4.7.真っ二つ
大きな気配を感じ取った刃天はそこ場で立ち止まる。
目の前に正方形の危険地帯が生成されたらしい。
こんなこともできるのか、と苦笑いを浮かべたあと、それを迂回してドリーへと接近する。
ロクが何度も力を込めていたので何事かとおもったが、あれは『止まれ』の合図だったのだろう。
さすがに気づけなかったが、もう覚えたので次は大丈夫だ。
栂松御神を両手で握り、接近と同時に切り上げる。
つもりだったのだが、急に地面が持ち上がって体制を崩してしまう。
どうやら広範囲の地面を一気に動かしたらしい。
鍛え上げられた体幹で転倒することは防げたが、肩に乗っているロクが右に左にと力を込めている。
この場に居続けるのはとにかくマズイ。
「ったくしゃあねぇなぁ……! 折れてくれるなよ栂松御神!」
細い気配が無数に足元から飛び出そうとしている。
未だに動き続けている地面を蹴って飛び退くことも可能かもしれないが、そうすると空中に放り出されてしまう。
そうなれば格好の獲物となってしまうので、回避することは諦めた。
では、どうするか。
刃天は腕の筋肉が皮膚を突き破ってしまうのではないか、というほどに力を込める。
大上段に振り上げたそれを、飛び出してくる寸前の細い気配に向けて叩きつけた。
シンッ……と見事に振り抜く。
一瞬の静寂は長く持ちこたえることはせず、すぐに瓦解音を轟かせた。
刃天は持ち上げられた大地を真っ二つに両断し、押し寄せてきていた細い気配もろとも破壊した。
「んな……!?」
下でその光景を見ていたドリーは動揺して声をこぼした。
動き続けている地面の上で、まさかあそこまで動けるとは思っていなかったのだ。
(マズい……奴らにあの男の力を見せてしまった……!)
ドリーは歯を食い縛る。
契約魔法によって監視されているドリーだが、その観察範囲はドリーの視界から共有される。
彼の強さは誰が見てもほしいと思わせる程のものだ。
見られてしまったとなると……一度殺して諦めさせなければならない。
ドリーは刃天が不死身だということは知っている。
これを逆手に取り、一度殺した後に上手い具合に自分も命を絶つ。
これが最善だろう。
(まぁ、最後の一仕事にしては丁度いいかの……)
地面が両断されたことで魔力が抜け、重力に従って落下する。
凄まじい土煙が舞い上がったが、その中からゆっくりとこちらに歩いてくる影があった。
さすがにあれだけでは死なないらしい。
「大した男だな」
「ちったぁ加減しやがれクソジジイが……」
頬に付いたかすり傷に唾を塗り込み、再び構えをとった。
片手に栂松御神を握り、それを背後に回して間合いを把握させづらくする。
残った腕は前に出し、常に力を込めて攻撃と回避に備えた。
「シュイッ!」
「フッ」
飛び出してきた土の針を一歩下がりながら全て切り伏せた。
ボロボロになった土塊を踏みつけ、刃天は大きく踏み込んで接近する。
さらに四方八方から細い気配が接近してきたが、一足早くロクがそれを把握してくれたので対処は容易い。
隙間を縫うようにして回避、破壊を繰り返して着実にドリーとの間合いを詰めていく。
間合いにはいるまで残り五秒といったところだろうか。
短いようで遠いが、手の届くところまで来た。
しかし……そこで大きな気配が地面を覆い尽くす。
「ぬ……!」
「シュイッ!?」
ロクが刃天の肩を後ろ足で蹴りまくる。
これは逃げなければならない、という合図なのだろう。
だがようやくこの距離まで追い詰めたのに、大きく後退することは憚られた。
別に焦っているわけではない。
どちらかといえば戦闘中なので頭は冴え渡っている方だと思う。
ここで引けば振り出し。
前に進めば大きなチャンスが訪れるかもしれない。
「ロク、掴まってろ!」
「シュイッ!?」
大きく踏み込んだ刃天は、気配が足元に来る前にドリーとの距離を詰める。
この行動にドリーは目を見張った。
(下がらんのか!?)
今までに戦いの中で、刃天は攻撃を先読みすることができると分かった。
大きな魔法を使えば逃げるし、土の針のような簡易的な魔法は避けられるか破壊されるかの二択。
これを逆手にとって刃天を一度下がらせ、罠にかけて仕留めようと思っていたのに、予想と違う動きをされて動揺してしまった。
刃天が肉薄する。
その肩には涙目になって必死に服を掴んでいる小さな魔物がいた。
「近づけばこっちのもんよ!」
「対策はしているがな」
「んなっ……!」
ガクンッと体制を崩した。
足の裏に伝わる地面な感覚が消え失せ、代わりに浮遊感が襲ってくる。
体が空中に放り出された。
地面が急激に上昇して刃天が吹き飛ばされてしまったのだ。
視界の中にロクを捉えるが、どうやら今の攻撃を先読みすることはできなかったらしく、目を見開いて驚いている。
ロクは敵意を感じ取れる……と刃天たち一行は思っているが、実際はそうではない。
気配、殺気という人間の意識が放つそれを感知するのが最も得意なのは刃天だ。
ただの獣が別種である人間の気配を簡単に感じ取れるはずがないのだ。
ではロクは一体何を感じ取っているのか。
それは魔力元素である。
魔法を使うためには元素を使用する必要があり、ロクはそれらの動きを感じ取ることに長けているのだ。
ドリーが広範囲、もしくは一部の土を動かすためには土魔法を使わなければならない。
そのために使用する土の元素の動きを感知できるため、次にどんな攻撃が来るかを察知することができるのである。
これが刃天よりも早い段階で敵の攻撃を察知するカラクリだ。
だが、何故今回ばかりは察知できなかったのか。
それはドリーが戦闘開始前に自分に掛けていた魔法にある。
敵が一定以上の距離に接近した場合、自動的に防衛魔法が発動するという物。
ドリーの近辺には魔法を使用するために既に土の元素が多く集結している。
これが急に動いて一瞬で魔法を発動させたのだから、ロクでも反応できなかったのだ。
しかし、この自動防御殺傷能力はないらしい。
刃天は吹きとばされただけで済んでいるのではあるが……地に足ついていない状態は非常にまずい。
更に言えば……ドリーという戦闘経験豊富で、異質な索敵魔法を有している彼がこの隙を見逃すはずがなかった。
「すまんな」
ドリーがステッキをこちらに向ける。
「ッ!」
「シュッ!?」
その瞬間、鋭い気配がこちらに向けられたことが分かった。
ここまで凶悪な気配を感じたのは刃天でも久しぶりである。
今すぐにでも逃げたいところではあるが、地面に足がついていない状態では何もすることができなかった。
自由落下に従って大地に足が付くまで待つしかないが……それを許してくれそうにはない。
刃天は大きく舌を打つ。
真隣で同じ様に落下しているロクを鷲掴みにした後、空を蹴って体をねじって背後に狙いを定めた。
「シュギュッ!?」
「わりぃなロク。アオに何とかしろって……伝えろよっ!」
無理な体勢ではあったが、刃天は何とか狙いを定めてロクを投げ飛ばすことに成功した。
叫びながら飛んで行ったロクは刃天の姿を一瞬視界に捉える。
その時見たのは、彼の胴体が真っ二つになる瞬間だった。
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