2.2.話を聞かせてもらおう


 身に余るほどの経験をした二人は縮こまっている。

 気持ち程度に与えられている布を羽織って身を守っている様だ。

 刃天は檻の前で胡坐をかき、頬杖をついてアオに話しかける。


「これむりじゃねー?」

「回復させるから、大丈夫」

「へ?」


 アオが前に出てくると、小さな水が出現した。

 それを二人に少しばかりかけたところ、淡く光ったがすぐに何事もなかったかのように消えていく。

 すると失われかけていた気力が取り戻されたかのように、二人は目の色に光が戻った。


 何が起きたのか把握しようと檻の外へ目を向ければ……。


「き、貴様!!」

「……ターゲットも……」

「おお、なんだアオ。お前今何したんだー?」

「『回復水』。傷や汚れを洗い落とす魔法……」

「何か分かんねぇけどすげぇんだな。よしよし」

「刃天にも使う?」

「俺がきたねぇって言いてえのか?」


 確かに風呂に入るどころか水浴びもいつ行ったか記憶にはない。

 綺麗にしてもらえるならそれでもいいかもしれないが、まぁ後でも何ら問題はないだろう。


 さて、目下の目的である情報源を発見することはできた。

 丁度檻に入れられてることだし、このまま話を聞くことにする。


「では話を聞かせてもらおうか」

「……ここから出してくれ! そしたら全部話す!!」

「お願いします……!」


 檻を力強く掴んで懇願する二人だったが、刃天は首を横に振った。


「いや、話を聞く方が先だ。ほれ、アオ。話聞け」

「うん」


 アオが前に出て来る。

 すると二人は目を瞠ったが、すぐに諦めたように目を伏せた。

 そこには申し訳なさも混じっているように思う。


 この二人はアオを殺すために放たれた刺客であることは間違いない。

 この子の存在が、裏切った家臣には都合が悪いのだ。

 その理由を刃天は知らないが……なんにせよ目の前にいる二人が裏切り者であることには変わらない。

 アオは一つ息を吐き、問いかける。


「他の……皆は? 僕の家族は?」

「……死亡を確認することができていないのは、貴方とヴィルソン……だけです」

「……使用人たちは?」

「複数名……逃亡しております。私たちはその任も……受けていました」


 横から聞いている限りだとあまり理解はできないのだが、ヴィルソンというのがあの老人なのではないか、ということくらいは分かった。

 となると、生き残りはアオだけなのかもしれない。

 だが使用人は生きている様だ。

 まだ忠義を誓ってくれている仲間は、いる可能性が高い。


 その逃げた複数名の始末もこの二人は担っていたようだし、あの時捕まえたのはお手柄だったのかもしれない。

 誰がどこに逃げたか分からない以上、探す手立ては今のところないのではあるが。


 アオはずんと暗い顔になる。

 だがそれでも聞かなければならないことがあった。

 声のトーンをいくらか落とし、生気のない声で言葉を発する。


「ゼングラ領は……今……」

「ヴェ……ヴェラルド様が……領主に成り代わって治めておられます……。後始末で忙しいようですが、数日後には王都に向けて知らせを届けるかと……。いや、もう届けているかも……」

「もう、いいや……」


 アオは踵を返した。

 一人で洞窟を出ようとしているということが分かったので、刃天も立ち上がってついていく。

 だがやはりというべきか、檻にいる二人が吠えた。


「ちょ、ちょっと待て!!」

「だ、出してください!!」

「え? 嫌だけど?」


 サァッ……と二人の血の気が引いていく。

 この二人はなにか勘違いしている、と刃天は心底思った。

 教えてやるかどうか悩んだが、アオがどんどん先に行ってしまいそうなのでさっさと教えることにした。


「お前ら敵じゃん」


 それ以上でも、それ以下でもない。

 アオの刺客である以上行動を共にすることは是が非でもできないし、させるわけにもいかない。

 あれだけ多くの魔法を覚え、便利な生活を手助けしてくれる子供だ。

 刃天はそれを失いたくはなかった。


 刃天が命の恩人となったとしても、アオを襲わない保証はどこにもない。

 であれば……この二人が犯した罪をここで少しばかり溶かし、地獄に行ったときの沙汰が軽くなるなら、それでいいではないか。

 とはいえそれを容認できるはずもない。

 二人は檻を殴って訴える。


「ふざけんな!! 出せよ!! おい!!」

「お願いします! お願いします!」

「はいはい」

「待って行かないで! 待ってええ!」


 手をひらひらとさせて簡単に別れを告げ、アオと合流する。

 足並みを揃えてみれば、その歩みは酷く遅かった。


 こんなにひどい臭いの場所に、一秒とて居たくはない。

 用も済んだのでようなので、刃天はアオを担ぎあげた。


「わ……」

「落とされんなよ」


 後ろから聞こえる悲鳴を無視し、足早に洞窟を後にした。

 久しぶりに吸う外の空気が上手いとはまさにこの事。

 胸いっぱいに空気を吸い込んで灰の中に溜まっている負の空気をすべて吐き出す。


 未だにぼーっとしているアオを横目で見てから、とりあえず拠点へと戻ることにした。

 この調子では旅もまともにできないだろう。

 心の整理をする時間が必要なはずだ。


(んんー? 俺はこんな奴だったか? ……まぁいいか。どの道、アオがいなけりゃどこか行くこともできなさそうだしな)


 そう自分で納得してから道を歩む。

 出発は明日以降になりそうだな、と思いながら刃天は空を見上げた。

 これは、ひと雨降りそうである。

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