安全な場所に運ぶ人
因幡寧
第1話
俺は物を運ぶ仕事をしている。いくら魔法が発達しても、空を飛ぶことだけはできない。だから、荷車が入れないようなところには、俺たちみたいなのが物を運ぶことになる。
「どっかの錬金術師がバカをやったみたいね」
目の前に広がる惨状を見て、魔女はそう呟いた。依頼主から概要は聞いていただろうに、そんなことをいまさらになって繰り返し言葉にするのはなぜなのか。
――
「これ、運べるの?」
「……持つ分には問題ない」
そう、持ち上げるだけなら容易だろう。たとえその砲千花の実が家屋の半分ほどの大きさで鎮座していたとしても。
「でも、どっかの錬金術師が言うには、これ、爆発するんでしょう?」
「らしいな」
「じゃあ、どうやって運ぶのよ」
「…………」
その方法が皆目見当つかないからこうして眺めるだけにとどまっているわけなのだが。
「ねえ、どっかの錬金術師さんもなにか案はないのかしら」
「ええはい、どうせ僕はどっかの錬金術師ですけど、もうちょっと言い方ありません? 一応依頼主なんですけど。お金払ってるんですけど!」
「で、案は?」
「……一応、通常の砲千花の実よりは衝撃に強いはずです。それでも細心の注意は必要ですけど」
「それってどれぐらい?」
「……わかりません」
「そうよね、知ってた」
魔女は不機嫌そうに眼を細めている。俺が依頼を受けることを決めてからずっとこの調子だ。いったい何が不満なのだろうか。
「そ、そもそもあなた。魔女って呼ばれてるならなにかできたりしないんですか。ほら、魔術とかで」
「私は塔を造るのに全部つぎ込んだから、今は何もできないと言ってもいいわ」
「……塔? ってなんですか?」
――魔女の言う『塔』とは、彼女が運命の出会いを求めて建造した通称『試練の塔』と呼ばれていたもののことだ。俺はそれをある依頼の達成のために踏破してしまい、それからずっとこの魔女に付きまとわれている。そこで長い時を眠って過ごしたと聞いているが、それにしては、その姿はあまりにも若々しい。つまり、時間を操作するような魔術もあの塔には編み込んであったのだろう。仕掛けも凝ったものばかりだったし、力を失うというのも納得できる話だ。……それにしても、どうして自分の無力をそう誇らしげに語れるのだろうか。
魔女は答える気はないらしく、腕を組んで空を眺めているだけだった。俺も、わざわざ説明する気はない。
「実際のところ、衝撃を与えてから爆発までどれくらいの時間があるのかしら。ある程度時間があるのなら、なんとかして空中に打ち上げればそれでおしまいのような気はするのだけれど」
「ふむ、確かに。依頼人。そこのところはどうだろうか」
問われた依頼人は少し考えるそぶりを見せた後、手で俺たちに少し待つようジェスチャーしてから地面に木の棒でよくわからない記号を羅列し始めた。魔女はそれらの意味が分かるのか横から覗き込んでいる。
「……あなた、兵器を創ろうとしてたの? その図式だと連鎖爆発するように見えるのだけど」
「と、とんでもない!? 兵器じゃないですよ! ……僕は、東方の上空発火現象を再現しようとしてたんです。幼いころに見た景色が忘れられなくて」
「上空発火現象……。あれは特殊な地形で魔素が集合するから起こる現象じゃなくて? 少なくともこんな物理的な爆発の連続ではなかったはずだけれど」
「い、いいんですよ。僕は現象を再現したいんじゃなくて、光景を再現したいんです!」
依頼人は勢いよく立ち上がり、上から図式を眺める。
「……よし。おそらく二十秒ぐらいは猶予があるかと」
「そこ、間違ってるわよ」
「――え? あ、ほんとだ」
再度座り込んだ依頼人が今度は覇気なく立ち上がり、もう一度結果を告げる。
「たぶん、衝撃から爆発まで五秒ぐらいです。はい」
ため息が魔女から洩れたのは、その猶予時間の少なさからか、それとも依頼人の計算間違いにあきれたのか。――まあ、どうでもいい。
「わかった。ではみな離れて――。……魔女、お前もだ」
「……あなた、それを打ち上げることができるの?」
「やったことはないが、やってみるだけだ。どちらにせよ他に案があるわけではないだろう。失敗しても幸いここは街から離れているし、依頼人の家が吹き飛ぶくらいだ」
「……いや、家吹き飛ぶのは困るんですけど」
「あなたは黙ってて」
「失敗しても弁償はする」
「あなたもそんな無責任な約束しない! 弁償できるほどもうかっているわけでもないでしょう!?」
「あー、もう」と魔女はしきりに言葉にする。やはりいつもと比べるといら立っているように見える。原因には心当たりがなく、ゆえに聞く。
「何が気に入らないんだ、お前は」
「…………」
