10.15.報告!
馬を全力ですっ飛ばしてきたチャリーは、街の中に入っても尚下馬しなかった。
兵士には止められたが、話を聞いている暇すら惜しい。
忠告を無視してアオと刃天、ディバノがいるギルドまで走り抜けたところでようやく馬を降りた。
「すいません! 馬をお願いします!」
「……え? うわっと……! え、ええ……!?」
近くに居た冒険者に銀貨を投げ渡して馬を任せる。
碌な説明もされなかったので任された冒険者は困惑する一方だったが、チャリーは彼を無視してギルドの中に入っていった。
扉を勢いよく開け放ち、全力で駆けていくので多くの者たちから注目されてしまう。
しかしそんな事を気にしている余裕はなかった。
急いでディバノの仕事部屋に入ると、そこにはアオとディバノが落ち着いた様子で資料を眺めている。
隣には護衛としてガノフ騎士団長もいる様だ。
三人は慌てた様子で入って来たチャリーに視線を向ける。
「チャリー! お帰り!」
「早かったですね」
「ぜぇ……はぁ……! あの、ゲッホゴホ……! レノムさんが……」
「ああ、レノムが裏切者だったって話?」
「へっ!? なんでそれをッゴッホゲホゴホッ!」
「まずは息を整えて。はいお水」
アオから手渡された水筒を手に取り、それを一気にあおる。
大きな息をついて呼吸を整えたあと、今一度アオを見た。
「な、なんで知ってるんですか……?」
「衣笠さんが異変を見つけてくれたんだ。『鷹の目』で周囲を監視してたみたいなんだけど、メノ村の湖が一気に凍った瞬間を見たみたいで……。急いでロウガンさんを連れて走って行ったよ」
「はぁ~……。なんだぁ……」
チャリーは一気に脱力する。
衣笠が反応して動いてくれたのであれば、メノ村は大丈夫だろう。
それにロウガンも一緒に行ったのだからレノム相手に負けるはずがない。
とはいえ、味方だと思っていた人間が実は裏切者だったという事実は衝撃的だった。
最初から裏切者だった可能性が高いが……。
少しとはいえ再び共に過ごした時間はまやかしであったようだ。
「チャリーはどうしてレノムが裏切り者だって分かったの?」
「ベレッド領でメックとレックに出会いまして……」
「そうなの!?」
「はい。二人はレノムと戦ってはいないと言っていたし、その証人もいたのでレノムさんが嘘をついているということが分かりましてね……」
「そうだったんだ……」
レノムが嘘をついている以上、これから何をしでかすか分からない。
なので急いで戻ってきたのだが……。
解決してしまった様だ。
その事に改めてほっとしていると、ディバノが口を開く。
「でもメノ村の被害状況はまだ分かってないよ。だよねガノフ」
「ええ。明日にでも斥候が戻って来て状況を説明してくれると思います。しかし驚きましたなぁ……。獣人のロウガンでしたか。やはり彼ら働きは戦術を大きく変えます」
「数十分でメノ村に到着しそうな勢いで走っていったしね。まぁ、それに乗って移動する衣笠さんも凄かったけど……」
三人はあの時の光景を思い出しながら乾いた笑いを零した。
衣笠が起き上ったかと思えばロウガンを呼び出すし、ロウガンは地面を掘り起こすほどの蹴りを繰り出して突っ走っていくし……。
全くとんでもない者たちだ。
何はともあれ、被害が軽微であるということを今は祈るしかないらしい。
衣笠が向かったのであればある程度の被害が押さえてくれているだろう。
「……で、チャリー。他にも何かあるよね?」
「はい。ベレッド領での調査したところ、水を教会が独占しているとのことでした。最も被害に遭っているのはヴィンセン領で、そこの人間と協力関係を取りました」
「ほら刃天! 僕の言う通りだったでしょー!」
「……まぁそうだな」
何処からともなくぬっと出てきた刃天は、頭を掻きながら欠伸をしていた。
水売りという言葉は出てこなかったが、一部の人間が水を独占しているというのはアオの予想通りだったのだ。
さて、そうなってくると取れる手は多くなってくる。
刃天はチャリーに視線を向けた。
「ヴィンセンの人間について聞かせろ」
「彼らは水問題を解決するために動いていたらしく、その中でゼングラ領にも足を運んでいたようです。その時あの戦いに巻き込まれたらしく、メックとレックに出会ったとか」
「そんで?」
「ヴィンセン領は酷い水不足に陥っており、ベレッド領の許可を得て流れてくる水を使っているとの事です。完全に私物化しているみたいで、金銭を要求しているようです」
「では、どうする」
「ヴィンセン領の人間……名前をデルクとリタン。彼らはこう言いました」
チャリーはデルクから聞いた言葉をアオに向けて放つ。
「『誰でもいい。俺たちを助けてくれや』」
「行こう」
アオが立ち上がると、ディバノも立ち上がる。
もう少し確認しなければならない内容がある為、アオは幾らかの問いをチャリーに投げた。
「ヴィンセン領はどうするって?」
「領主に話を通しておくとの事です。ヴィンセン領領主は領民に自腹を切って教会に金銭を納品しているような人です。それとベレッド領領主は貴族と戦った経験があります。こちらの計画を説明すれば、確実に靡くかと」
「じゃあまずはヴィンセン領に向かえばいいかな?」
「領民の心は掴んでくれ、とのことでしたよ」
「なら大丈夫」
アオは刃天を見た。
確認するまでもない、と彼は鼻で笑い飛ばす。
「お前なら何とでもなるだろ」
「多分ね」
いつも通りで問題ない。
水不足が続いているのに何も対応してくれないダネイル王国より、新たに出現した蒼玉眼持ちのほうが信頼してくれるだろう。
メノ村の時と同様、救世主となればいい。
それだけでヴィンセン領はこちらに落ちる。
パンッ!
刃天が大きく手を叩く。
「ディバノ、水路を急げ。ガノフ、獣人を任せた。アオ、チャリー。行くぞ」
「うん」
「了解しました」
ディバノとガノフも刃天の指示に頷き、すぐに動き出す。
三人は馬を取りに行ってからそれに跨って即座に出発した。
アオはチャリーの前に座っており、刃天は一人で馬の手綱を操っている。
今回は早ければ早いほどいい。
あとはヴィンセン領が裏切らなければいいのだが……そうなる可能性は低いだろう。
デルクとリタンには信頼できる見張りがいる。
メックとレックが白だと分かった以上、彼らは仕事を全うしてくれるはずだ。
それに苦しめられ続けているヴィンセン領が、蒼玉眼を持った人物を跳ねのけるはずがない。
あるとすればベレッド領に居る教会の人間が介入してきた時だけだろう。
それに……地伝が破壊した地形がある。
もうそろそろ被害が出始めているはずだった。
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