8.7.誰だお前!!!!


 二手で決める、と言い切ったチャリーに対し隊長は少なからず苛立った。

 自分がその程度の人間であると品定めをされたかのように感じたからである。


 ギッ……と剣の柄を握って構えを取った。

 目を鋭くして睨みを利かせる。


「掛かってこい!!」

「では遠慮なく」


 軽く飛んだチャリーは着地した瞬間に一気に加速する。

 先ほどよりも速い動きではあったが、隊長はそれに対処できるほどの技量があると自負していた。

 確かに速いがそれだけだ。

 さっきと何も変わらない、と間合いに入って来るまでその場でじっと構えを取り続ける。


 残り三歩。

 小さく吸い込んだ息を肺の中に閉じ込める。

 くっと息を止め、集中力を切らさないように相手を睨み続ける。


 残り二歩。

 チャリーの剣が少し動いた。

 攻撃方向は下と右。

 下段から攻撃を繰り出してから、残っている剣で右側から攻撃するつもりだ。

 であれば下段から繰り出される攻撃を叩き落してやろう、と狙いを定める。


 残り一歩。

 案の定下段からの攻撃を仕掛けるため、強く足を踏み込んで膝を伸ばした。

 であればこちらは上からたたき落すのみ。


 ブンッ!!

 剣を思いっきり振り下ろしたが、そこにチャリーの姿はなかった。

 だがしかし。


「攻撃後を見計らう事など分かり切った事!」


 振り抜いた勢いを殺さないようにして剣を手首で回しながら背後を振り向く。

 勢いそのままに斬撃を繰り出した隊長だったが……振り向いてもそこには誰もいなかった。


「なに?」

「一手」


 スタッ……と着地する音が聞こえた途端、怪我をしている腕を触られた。

 そこか、と思って剣を振るったが即座に距離を取られて空振りに終わる。

 逃げたチャリーを忌々し気に睨んだ途端、体に異変が生じた。


「ぐっ!?」


 急に体が重くなった。

 いや、体が重くなったのではなく……鎧が重くなった。

 どうにも立っていられることができなくなり、膝を突く。

 だがそれでも維持することができず、ついにガシャンッと音を立てて倒れてしまった。

 鎧が重く、まったく持ち上げることができない。


「ど、どういう……!」

「私、実はウィスカーネ家で一番強い隠密部隊だったんですよ~。まぁーこの魔法を使うには対象に触れていないといけませんし、物しか重くできないので使いにくくはありますが……。こうして拘束する程度は簡単です」

「ウィスカーネ家だと……!? あの……あの生き残りか!」

「知ってるみたいですね。では貴方からは良い話が聞けそうです」


 チャリーは再び鎧に手を振れる。

 長時間魔法をかけることができない魔法なので、こうして触れておく必要があるのだ。

 戦闘が終わるまでの辛抱である。

 この間は刃天の戦いでも見ておこう、と思いながらそちらを見た。


「何してるんですかあの人……」


 チャリーが見たのは、無防備のまま頭をロングソードでかち割られた刃天の姿だった。



 ◆



 時を少しだけ遡る。

 刃天は悠々と歩いて来た副隊長と対峙していた。

 だが刃天はすぐに栂松御神を納刀して腕を組む。


 これは戦意を喪失したのか、それとも武器を使う程の相手ではないと侮られているのか。

 どちらか分からなかった副隊長は怪訝な顔をしながら口を開く。


「どうされました?」

「ああー……。そういや最近死ぬ機会がなかったな……ってな」

「……はぁ」


 空を見ながらそう呟く。

 あれから地伝は連絡を取ってこない。

 こちらから取ろうとして見るが主導権はあちらにあるようで、ただ寝るだけとなってしまうのが常だった。


 では死ねばいいではないか。

 そんな結論に至ったが、好き好んで死にたくはないし、この村の中では誰も己を殺したがらないだろう。

 であれば、こいつに任せてみようと思ったのだ。


「おう、そこのお前。はよ切れや」

「……は? え、なんだこいつ……」

「さっさとしねぇか」


 刃天は無防備のまま歩いて副隊長に近づいた。

 一体何を考えているのかさっぱり分からない彼は、若干引きながら剣を構える。

 それでも攻撃をしてこないことに呆れつつ、刃天は更に近づいた。


「なんなんだお前!」


 気味の悪さが最高潮に達したのか、副隊長はロングソードを振りかぶって刃天の頭蓋を割った。

 無抵抗のまま殺された奇妙な男は、笑ったまま意識を手放す。



 ◆



「よ~い。久しぶりだなぁ地伝」


 パッと気付けば懐かしい沙汰の間だ。

 相変わらず刃天がここに来る時は誰もいないが……時の流れが違うだのと言っていたことを思い出す。

 単に運がいいだけだろう。


 気配だけでそれらを察知した後、ようやく目を開ける。

 いつもであればそこに地伝が座っており、あの不味い茶を飲んでいるはずだったのだが……。


 刃天の視界に飛び込んできたのは、今まさに直撃しようとしている杓子と、初めて見る女の鬼だった。



 ◆



「ん誰だてめぇ!!!!」

「ぬおおおおおおお!!!!?!?!?」


 飛び起きた刃天は目の前にいた副隊長に怒鳴り散らす。

 死体が急に叫んだ、と酷く驚いている様だ。

 ひとしきり叫んだところで事態を飲み込もうと刃天をまじまじを観察する。


「……な、何故……。なぜ生きている! 頭は!? なぜ治っているんだ!!」

「てめぇもういっぺん殺せぇ! あの野郎許さん!」

「なんなんだ!!」


 今一度、頭蓋に鉄の塊が割って入る。



 ◆



 今度は意識が覚醒した瞬間すぐに目を開けた。

 一体どこのどいつだ、と姿を探そうとしたのだが、やはり目を開けた時には既に杓子が眼前に迫ってきている。

 それをしゃがんで紙一重で躱したのは良かったが、服が少し引っ掛かった。

 ぐんっと引っ張られて壁に叩きつけられる結果となってしまったが、刃天は気合で目を開けて女の鬼を凝視する。


 人間に近しいというところは地伝と同じだ。

 だが彼女は地伝のように分厚い着物を着ているわけではなく、どちらかと言えば薄着で肌が多く露出している。

 日ノ本らしいというか、鬼らしいというか……しめ縄を帯代わりにしているようだ。

 長い髪の毛を一本の簪でまとめている団子はぼさついている。

 普通に接するのであれば、明るい性格をしているのだろう。


 だが刃天に杓子を振り下ろす時の表情は冷たい。

 再び振り上げたそれを振り下ろすのに何の躊躇いもないようだった。


(てめぇの顔、覚えたからな……!)



 ◆



「くそがぁああ!!!!」

「ぬおおおおおおお!!!!?!?!?」


 刃天はそのまま副隊長に飛び掛かりながら抜刀した。

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