8.6.質


 両者の距離が次第に近づいていくが、やはり村民は戦闘経験がない為どう立ち回ればいいかわかっていないようだ。

 まぁそれは仕方がない。

 それに、このまま正面から突っ込んだとしても勝てはしないだろう。


 騎士団はしっかりとした基礎訓練、剣術訓練などを毎日繰り返しているはずだ。

 戦闘経験はもちろんの事、戦闘技術、知識、洞察力などから考えても、普通の村民が敵う相手ではない。

 だが今後はそう言った相手と対峙する経験が増えるだろう。

 ここで一気に経験値を稼いでおきたいところだが、如何せん力量に差がありすぎた。


 刃天やチャリーであれば彼らに真正面から立ち向かったとしてもやりようはある。

 やりたいようにするならばそれだけで十分。

 しかし今回は村の者が戦わなければならないのだ。

 そのために、一手打つ。


「今だ」


 抜刀したのが合図だった。

 空中で救難信号を阻止した大量の水が騎士団に向かって落ちてくる。

 それは意志を持ったかのように動き、騎士団を四方に押し流していった。


 アオが操る水魔法だ。

 そう簡単に抗うことはできないし、ここは水の元素が多い場所でもある。

 騎士たちは成す術無く水に流されて散り散りになってしまった。


「掛かれ」


 刃天がそう言うと、村民たちが動き出す。

 未だに起き上っていない騎士の人を目がけて数名が斬りかかる。

 孤立してしまったのであれば彼らでも容易く仕留めることができるようだ。


 この数か月、長い間稽古だけはしてきていたのだ。

 ここはクティとテナに感謝しなければならないだろう。

 まだまだ粗い動きはあるが、それぞれが役割をしっかり全うして一人の敵をしっかりと仕留めた。

 敵が集結し直す前に削ってしまうのが今回の策の一つだ。


 一人の騎士が立ち上がり、立ち向かって来たラグムの攻撃を防ぐ。

 だが想像以上に重い一撃に膝を再び追ってしまった。

 歯を食い縛りながら押し込まれそうな剣を防いでいると、隣からローエンが斧を振り込んだ。

 強烈な一撃に体を持っていかれ、少しばかり吹き飛ぶ。

 転倒したところでリッドが剣を使ってしっかり仕留める。

 鎧の隙間から入った切っ先は騎士の喉元を簡単に貫いた。


「次!」

「よし!」


 ラグムの指示にリッドが返事をし、ローエンは強く頷く。

 次の敵を探すが既に全員が立ち上がっている。

 襲い掛かっている村民たちの攻撃を凌ぎ始めたようだ。

 経験の差がここで出始めている。


 一部、押されている場面があった。

 三人がかりで一人の騎士に飛び掛かったが、増援が一名来たことにより苦戦を強いられている。

 二対三の状況で、数では優位を取れているが質が違う。


 斧を弾き飛ばされて転倒した村民に、騎士が襲いかかる。

 その攻撃を止められる者はそこにいない。


「ごっ!?」

「え!?」


 だが、騎士の攻撃は謎の攻撃によって阻止される。

 殺傷能力はないものの、大人一人を吹き飛ばすだけの威力はあるらしい。

 攻撃が飛んできた方向を見てみれば、アオがこちらに手を向けている。

 肩にはロクが乗っている様だ。


「早く立って!」

「あ、ありがとう……!」


 ついでにもう一人の騎士も吹き飛ばして時間を稼ぐ。

 そうしている間に味方も集結したらしい。

 ようやく攻勢に転じ始めた。


 ラグムたち村の者はアオと弓兵二名の支援を得て善戦しているらしい。

 横目でそれを確認した刃天は、ヘルムの目の隙間から栂松御神を引き抜いて笑う。

 その不気味な笑みに剣を構えていた騎士が数歩下がった。


「ええじゃねぇか」

「これなら死人は出ないでしょう。うちの騎士二人もいる事ですしね」


 チャリーが彼女たちを見てみれば、槍を巧みに操って一人が二名を相手取っていた。

 注意を引かせて村民たちの戦いを優位に進めてやろうと考えているのだろう。

 彼女たちは時間稼ぎを目的として、相手にしている騎士を殺さないようにしているようだ。

 あれはあれでいい判断である。


 さて、向こうは問題なさそうだ。

 そろそろこちらに意識を向けなければならない。


 隊長と副隊長。

 隊長は片腕を負傷しているがその闘志は未だに燃え盛っている。

 むしろ怪我をしたことで更に気を高めたのではないだろうか。

 片手で剣を構え、こちらの様子を常に窺っている。

 向こうから先手を打つつもりはない様だ。


 副隊長は両手で扱うロングソードを肩に担いで警戒している。

 周囲の騎士たちが次々にやられていくのをしかめっ面で眺めていた。

 だがあの視線には見覚えがある。


 呆れだ。

 彼はたかが村人に殺されていく騎士を『なんと情けない』と見限っている最中だ。

 助けに行くつもりなど毛頭ないらしいということがそれで分かる。

 その切り捨ての良さが彼を今の地位に押し上げているのかもしれないが、人間としては致命的欠点であるようにも感じられた。


「さて、チャリーはどちらを相手にする?」

「手負いがいいですねぇ。仕留め損ねは嫌いなので」

「良し」


 刃天の了承が出た瞬間、チャリーは隊長の真横に出現した。

 視界の中にその動きを捉えた隊長はすぐさま剣を振るって攻撃を防ぐ。


「おわっ!?」

「危ない……! こいつ、面倒だな」

「ではそいつより面倒なのを私は相手にしてきますよ」


 副隊長はそのまま刃天に近づいた。

 それを易々と許してしまったチャリーは『実体移動』を使って瞬時に距離を取る。

 あの一撃を防がれるとは思っていなかった。

 想像以上に動体視力がいいらしい……。


「良い魔法だな。俺が欲しいくらいだ」

「光の元素を操れることが前提ですが」

「じゃあ要らんわ」


 怪我をした腕を脱力させ、ぐっと腰を落としてから飛び掛かる。

 直線的な動きだったのですぐさま『実体移動』で移動して背後を取った。

 だがそれに気付いているのか、思いっきり体を捻って剣を横凪に振り回す。


 チャリーはそれを二振りの短剣で防いだ。

 だが攻撃が非常に重く手が痺れてしまう。

 痛む手を庇いながらステップでその場から距離を取り、姿勢を低くして構える。


「痛った……! なんて馬鹿力……」

「お、当たった」


 剣を振り抜いた状態のまま顔だけをこちらに向ける。

 それから体を向けて再び構えを取った。


「そんなんじゃ勝てんぞ」

「はいはい、私だって本気出しますよ」

「……なに?」


 それが本気だと思っていた、といった様子だ。

 無駄な体力を使わずに仕留められるならそれに越したことはない。

 だがそれが必要なのであれば……。


「二手で仕留めます」

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