一本くらいの隙間で回避するという意味であって髪一本持っていかれるくらいで済むという意味ではなかったはずだ。それなのにどうして。

 始めは幻覚だと思っていた。髪一本がふわふわと飛んでいくのは気にしていても見えるかどうかくらいのものだろう。自分の髪だろうが他人の髪だろうがそこは変わらないだろう。それなのにその髪が飛んでいくのをよく見るようになった。だからそれは現実ではないだろうと。

 けれどそれが、俺が危機一髪だと言ったり思ったりした直後だと気づいたのは髪一本が飛んでいくのをよく見るようになってから数日後のことだった。それに気づいて試しに危機一髪だと考えて見るとまた髪が飛んでいくのが見える。気づいてからよくよく観察すると心なしかお辞儀でもしてから飛んでいくように見える。このまま行くと数か月後には髪がなくなってしまうという恐怖にとらわれた。


 という話を友人から聞かされて一番気になるのは危機一髪だと思うことってそんなにあるのか、ということだった。

「お前の人生そんなに危機一髪が多いのか?」

「いやあ、昨日も朝は首がないのに追いかけられたけど路地をめちゃくちゃに走ってどうにか撒いたし昼は頭がさかさまについてて腕のないやつに追いかけられたのを神社に入ることでどうにか逃げたし夜は下半身のないやつに追いかけられたけど電車に乗ったら撒けたみたいだし」

「……なんて?」

「やっぱりそういうわけのわかんないやつに追いかけられると怖いじゃん?」

「いやそうじゃなくて、えっお前そんなのが日常なのか?」

「それはそうだけど……なんでだろうな、他の人をそういうのが追いかけてるのって見たことないんだよな。俺好かれるような何かあるのかなあ」

「いやお前……お前それお祓いとか行けよ。何俺に相談してるんだよ。そんな暇あったら本当に本職の人探してどうにかしてもらえよ」

「お祓い……?」

「まさかその追いかけてくるやつらが生きてるとか思ってるわけじゃないだろうな。俺はそんなの見たことないし本当に役に立てることなんてないからな」

「いや生きてると思ってたわけじゃないけど……えっ見たことないのか? 本当に? 俺昔からこうだからこんなもんだと思ってたしお祓いとか発想がなかった……」

「そうか……お祓いとか探して、いや、信頼できるそういうのってどうやって探せばいいんだ? 物語とかでは絶対信頼できるやつはいるけど現実にもいるのか……?」

「ごめんな、こんな相談して……あと真剣に考えてくれてありがとう」

「いやまあ俺とお前との仲だし……っていうか学生の頃もそうだったのか? それが普通だと思うくらい昔からってことは俺と出会うより前からこうだったってことだろ?」

「まあそうなんだけど誰かと喋ってると平気なんだよな……俺が一人のときに限って現れるんだ。一応家は平気なんだけど一歩でも出ると可能性があるくらい」

「何にも知らなかったわ……ん? 人と話してるときは平気で、家の中は大丈夫ってことは家まで誰かが送れば平気ってことだな。じゃあ今日は俺が家までついてくよ」

「は? いや悪いよ」

「大丈夫大丈夫、どうせ大した距離じゃねえし。じゃあとりあえずお祓いいろいろ調べてみようか」

 そうして友人の見る変なの退治とそれが成功するまでの俺の協力が始まったのだった。

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