1.7.便利な子供
とりあえず子供を連れて拠点に戻って来た刃天は、老人から回収した道具を確認していた。
何が使えて、何が使えないのか分からない。
何よりこの薬品は危険そうだ。
色合いが緑、青、紫と気味が悪くて仕方がない。
しかし敵には有効かもしれないので、とりあえず瓶が割れないよう丁寧に保管しておく。
「なんだこのちいせぇ巾着……。巾着なのかこれ? なんだ?」
「ん……」
「あ? ……渡せって?」
「ん」
こんな小さい袋に何の意味があるか分からず、ぽいと子供に投げ渡す。
すると子供はその中に手を突っ込んだ。
手乗りサイズの大きさだというのに、肘まで入っていく。
「……お!? おいおい待て待て! なんでそんなに手が奥に入るんだ!?」
「魔法袋……」
「んだそりゃ?」
暫くごそごそと何かをまさぐっていると、子供はようやく手を引っこ抜いて小麦色をした楕円形の何かを取り出した。
それを力を入れてへし折ろうとするが、どうやら力が足りないらしい。
しばらく奮闘していたが、諦めて刃天に手渡す。
これを折ればいいということは分かったので、同じ様に力を入れてみる。
すると意外にもあっさり半分にすることができた。
少し抵抗はあったが刃天ほどの力があれば楽なものだ。
折ったそれを子供に返そうとすると、その内の一つだけを取って噛みついた。
どうやらこれは食べ物らしい。
こんな食料があるのか、と感心しながら刃天もかぶりついてみる。
「……もそもそしてんな。あと少し硬い」
正直そんなに美味しいものではない。
ということは、これは非常食か何かなのだろう。
だが今晩はこれで凌いでもよさそうだ。
刃天からすれば小腹を満たすこともできない程の量ではあるが、無いよりはマシである。
弓も手に入ったことだし、明日からは狩りを行うことができる。
ナイフも手に入ったのは丁度良かった。
あの老人には感謝しなければならないだろう。
しかし、子供はあれからずっとローブのフードを目深にかぶっている。
材質が気になって少し手で触ると、子供は肩を跳ね上げて驚いた。
ぎゅっとローブを掴んで身を縮こませる。
やはり子供は面倒である。
急に知らない人と過ごすことになって動揺しているのは分かるが、それに配慮するほど刃天はお人好しではない。
今回もただ試しているだけなので情などは存在していなかった。
利用価値が在るか否か。
今はそれだけである。
「あ、火を起こさねぇとな」
そろそろ日が落ちる。
明るい内に枝を回収して火を起こしておきたい。
刃天が腰を上げて近場にあった枝を回収して戻って来ると、子供が石を積んで焚火の準備をしていた。
どうやら多少の知識はあるらしい。
気が利くな、と思いながらくべられた石の真ん中に枝をくべていく。
さて火起こしはここからが大変だ。
松ぼっくりでも落ちていないかと探していると、子供が焚火に手を当てる。
「んあ? 何してんだ?」
すると、ボッと火が付いた。
「は!?」
火はぱちぱちと早速枝を燃え上がらせ、次第に大きく安定した炎になった。
一瞬で焚火に火を起こした子供を見て刃天は硬直する。
逆に何を驚いているのか、と子供は怪訝な顔でこちらを見た。
あれだけ大変な火起こしを一瞬でやってのけた。
これだけで刃天の中では大きな革命が起こっている。
「おおおお! お前すげぇな!!」
「!? おわ、おわわわ!」
子供を脇に抱え上げて頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でまくる。
簡単に捕らえられてしまった子供はされるがままだ。
対格差があって何もできないというのが正しいのだろうが。
それにしても素晴らしい。
たったこれだけのことではあるが、火を自在に操れるというだけでできる事が大幅に増える。
「お前は妖術使いだったか!? こりゃいい拾い物したぜ! お前名前は!?」
「わわ……。え、エルテナ……ケル・ウィス──」
「なっが。おいちょっと顔見せてみろ」
「おふ……」
ようやくフードを捲り上げてみれば、まず最初に美しい宝石のような大きな青い瞳が飛び込んできた。
刃天の黒と茶色の瞳とは全く別物だ。
藍色の髪の毛はまっすぐに伸びていて、少し触れれば滑らかに指の隙間を抜けていく。
長旅のせいか、少し瘦せているようだが肉でも食べたら元に戻るだろう。
そして首元にはなにかがぶら下がっている様だ。
だが別に気にすることはなく、刃天は軽い気持ちで名前を付ける。
「お前名前が長すぎるから今からアオな。目が青いから」
「え? ……気にならない?」
「は? 何が? ここは異なる世なわけで、俺とちげぇ奴なんでごろごろいんだろ。んなことよりお前、俺から離れんなよ~! 妖術使いアオ! いや響きがいいな!」
こんなに珍しい子供がいるとは思わなかった。
これからの生活に華がありそうだと期待しながら喜び、刃天はようやくアオを地面に降ろす。
一方アオは、初めての反応に若干戸惑っていた。
この瞳のせいで沢山嫌なことがあったのに、刃天はそれを一切気にせずに接してくれたのだ。
だたこの価値を知らないだけかもしれないが、それでもアオは少し嬉しかった。
