第二章 下手人
2.1.気配を辿る
森の中をのんびりと進んでいる男が一人。
この世では作られたこともないだろう和装の服を着飾っており、腰には栂松御神という名の日本刀を携えていた。
他にも様々な道具を持っているわけだが、そのほとんどは小さな袋にすべて詰め込まれている。
その後ろをついていくのは、背丈より少し大きめのローブを来た子供だった。
フードで顔を隠す必要は今のところないのか、今は顔を出している。
藍色の濃い髪の毛をしているが、それとは正反対の明るみを持つ水色の宝石のような瞳が良く目立った。
刃天とアオは、情報を聞きに向かうためにゴブリンの巣穴を探していた。
そこには二人の女がいるはずである。
この二人こそアオを狙ってやってきた刺客であり、多くの情報を得ているはずだ。
二人をゴブリンに譲り渡してから一夜が過ぎた。
アオ曰く、まだ助かる見込みはあるという。
「助かるけど……どうだろう……」
「はは、異形に犯されちゃ気が狂うわな。まぁそんときゃそんときだ」
大して気に止める様子もなく、刃天は耳を澄ませて森の声を聞く。
己から探すとなるとやはり難儀するものだ。
来てくれる方がよっぽど分かりやすい。
しかしはやく見つけ出さなければ、気が完全に狂って話をするどころではなくなってしまう。
こんなことならアオにあの二人を確認させるべきだったと後悔した。
次はもう少し頭を働かせようと決めてから、再び集中して森の音を聴く。
「あ、そういえば。異臭のする洞窟を見つけたことがあるのだが、そこは巣穴か?」
「大きさはどれくらい?」
「人が二人ほどの背があったな。ゴブリンのでかいやつが出てきたが……」
「えっ……そ、それ……どうしたの?」
「殺したが?」
今も死体が転がっているのではないだろうか。
あの時は己の刀を探すのに懸命だったし、処理などは一切していない。
しなくとも野生の動物たちが肉を食らうだろう。
アオは刃天の発言を聞いて呆れたように苦笑いを浮かべた。
愛想笑いのつもりなのだろうが、なんとも下手くそな引きつった笑みである。
「なんだよ」
「えと……刃天って、すごいなって」
「図体がでかくなっただけの異形だろぉ? まぁいっぺん殺されたが……次は栂松御神もあることだ。もっと鮮やかに仕留めてやるさ」
「……え?」
言葉の中の違和感に気付いたアオは首を傾げるが、聞き間違いだろうということにして首を横に振った。
「まぁ、いいや。その洞窟に案内して」
「よしきた」
あの場所はここからさほど離れていなかったはずだ。
記憶を頼りに駆けた道を思い出し、迷うことなく最短距離で洞窟へとたどり着く。
近づいてみるとやはり腐敗臭が酷い。
こんな臭いの酷い場所に連れ込まれたらそれだけでたまったものではなさそうだ。
洞窟は大きいようだが、もしかすると奥に行くにつれて狭くなっているかもしれない。
刃天は栂松御神を使うことを止めて押収したナイフを手に持った。
狭い場所では長物の利点を活かせないからだ。
「ここだが、どうよ」
「多分あってると思う……」
「でもよー、こうも暗いと進めねぇぜ? どうするさ」
「こうする」
アオが片手を上げると、白い球体が手の平に出現した。
それはなかなかの光量を放っているらしく、直視すると目がくらんだ。
「おうっ!? そ、そいつも妖術か!」
「魔法ね……?」
「ていうか何でもできるなお前! できない事とかあるんか!?」
「た、沢山あるよ……?」
少なくとも刃天のように強くはない。
肉体労働は基本的に苦手である。
刃天は軽く笑ったあと『これなら洞窟でも戦える』と口角を上げた。
真っ暗な空間で戦うのは得意ではないのだ。
特に洞窟の中での戦いを苦手としていた刃天にとって、光源を保てることは苦手を克服することができるという事。
意気揚々と中に入ろうとする刃天の後ろを、アオが急いで追いかける。
