神様のハート
霜月斗(しもつき ほし)
プロローグ
「
唐突に問いかけられた疑問の言葉に、俺は反応ができなかった。
目の前にあるミックスグリルから香る少し焦げ目のついたソーセージやハンバーグ、エビフライの香ばしい匂いの方が、今、問いかけられた疑問よりも優ったていたからだ。
料理と真剣に向き合いながら、なにから食べようか迷い、ソーセージにフォークを刺したタイミングで、もう一度、目の前から問いかけられた。
「ねぇ聞いてるの?どう思うの?」
ソーセージを口に運ぼうとしている俺に対して、まるで嫉妬する恋人かのように睨みつけたその眼差しを向けるのは、友人の
名前は中性的だが性別は男性だ。
彼は俺の目が自分に向いたことを確認して、再度、復唱してきた。
「だから、神様にハートはあると思う?」
実に不思議な質問だ。
ハートとは、要は心ということなのだろうか?
それにしても、変な言い回しだ。
まあいいか、今この瞬間において、その疑問はそこまで重要なことではないだろうし。
しかし、ここはファミレスだ、周りでは勉強に勤しむ学生や、フリーランスで仕事をしていると思われる薄型PCをタイピングする20代半ばの女性、ファミレスという名に相応しい、小学生ほどの子供二人を連れた夫婦がいる中で、こんなにおかしな質問をする成人男性はいるだろうか?
だが、俺は気にしない。
初対面でこんな質問をされたら、怪しい宗教の勧誘ではないかと疑うが、こいつはよく不思議なことを話す。俗に言う「不思議ちゃん」というやつだ。
フォークに刺さっているソーセージを、早く口に運びたい衝動に駆られながら、俺は吐き捨てるように返答した。
「神様が人間を作ったとき、自分に似せて作ったっていうじゃん。だから、ハートは持ってるんじゃない?」
即興で返した割には、的を得ていると思った。
自分の返答に誇りを感じ、自慢げに澄まし顔をして見せる。
そして、渚沙が発言する前に、急いでソーセージを口に運び、食べ始めた。
歯の重みでソーセージの皮が破れ、中から肉汁が弾ける。
油の旨みが口の中で広がるのを感じていると、ワンテンポ遅れて、渚沙から返答が返ってきた。
「けど僕たちがハートと思っているものは、本当にハートなのかな?」
「もしかしたら、それはハートではないのかもしれない」
「だから神様は本当のハートを知ってるのかな?」
「だけど、知ってたとしても持ってるとは限らないか」
まるで、押し寄せるイナゴの大群の如き怒涛の語りかけに、俺は圧倒されていた。
全く意味がわからない、こいつはなにを言っているんだ?
真っ先に俺の頭に浮かんだ感情はこれだった。
俺は持っていたフォークをテーブルに置いて、一旦、食事を中断した。
これは渚沙との会話に集中するためだ。
彼はいつもこうだ、人の意見を求めるくせに肯定も否定もせず、自分の意見を再度語ってくる。
会話のキャッチボールがいつも一方通行になっているのだ。
そんな、自分勝手に見える彼でも、根は良いやつということを俺は知っている。
だから、次は渚沙の目を見て、半笑いの笑みを浮かべながらこう答えた。
「お前はいつも難しいことを言うな」
「哲学者みたいだな」
「ハートと思っているものは本当にハートなのかなって言われても、それは誰にもわからなくないか?だって俺たち人間だもん」
「そんなことより、目の前のミートソーススパゲティを早く食べないと冷めるぞ」
彼は、自分が注文したミートソーススパゲティが目の前にあることをよそに、疑問を投げかけていたのだ。
それを気遣って、俺はこう返答した。
俺の返答の後、彼は『ロダンの考える人』のような神妙な面持ちをしばらくしてから、一言「うーん」と、ため息と共に下を向いて、湯気がほぼ立っていないスパゲティを食べ始めた。
なにも返さないのかい…
心の中でつっこんだ。声に出したかったが、余計なことを言うとまたご飯が食べれなくなってしまいそうだったから、自己完結させた。
そして、中途半端に減ったミックスグリルを食べ進めた。
結局お互いご飯を食べ終えるまで、この話をすることはなかった。
それからは仕事の愚痴や最近あった出来事など、たわいもない話をしながら食事をしていた。
会計を別々に払い、俺たちは、店の外に出た。
2023年11月上旬、時刻はまだ午後4時だったが、冬期ということもあり、日の入りが早く、外はすっかり暗くなっていて丸電球の街灯が灯っていた。
今日は土曜日だからか、帰宅ラッシュもなく交通量はそこまで多くないように見える。そのせいか、少しだけ街は静かだった。
いつものように渚沙へ別れを告げようとしたとき、彼は聞こえないほどの掠れた声で呟いた。
「ハートってなんなのかな」
まだ考えていたのか、全く懲りないやつだ。
俺は少し呆れた気持ちになったが、特に聞こえなかったふりをして一言「じゃあまた今度な」と告げた。
彼の返答を待つことなく、駐車場の奥に停めていた自分の車へと歩みを進める。
車の前まで近づいたとき、背後から彼の声が聞こえた。
「じゃあね」
その言葉に反応して振り返り、渚沙の顔を見ると、彼は優しい微笑みをこちらに向けていた。
そして、また聞こえないほどの掠れた声でこう言った。
「いつかわかるかもね…」
あのときは、この疑問が心の片隅にすら留まらなかった…
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