4.12.Side-地伝-減らぬ幸
「……ど、どういうことだ……!!」
誰もいない沙汰の間に、地伝が驚愕する声だけが響く。
大きく目を見開き、眉を顰め、脳内で思案を重ねるがそれでも答えが出てくるはずがなかった。
水晶の奥では確かに刃天がドリーを斬った。
斬ったはずなのだ。
魔法で大地に魂を一時的に定着させたようだが、時間切れになったと同時に沙汰が下されるのだろうと思っていた。
だが刃天に沙汰は下されず……彼の幸は未だに減らなかったのだ。
(何故だ……!? なぜ、何故幸が減らぬのか! なにかの手違いか……? いや、ダネイルのギルドマスターを斬った時は確かに幸は減った。となれば『幸喰らい』は生きているはず……)
しかし刃天の幸は減らなかった。
この『幸喰らい』はドリーを斬り伏せた刃天を許したのだ。
許すということは……ドリーは元から下手人だったのだろうか。
だがそうだとしても、刃天が人を斬ったことには変わらない。
それ相応の罰が下されて然るべきはずなのに、お咎めなしという判決を『幸喰らい』は叩きだした。
(……『幸喰らい』はドリーが死ぬことを望んていたのか? 故に幸を減らさなかったのか? 殺人をお咎めなしにするなど……相当な理由がなければ容認できるようなものではない。何かわけがあるはずだ。何か……何か。なんだ……。なんだ……!!)
ガシガシと頭を掻き回して考える。
この理由が分かれば異なる世の神々が何を企んでいるか分かるかもしれないのだ。
完全に把握は出来なくても、少なくとも理解するきっかけにはなるだろう。
奴等の目的を阻止できる何かがこちらにはある。
だがそれが何か分からない。
(考えろ地伝……!)
刃天が異なる世に放り込まれた時、神々はその異質な存在を排除しようとはしなかった。
地伝は事後報告をしに向かったが……どうしたことか刃天をこちらの世に帰すことはしなかったのだ。
刃天を異なる世に住まわせる条件として、三つの道を用意されたというのは記憶に新しい。
道を押し付ける代わりに世に住まわせるという神々の判断だったが、当初の地伝は面倒ごとが少なくて済みそうだ、と簡単な考えしか抱いていなかった。
だが……あの文。
夢の中で刃天と接触した後に届けられた警告文。
ここから本格的に異なる世の神々を怪しむようになってしまった。
(私と刃天を接触させたくない理由。刃天が異なる世の知識を私に共有することを嫌っているならば、刃天から私、私から地獄に知られたくない事がある。阻止されたくないことがある。つまり神々には何かしらの目的がある)
ここまで考えるが、分かるのはそこまでだった。
(違う、これではない。ドリーを斬ったはずの刃天の幸が減らなかった訳は異なる世の神々に起因することではないだろう)
一度頭を振るって余計な考えを飛ばす。
そして指を一つ織り込んだ。
(ドリーの出生は不明。大地にあるすべてを知る力を隠したまま、ゼングラ領で隠居した。しかし謀反を起こした家臣に……。……ん?)
地伝はドリーが最後に残した言葉を思い出した。
『全ては、ゼングラ領から』
これがどういう意味かは分からなかったが……今なら分かる気がする。
これまで地伝は幾度も考え直し続けてきた。
初めから、今分かっている全てを何度も頭の中で整理し、今に至る。
そこで異なる世の神々は刃天に道を与えた。
彼が選んだのは『水の子と老人』ではあったが、これは収束しているので今は関係ない。
だがこの選択は三つの道を全て集約してしまう。
そして……未だに残っている道は一つ。
それは『商い人の荷馬車』であり、この道は進んでいくと、神々が維持している世の人間を大量に虐殺するという大きな戦争が待っているというもの。
問題があの商い人にあるとするならば……。
(……あの行商人。確か……ヴィンセン領という地からダネイルの国に来たと護衛の者が言っていたな。そこに何かあるのか? だがドリーの言葉が引っ掛かる)
商い人が邪な連中と繋がりがあるということは、異なる世の神々から聞いている。
これは正しい情報であり覆らない。
ドリーがこの邪な連中だった?
そうだとするならば『幸喰らい』が発動しなかったのも……。
(……いや、これだけで幸が減らぬということはなかろう……。ドリーもやむを得ぬ戦いに身を投じていたのだ。完全悪というわけではあるまい。だが、ドリーと商い人の荷馬車、邪な輩との関係性は必ずどこかであるはずだ。『幸喰らい』はこの中から読み取れる何かから判断して沙汰を下している)
ゼングラ領も何かしら関りがある。
地伝はまだなにか見落としていないか、今一度考え直した。
(……ん? ドリーの力を裏切者の家臣が知っていたというのは……邪な輩が原因か?)
そもそもアオは将来、邪な連中と戦う定めにある。
……そうだ忘れていた。
はた、とそのことに気付き目を瞠る。
「そうだ……。そうだ忘れていた! 神々はアオが邪な連中と戦う未来を知っている……! 異なる世の神々はそれを刃天に手伝わせようと……?」
アオと刃天。
この二人は今や切り離せない関係にまで強い繋がりを持っている。
アオに味方をする陣営と、邪な連中はいつか必ずぶつかり合う。
この決まっている未来を神々は阻止する気なのだろうか。
だが刃天を利用しようとしているならば……その存在がどう影響するのか。
刃天が大きな戦いに巻き込まれる利点はなにか。
(……分からん……! 何かが足りぬ! なにかが!)
突き詰めていけばすべて繋がる話だとは思うのだが、やはり手持ちの情報が足りない。
だが刃天にやって欲しいことは幾つか増えた。
それを忘れないように和綴じの紙束に書き記す。
「刃天、少し忙しくなるぞ」
地伝は水晶の中を覗く。
「貴様には邪な輩がどんな集団か暴いてもらう。ゼングラ領についても調べてもらうぞ。その過程で『幸喰らい』の力も判断できるだろう」
今は彼に頼るしかない。
だが己も少しばかり調べなければならないだろう、と立ち上がって書庫へと向かった。
暫く出入りしていなかったが、目的のものはあるだろうか。
過去に『幸喰らい』の沙汰を下された二人の記録が。
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