ミステリーの一歩手前

幸音雑日

ミステリーの一歩手前には、一体何があるのだろうか?

ある種のミステリー小説では、殺人事件が起こり、そこで探偵が現れる。また別の、「日常の謎」と呼ばれるミステリー小説では、日常の些細なところから謎を導き、それを探偵が鮮やかに解く。

その中でも特に好きな瞬間がある。探偵が、助手役の些細な点から、その少し前の描写を明らかにするときだ。

少し空いたカバンの中身から、その直前に電車の弱冷房車に乗っていたことを明らかにする。例えばこんな描写が好きだ。

なるほど、ミステリー小説の中の探偵は、日常の中から、小さな謎を見つけて、それを鮮やかに解いていく。

一件の大きな事故の前には、29件の小さな事故があり、多数のヒヤリハット事象があるという、あの法則のように。


対して、私たちの生活にはそんなものはない。ミステリー小説が好きでも、ミステリーのかけらもない生活を送っている。

きっと何かあるはずだ。そうに違いない。

だけどそれは巧妙に隠されている。そこで私は、ありふれた日常からミステリーの一歩手前を探すことにした。



探す、どうやって??

何十年も生きてきて、見つけられなかったものを、どうやって見つけるというのか?

そこで、一つ指針を設けることにした。

“とりあえず、単純な形であるべきと思い込む”

目の前に電車の線路が走っている。線路が少しカーブしている。なんでもない風景だ。そんな時に、こう思い込むことにする。

“線路は真っ直ぐ作ろうとしたはずだ”

単純な形に作ろうとした、だけど曲がっている。きっとそこには何かあるはずだ。何か隠されているはずだ。

こう思い込むと、確かにそこには謎があり、地図を見ると、確かにそれらしいものがある。

例えば、東海道新幹線が横浜から東京に入る時、線路が少しカーブしている。そこを地図で確認すると、東京都に入るときにカーブしていて、そこから在来線と線路が重なっている。なるほど、在来線の隣を走るために曲がっているのか、と納得できる。



この指針が立ってから、いつもの日常に少しだけ謎が見えてきた。

旅館に泊まった時。部屋の角にある机に案内して、懐石料理を食べているとき、ふと顔を上げると、目の前の壁の上にエアコンがあった。そして少し左に向けると、側面の壁、少し離れたところに何も使われていないコンセントがあった。

単純な形なら、ざわざわコンセントをつけない。何もない壁に壁紙を綺麗に貼った方が良い。でもここにある。なぜ?


住んでいるアパートの廊下。

どの廊下も上に蛍光灯がついているのに、とある廊下だけ側面の壁に蛍光灯がついている。天井には火災報知器がついている。なんで天井に火災報知器がついているのに、蛍光灯はわざわざ側面の壁につけたか?一緒にした方が楽なのに。


私は、ミステリーの一歩手前、事件や謎になる前の違和感に少しずつ出会えるようになってきた。

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