2.3.雨の中にて
大粒の雨が大きな音を立てて地面を打ち付けている。
刃天が作った簡易的な拠点ではこの大雨を防ぎきることができず、どうしようかと考えているとアオが水魔法を使って屋根を作ってくれた。
そんなこともできるんだな、と感心しながら気まずい空気の中ぼーっと雨が降りしきる外を見ているしかなかった。
洞窟から出て来て数時間が経っただろうか。
ちらとアオを見やれば、膝を抱え込んで縮こまっている。
家族は誰一人生き残っていないことを知ったのだ。
子供であれば耐え難い経験になる。
だが涙を見せないのは流石というべきか……。
まだ生き残っている使用人がいる可能性があるから、辛うじて折れかけている心を維持しているのかもしれない。
手持ち無沙汰になった刃天は、魔法袋の中に入っていた干し肉をちまちま食べた。
とても塩辛い。
本来は薄切りにして食べるのだろうが、面倒なのでそのまま齧った。
(そういや、こんな子供も見たことあったな)
里を焼かれ、焼け焦げた遺体の前で泣きじゃくる子供。
……それが普通の反応だ。
アオが異常に大人びているので勘違いしそうになるが、本来であればもっと感情に素直になっていい歳である。
干し肉をすべて食べ終えてしまった刃天は、一つ大きなため息を吐いて空を仰ぐ。
頭上に展開された水の塊が、降りしきる雨粒を吸収してさらに大きくなっていた。
「アオー。これからどうするよ~」
「……」
「とりあえず確認するが、ヴィル……なんとかってあの爺さんか?」
アオはそれにコクリと頷く。
と、いうことはやはりアオの家族は誰一人として生き残っていないという事だ。
裏切者の家臣にすべて殺されてしまったのだろう。
相手は意外と徹底的な策を取るようだ、と頭の中に入れておく。
そう言った相手程、手段を選ばないものだ。
あの女を二人刺客として放っていることだし、関係者はもちろん敵対意思を持っている相手に対しても容赦がないかもしれない。
しかしそちらの方が逆にやりやすいかもしれない、と刃天は思った。
なにせ遠慮する必要が微塵も必要なくなるのだから。
とはいえ、それはアオが決める事。
これからどういう道を歩むかは、この子にかかっている。
「……刃天」
「なんでい」
「……お家の復興って、難しい……?」
「ほぉ」
刃天はその言葉を聞いてアオを見た。
こんな子供がお家再興を目論んでいる。
大いに興味をそそられた刃天は、過去に見てきた者たちを思い出した。
アオの家は領地を一つ任せられるほどの力を持った家だった。
ともなれば、その家の子供にはこの家がどれだけ素晴らしい功績を残しているか、そして土地を維持しているかを説明していた事だろう。
その必要性、重要性を理解したのであれば、一族への愛情は大いに強まる。
だがそれと同時に、お家の為であれば己の身など些細な事だとして身を投げうってまで守ろうとする傾向があった。
武家の家計ではよくあることだし、大名ともなればその意識は根を張る様に凝り固まる。
アオもそのうちの一人なのだろう。
世が違えども、やはりこうした一族の絡み合いはどこでも同じらしい。
刃天は顎に手をやる。
一つ思案する振りをしてから、アオを見た。
「一つ妥協すりゃ難しかねぇ」
「え!?」
「血を気にしねぇことだ。つまり血縁」
血脈を気にしがちな一族は多くいる。
故にそれが支障になっていることに気付いていない。
とはいえ、それを気にする必要もないほど大きな一族は反映しているものだ。
これが瓦解した時……つまり今のアオのような状況になった時、一からやり直すというのは時間がかかる。
このやり直しとは血縁関係を強く結んだ一族を作り直すことにあるだろう。
「一族ってのは強い血縁関係を持つ。だが元を辿れば赤の他人だ。いつしか子が増え、名を名乗って一族となる。そんな一族同士の婚姻で関係を強く結びつける。んまぁ俺のところは人質みてぇな扱いが多かったがな」
しかしそれに目を瞑るのであれば、再興はそこまで難しいものではない。
己が決めた信頼できる家臣を抱え、妻子を設ければそれだけで一族だ。
「まだ、お前を慕ってくれる奴は生きてるかもしれないんだろ?」
「……使用人の人たちが……」
「そいつらがまだ忠義を示すなら、取りこみゃいい。だがそっからが難しい」
ここまでは簡単だ。
血を気にしないだけで味方が大きく増えるのだから、数を増やすならばそれだけで十分。
だが土地を治めるのであれば、それなりの貢献が必要となることは間違いない。
城主に気に入られて一族で一つの領地を持て、と言われるまでの信頼構築は途方もない時間を掛ける事だろう。
それこそ一世代では難しいかもしれない。
おまけに、アオの一族は何かしらの罪を着せられて滅ぼされている。
これを解決する必要もあるし、秘密裏に処理しようとしてくる輩から身を守る術も手に入れなければならない。
魔法があれば気にする必要はないのかもしれないが、己だけではなく他の仲間を守る術なども考慮しなければ領主とは言えないだろう。
問題は山積みである。
今しがた刃天が上げた問題点もほんの一部であり、どうやって成りあがるかなども考えを巡らせなければならない。
だが少なくとも、アオの一族を裏切った輩との戦闘は避けることはできないだろう。
そのための戦力を増やさなければならないことは確定。
とはいえアオと刃天だけでそれができるとは思えない。
いうなれば一つの城を相手にしようとしているのだ。
生半可な戦力、情報網では勝つことは万に一つもない。
さて、そろそろ今やらなければならないことが見えてきたはずだ。
「んで? どうする?」
「……皆を探す……?」
「そうだな。あとのことは……まぁ見つけてから考えりゃいいってことだ」
アオが追われている身であることには変わらないだろうが、それでも散り散りになった使用人たちは裏切者の魔の手から逃れている。
彼らを見つけ出し、戦力とする事こそが今最も実行しなければならないことだ。
やることは定まった。
大きな目標があれば、まず何をしなければならないのかが見えてくる。
アオもようやくそれが分かったらしく、顔に覚悟が現れていた。
多くのことをこれからやろうとしているのだ。
それだけで凄まじい度胸を持っていると分かる。
しばらく動かなかったからか、パキリと体が鳴った。
まだ目は降っているので、いつぞや回収していた魔法袋をアオに投げ渡す。
「それ、女が持ってた奴。使えそうなの見繕ってくれ」
「……うん! うわ、寝袋……。ズルい」
ぽいぽいと中身を投げ出して確認していくアオを横目に、刃天は肩を回した。
これから何が待っているかは分からないし、やはり人を殺さないという手段を貫き通すことはできなさそうだ。
極力人を殺さないつもりではあるが、何処かで限界が来る。
それによって道が減り、アオが困難に直面するかもしれないが……刃天は笑っていた。
(楽しみだ)
これから何が起きるのか、今から非常に楽しみになってきた。
一族再興への道。
これを成すのにどれだけの苦難が待ち受けているかは分からない。
既に問題も大きく明確化されている以上、悠長にしている暇はないということもあり、既にひりついた状況にある。
だが、これぞ人の世だ。
楽な道など選べる権利が人間如きにある筈がない。
さぁ、雨が上がったら出立だ。
遠くの空は雲がはけているので、もう時期この雨も止んでくれることだろう。
刃天はその前に自分が持つ荷物を確認したのだった。
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