ようやく普通に接してくれる人に会えた気がしたのだ。
「おいアオ! 他に何ができるんだ!? もっと見せてくれよ妖術!」
「えと……水が……得意……」
「水かぁ~! んじゃよ! 明日お前魚獲ってきてくれ! 俺は肉獲ってくるからよ!」
「え、いいの……?」
「あん? その妖術があれば余裕だろ? いやぁ~明日の飯が楽しみだわ~!!」
刃天はそう言ってから、弓の調整をしていく。
ゴブリンの持っていた武器は刃天が知っている弓と違い随分小さく、取り回しがしやすいようになっていた。
軽く引いてみるが簡単に引ける。
あまり威力はなさそうだが飛び道具として常備しておくといいかもしれない。
そうなると、矢の残りが心もとなかった。
しかしゴブリンは武器を使っているので、もしかするとあいつらから奪って補充することができるかもしれない。
質は悪いがナイフも持っていたし、間引くついでに物資を強奪してもいいだろう。
今後の計画に頷きながら、刃天は焚火に薪を追加した。
そうしてからアオに話しかける。
「お前はどこから来たんだ? あの老人は?」
「あの……貴方の名前知らない……」
「あ! わりぃ……! 名前聞いといて名乗ってなかったわ。俺は刃天だ」
「刃天……」
刃天はこういうところだけは律儀だ。
もっともこれは過去の経験から学んだことなのである。
元より侍に憧れていたこともあって、己がその振る舞いをできる立場になったからこそ続けている事なのかもしれないが。
因みに、刃天に礼を尽くしたとしてもそれで斬る斬らないの判断をする訳ではない。
敵であればもちろん斬る。
必要があれば、それでも斬る。
今は人を殺すことができないので、あまり関係はないが。
「んで? お前はどこから来たんだ?」
「遠く……。じぃに……逃がしてもらった」
「んー? なんだ、戦でも起こったのか。まぁよくある話だな」
「……戦争じゃなかった。家族同士の、戦争だった……」
「……内乱か」
なんとなく、アオの生い立ちが分かった気がする。
内乱が起きて敵勢力に襲われ、劣勢となったところで殿を誰かが務めてアオとあの老人がここまで逃げ延びたということなのだろう。
ということは、アオの家族はもう死んでいるかもしれない。
最後の家族だったあの老人も今日死んだ。
アオには、もう頼れる人が誰もいないのかもしれない。
もしかしたらあのままゴブリンに殺されていた方が楽だったのかもしれないな、とふと考えてしまう。
己が余計なことをしていなければよいのだが。
「まぁなんにせよ、戻れそうにはねぇな」
「駄目なの?」
「お前の一族は負けたんだろう? てことは敵が占拠しているはずだ。そこに一人帰るってのは無理な話だぜ?」
「そっ……かぁ……」
あの老人が居れば、もっと詳しい話を聞けたかもしれない。
まだこの世の理が理解できていないということもあって、少し名残惜しく思った。
だがまた商人などがこの辺りを通るだろう。
その時に話をいくらか聞いてみてもよさそうだ。
さすがにアオから話を聞けるとは思っていない。
だが妖術については興味がある。
刃天は目をキラキラさせながら話を切り替える。
「で、で! お前のその妖術って珍しいのか!? この世では普通なのか!?」
「ぼ……僕の水魔法は……珍しいよ。でも魔法自体は珍しくない」
「まほー? 妖術のことはまほおって言うのか」
「魔法、ね」
この世にはいくつかの魔法が存在するらしい。
火、水、風、雷、土が一般的な魔法でこれらは基礎元素と言い、他の魔法は特殊元素というくくりに入るのだとか。
特殊元素は光、闇、治癒とのこと。
他にも変質元素というものが存在し、これは氷、大地、聖があるのだとか。
基礎元素はなんとなく分かるが、特殊元素と変質元素については一切わからなかったので聞き流す。
分かった風を装って頷きながら、更に聞く。
「水は基礎……元素? で、お前の水は珍しい? 基礎ってことはそこまで珍しくはないんだろう? どういうことだ?」
「できる事が違うの。普通は水の弾を作り出すのが普通だけど、僕は……やろうと思えば津波を引き起こせる……」
「すげ」
だがこれは素質に起因しているらしく、どれだけ努力したとしてもできない人はできないらしい。
津波を起こせる奴が何人もいてたまるか、と思いながらふと気づく。
これは、己も何かしら使えるようになるのだろうか。
「お、俺は!? 俺もなにかまほーを使えないか!?」
「魔法ね。えと、どうかな……。一度も使ったことがないなら……分かんない」
「んまぁ~そうだよなぁ~。ま、いいか~」
刃天は大きな欠伸をした。
今日は拠点づくりに精を出していた為、体に疲労がたまっているらしい。
戦闘も今日だけで二回もしたし瞼が重くなってきた。
「んじゃ、俺は寝る」
「み、見張りは……」
「不要! 俺を誰だと思っている。気にせず寝ろよ」
そう言って、刃天は本当に寝転がってしまった。
アオが空を見上げてみると確かに暗くなってきてはいるが、まだ眠るほどの時間ではない。
この異人は寝るのが速いのだな、と勝手に理解して焚火に薪を投げ入れた。
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