「砲千花は衝撃がなくとも時間で爆発する。そうだな、依頼人」
「……ええ、はい」
「なら可能性がある方法でやってみるべきだろう。このまま手をこまねいていても最悪の結末が待っているだけだ。さっきも言った通り幸いここは街から離れているし、失敗しても依頼人の家が被害に遭うだけ――」
「そこ! そこが気に入らないのよ私は。あなたが打ち上げるのに失敗した時、真っ先に被害にあうのはあなたなのよ?」
「……だが、仕事に危険はつきものだろう。俺は俺の中でそのことには納得している。だから構わない」
「――私が! 納得してないっての!!」
叫んだせいでゴホゴホとせき込む魔女は、しばらくして落ち着いてから大きな大きなため息を、それはもうわざとらしくついた。
「……どうせ、仕事だからって結局やるんでしょう? だから、約束しなさい。絶対に成功するって」
「……あの、別にそこまで危険を冒すならもういいんですけど」
「黙って」
「はい……」
依頼人はとぼとぼと砲千花から離れていく。なんだか魔女がひどいことをしているような気がしないでもない。あとで謝っておくべきだ。そう思う。
「成功の約束なんてできないが」
「いいの! 無理でも約束するのよ! はい、私は絶対に成功します!」
「……私は絶対に成功する」
「よろしい。私はそばで見てるから。あなたは成功するんだから」
「いや、」
「…………」
「わかった。ではやってみよう」
……五秒となると、上空に到達するまでの時間でその半分以上を使い果たしてしまうだろう。なら、手で持ち上げる時間も惜しい。
深呼吸し、目標を見据える。よし、ここは――。
駆ける。砲千花の実にできるだけ近づき、そこまでのスピードをすべて振り上げた足に乗せた。できるだけ身体を落とし先のことは考えず地面をこすり上げた足は、確実にその実をとらえ、そして。
「おぉおおオ――!」
蹴り上げる。そのまま倒れこんだ俺は、空高く打ちあがるそれを視界にとらえた。
直後、拡散する種。上空に黄色い火花が舞った。先ほどの魔女と依頼人の会話から予想はしていたが、あれはただ砲千花の実を大きくしたものではなかったらしい。無軌道に広がっていく種はまた爆発し、空を明るくした。
「――っ」
魔女が不意に倒れこむ俺の前に立ちふさがる。そこでようやく俺もこちらに向かってくる種に視線が奪われた。
「こんのぉ!」
俺が声を上げる間もなく、魔女の目前にそれは飛来する。だが、衝撃音と共にそこにとどまった種は何かに当たったかのように跳ね返り、魔女の正面、少し離れたところで爆発した。爆風だけが、頬を撫でる。
……つまりこれは、助けられたということになるのだろう。俺が、魔女に。
全てが収まった後、肩で息をしている魔女にかける言葉が見つからず、何よりも先に出てきたのは純粋な疑問だった。
「塔を造るのに全部つぎ込んだと言ってなかったか?」
「……全部って言っても、残りカスぐらいはあるわよ」
「そうか」
立ち上がり、状況を確認する。砲千花の種の欠片なのか、何かキラキラとしたものが周囲一帯に舞っていた。依頼人の家屋は――無事ではないようだ。
俺のところにまで種がやってくる時点で、その結果は当然だと言える。家屋にはいくつかの穴が開き、中で爆発したのか、少し見える内装はボロボロになっていた。
「家が壊れたのは、まあ悲しいですけど、別にいいです。昔の光景が少し、思い出せましたから」
穏やかな表情で、家屋を眺める俺に向かって依頼人はそう言った。俺の謝罪の言葉すら、依頼人は受け取ろうとはしなかった。ただ、これを完成させた暁にはぜひ見に来てほしいと、そう言って依頼人は後片付けに向かった。
「……約束を破ってすまなかった」
押し切られる形とはいえ、成功を約束したのにこれだ。だからこそ謝ったのだが、魔女は不服そうに腕を組んだ。
「そんなのはいいのよ別に。……それより、言うべきことが他にあるんじゃなくて?」
「……?」
「……? じゃないわよ! 助けたでしょ! 私、あなたを助けたわよねえ!?」
「あ、ああ。すまない」
「謝るんじゃなくて、ありがとうって言えばいいのよここは」
「――。……感謝する。お前に助けられなければ、俺は無事では済まなかっただろう」
それでようやく魔女は満足げにうなずいて、踵を返した。
「じゃあ帰りましょう? 私たちの家に」
「俺の家だ。お前の家はあの試練の塔だろう」
「相変わらず突き放すわね!」
周囲にはまだ少し砲千花の欠片が舞っている。白い肌で現実味の薄い魔女がキラキラと輝くその中を歩くのは、ほんの少しだけいい風景に思えた。
安全な場所に運ぶ人 因幡寧 @inabanei
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