やはり鼻を突くような異臭が襲い掛かってくるが、刃天はそれを気合で克服した。
そして強い殺気が地面を蔦ってやってきているということが分かる。
中にいるゴブリンが侵入者の存在を感知したのだろう。
刃天は着ていた羽織を脱ぐ。
さすがに狭いところで戦うのだから返り血を浴びそうだ。
折角商人から奪った高価な一張羅を血で汚すわけにはいかない。
軽く畳んで魔法袋の中に突っ込んでおく。
「ふむ。下は仕方がないか」
多少血で汚れてしまうのは仕方がない事だろう。
この辺りで妥協し、本腰を入れる。
ナイフを逆手に持って慎重に、かつ大胆な足取りで洞窟の奥へと進んでいく。
後ろからは常にアオが光を照らしてくれているので存分に戦うことができる。
道を照らす役割を担ってもらっている以上、ここは刃天がアオを守らなければならないだろう。
足で振動を感じ取り、耳で微かな音すら聞き逃さず、目視でそれらの情報を確信に至らせる。
奇襲を狙ったつもりのゴブリンだったが、あっけなく刃天に眼球を抉り抜かれて絶命した。
地面から、壁からと奇襲を何度か仕掛けるゴブリンではあったが、そのどれもが通用しない。
瞬きをしている間に簡単に捌いて仕留めてしまう。
死骸はその辺に捨てて、さらに奥へと突き進んだ。
「襲撃が多いってことは、こっちに行ってほしくないってことであってるか?」
「ど、どうだろう……。でもまとまって襲って来てない……。注意して」
「確かに」
ゴブリンは数が多いはずだ。
だというのに今のところ多くても三匹しか同時に出現していない。
馬車の時と、アオを助けた時に随分間引いたつもりだったが……。
どうやら、まだいると思って事に当たった方がよさそうだ。
刃天は気を取り直してナイフを握り直す。
大量に敵が襲い掛かってきた場合はアオに助力を頼む必要があるかもしれない。
なんせこの場所は狭いのだ。
一人でアオを守りながら数十体のゴブリンを仕留めるのはさすがに骨が折れるというもの。
だがそんな心配をよそに、ゴブリンは一体も出てこなかった。
拍子抜けをしている間に少しばかり大きな空間に出てきたらしい。
どうやらいくつかの道に分かれている様だ。
どちらに向かうべきか考えていたが、あまりの腐臭に顔をしかめる。
「相変わらずくっせぇな……。何がこんな異臭を放っている?」
「食べ物とか……」
「糞尿とか? まぁそんなところ……あん?」
そこで悲痛な声が聞こえた。
なにかに怯えて気を狂わせているような、そんな声。
刃天はそれに聞き覚えがあった。
あの時背を向けて拠点へ戻った時、あの女が発していた声に近かったからだ。
「あっちかー」
「早く行こう?」
「そうだなー。そうするかぁ」
嫌な顔をしながら声のした方向へと足を進める。
誰が好き好んで異形と交わっている姿を見ねばならんのか。
げんなりしながら進んでいけば、奥からゴブリンが凄まじい形相で数匹近づいて来た。
いたしている最中だったのか、相当ご立腹らしい。
だがそんなことは関係ない、と刃天は飛び込んできたゴブリンを瞬く間に仕留めてしまった。
一匹は喉をナイフで突き、一匹は蹴り上げてからナイフを投げて胸部に突き刺す。
無手になったことをいいことに三匹のゴブリンが一気に襲い掛かってくるが、すぐさま肘を打ち込んで武器を奪い取った。
こん棒で簡単に頭部を殴りつけた後、息のある奴をナイフで突き刺しておく。
「おっし、こんなもんか」
「すごい……」
「子供が本気で襲い掛かって来てるようなもんだろ? 大したことじゃねぇ」
転がっている死体を蹴り、道を開ける。
そして進んでいけば……簡易的な檻を発見することができた。
中に二人の人間がいるらしい。
刃天は覗き込んで手を上げる。
「よぉー」
「……」
「……助、けて……」
あの時見放した二人が、哀れもない姿で放置されていた。
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