10.13.察知


 青々とした新緑の芽が顔を出し、空気も気温も暖かくなってきた。

 風は少し冷たいが、それでも薄着で過ごせるような気候である。

 ようやく春が近づいてきたはずだったが、メノ村は氷の覆われていた。


 雪ではなく、氷だ。

 地面は真っ白になり吐く息すらも白くなっている。

 作り上げた家屋、切り出した丸太、製材された木材のことごとくが氷漬けになっており、少しでも触れば砕けて朽ちてしまいそうなほどだ。


 そして、最も重要な湖が完全に凍り付いていた。

 短い杖を持った女性が白い息を吐き出す。

 その吐息は落ち込むような、もうどうしようもないような、そんな儚さを感じさせた。


 風を切る音がする。

 目だけを動かして反応したレノムは杖を小さく振り、氷の柱を地面から生やして矢を防ぐ。

 意外と強い威力を持っていた様で、それは氷を貫通したが勢いを失って足元に落ちた。


 ふと周囲を見渡すと、この村に居る村民全員が武器を持っていた。

 包囲されてしまったようで四方八方から殺気が飛んでくる。

 また風を切る音がしたのでそちらに氷の壁を作って防ぐ。


「いやな役目だね……」

「レノム……! お前……裏切者だったのか……!」

「そうだよ」


 ピッと杖を振って氷を飛ばす。

 それを見事に叩き切ったラグムは大きく踏み込んで前に出た。

 その背後にはローエンとリッドもいるらしい。

 三人は騎士団から奪った鎧を身に付けており、武器も良いものとなっていた。


 接近されたらレノムでも勝てないだろう。

 だがこちらは氷魔法という範囲攻撃に特化した魔法を有している。

 この村を氷漬けにしてしまうなど造作もない事だったが……。

 さすがに湖を丸々凍らせるのには大量の魔力を消費した。

 今は矢を防ぐ程度の氷を生成するだけで精一杯だ。


 あとはどうやって時間を稼ぐかだが……その程度であれば何とでもなるだろう。

 なにせたかが村人だ。

 大した訓練もしたことがない相手など、戦わなくても結果が分かっているというもの。


(……と、言う認識は改めた方がいいね)


 村民の敵意は、既に殺意へと切り替わっていた。

 あれは人を殺したことのある者が持つ独特な視線だ。


「構え!!」


 周囲で村民が動く音が聞こえた。

 全員が弓を番えてこちらを狙っているらしい。


「放てぇ!!」


 一斉に掃射された十本の矢。

 レノムは氷の柱を作って全てを防いだ。

 だが視界のほとんどを氷が埋め尽くしたので、すぐに撤去しようとしたのだが……。

 その瞬間、氷が叩き切られた。


「!?」

「ローエン次頼む!」

「もうやっている!」


 反対側から声が聞こえたと思ったら、そちら側の氷も両断される。

 短い時間で二人が動き、挟み撃ちをしたようだ。

 しかし氷もそこそこ硬いはずだが……それを斬ることができる彼らの力量を見誤ったレノムは一気に劣勢状態になる。


 ここの村民を相手にするならば、全霊で向かわなければならなかったらしい。


「では、お前たちから始末してゆっくりとこの村を破壊しよう」

「シュシュイ!」

「「「了解!」」」


 レノムが杖を強く振る。

 その瞬間獣の鳴き声が聞こえたのだが、返事をする様に三人が声を出してその場を離脱した。

 三人がいた足元に氷の棘が生える。

 ほぼ不可避の攻撃だったはずだが、それを見事に回避した三人はそれらを全て叩き切った。


「撤収!」

「「応!」」

「放て!!」

「むっ!」


 ラグムの声に合わせて二人が動く。

 それをカバーするかのようにトールが声を張り上げて弓兵に指示を飛ばした。

 これに対処するためにレノムは再び氷を作り出す結果となった。


 持久戦。

 これが村民が考え出したレノムを倒す算段だ。

 絶対的な実力を持つ者はこの村に居ない。

 だがそれでも戦わなければならない時の事を考えて、ラグムが常にトールと相談しながら様々な戦術を考えていた。

 今しがた行っているのはそのうちの一つだ。


 こんなところで実践に持ち込むことになるとは思わなかったが、考案した作戦は見事に突き刺さりレノムを苦しめている。

 この作戦は魔力を消耗させることを目的としている。

 レノムの魔力が底を突くときまでは気を抜いてはならない。


 だが、レノムも黙ってやられているわけではない。

 これ以上やられっぱなしではいけない、と顔を上げてこの村に居るもう一人の子供を探し出す。

 水を維持する人間がいる限り、こちらが不利になり続けるのだ。


(トールの側にずっといたはず)


 先ほどの号令でトールの位置は把握している。

 氷の壁から飛び出して彼を探してみると、確かにコルトがそこに居た。

 あれさえ始末してしまえば……。


 残っている魔力の半分を使い、レノムは強く杖を振り抜いた。

 地面から連続して氷が飛び出して一直線にコルトへと向かっていく。

 狙いを己に集中させられなかった三人は声を上げたが、それでコルトが動けるはずがなかった。


 氷の壁が迫ってきている。

 トールはすぐにコルトを抱き寄せて庇った。


 バキィンッ……!

 直撃した瞬間、氷が花のように広がった。

 攻撃を阻止しようとした村民が弓を放ってきたが、それも丁寧に処理する。


「コルト!!」

「ぅぅああああん!!!!」

「……え?」


 ラグムが叫ぶが返事はない。

 その代わり、大きな鳴き声が聞こえてきた。


 氷の煙に包まれていたが、それは時間が経つにつれて掻き消えていく。

 トールはコルトを庇って背を向けていたが、いつまで経ってもやってこない衝撃に疑問を覚えて顔を上げた。


「痛ってぇ……!」

「ろ、ロウガンさん!? ど、どうして!?」

「衣笠の奴がぁ……ぜぇ……鷹の目でぇ、気付いたんだよぉ……! ぜぇー……ぜぇー……。んでぇ……俺が突っ走ってきたって……わけだ……!」


 グッと力を込めて氷をベギリと破壊する。

 獣から人間の姿になって氷の張りついている面積を減らして脱出した。

 だがこの一撃は彼にとって相当なダメージだったらしく、そのままどう……と倒れてしまう。


「ロウガンさん!」

「ぜぇー……。あとはぁ……あいつに任せろ」

「まさか……」


 氷の合間を縫って一人の男が滑るように近づいていく。

 敵の接近に気付いたレノムはすぐに杖を振るったが、それは簡単に斬り捌かれてしまい接近を許す結果となった。


 鋭い蹴りがレノムの腹部を襲う。

 突き出されるように繰り出された蹴りは体を若干浮かび上がらせ、そのまま吹き飛ぶ。

 足元が氷ということもあって長い距離を滑ってしまった。


「ぐぁ……くっ……!」

「弟子が育てた村をこわすたぁ……。ええ度胸しょうるやないけぇ」


 小太刀をクルクルと回転させて逆手に持った衣笠が歩いて来る。

 レノムの誤算が加速した。

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