黒の流星と呼ばれた俺が故郷を滅ぼした魔族を殲滅するまで
晴れが好き
第1話
のどかな日だ。燦々と降り注ぐ太陽の光に少しの雲。
こんな日にはちょっと森の方で日向ぼっこでもしたいな、などと呑気なことを考えていると頭に衝撃が走り、視界がチカチカする。
「いってぇぇぇ! 」
「稽古中にぼうっとしてるからだ」
木刀を右手に持った、眼光の鋭い50代ほどの男が溜息をつきながら言う。木刀で叩いたのはこの男───ガディで間違いないだろう。
「それにしたって、木刀で殴らなくてもいいんじゃ·····」
「ハァ·····」
ガディはやれやれ、といった態度で再度溜息をつく。まるで出来の悪い子供を相手するように。
「こんな辺鄙なとこじゃ魔物が急に出てくることも少なくないんだから、油断は命取りになるんだ。セツナはそもそもな───」
「わかった。わかったって。僕が悪かったよ。よし、稽古を続けよう!!」
「全く·····まぁいいか。じゃあ対敵した時の足運びの仕方の続きだ」
説教が長くなりそうだったので、早めに謝り稽古への意欲をガディに見せる。
ここポール村はハザール王国の東の端くれにある、辺境の村だ。
旅のものが来るのも稀で、商人が来るのも半年に1回あるかないか程度。
やれ第何王子が死んだ、やれ第何王子が王位継承権筆頭になっただのの世間の情報なども知るのが1年後程度になったりするのは、ざらにあるほどの辺境である。
そのため、この辺りに魔物が出没するのも当然のことだろう。
この地域を管轄する貴族は職務をサボりがちで、魔物の間引きを年に3回ほどしか行わない。
他の領では一月に1回は行うらしいが、定かでは無い。重要なのは間引きが明らかに足りず、魔物の被害が毎年のように出るということである。
冒険者ギルドの支部は規模が町以上の場所にしか設置しない。
ここから最寄りの町まで馬で2、3日かかってしまうため、救援を出したとしてもこの辺鄙な村まではかなり時間がかかってしまう。
これらのことから、村人自身が強くなって村を守るしかないという結論に至ったそうで、この村では魔物と戦える者が非常に多い。
要は自分の身は自分で守れということだ。
今はガディに付き添われて魔物との戦闘訓練をしているが、あと数年も経てば本格的に魔物を討伐していくことになるだろう。
セツナの出生は少し特殊なものだ。
祖母が凄まじい功績を残した魔法士のようで、宮廷魔法士を辞職した後にこの村で隠居。
そんな祖母を持つため、セツナは村人ではありえないほどの魔力を所有している。
それを持ち腐れにする理由もないため、幼い頃から村で1番強いとされるガディに稽古をつけてもらっているのだ。
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「はぁ、はぁ、しぬ〜」
夕焼けで赤くなる空の下。
セツナは絶賛草の上に寝転がっている最中だった。
体の節々が痛く、筋肉が悲鳴を上げている。
立ち上がる気力すらない。
「今日の稽古は終わりだ、よく頑張った。また明日な」
ガディは稽古終わりは優しくなり、よくセツナを労わってくれる。
こういうところもあり、稽古では厳しいガディを嫌うことは出来ないのだ。
「あぁ」
口を開くのも億劫なため、短い返事で応答する。
その返答を聞いた後、ガディは自宅へと戻っていった。
「僕も帰るか」
痛む体を叱咤して起き上がり、帰路に着く。
弟と母さんが待つ家に帰れるとなると途端に気分が上がり、早足になってしまうのも仕方の無いことだろう。
セツナの父は流行り病に侵され、若くして亡くなってしまった。
その日からだろう。母さんと弟は自分が絶対に守っていこうと心に決めたのは。
「ただいま〜」
疲れからか間延びした帰宅の挨拶になってしまう。
「おかえり·····!にいちゃ」
廊下の奥から4歳ほどの少年が駆けてきた。可愛い可愛い自慢の弟、アキだ。
「お、ありがとうねぇ、アキ」
「そういえばにいちゃ、ママが頼み事があるんだって」
「わかった。なんだろうな」
弟からの報告を受け、セツナはキッチンで作業をしているはずの母の元に向かう。
「ただいま母さん。頼み事があるんだって?」
予想通り、キッチンで鍋料理の準備をしていた母に声をかける。
「おかえりセツナ。そうなのよ。稽古で疲れてるとこに悪いんだけど、ちょっとクジク草が足らないっぽくてちょっと採ってきてもらえないかしら」
クジク草とは茎が少し細めの葉の大きい植物で、この村ではよく使われる調味料の一つだ。
「わかったよ、ちょっと多めに採ってきた方がいい?」
「うん、お願い。気をつけてね」
「はーい」
家の食事を支える母の要望とあらば是非もなし。暗くなる前に採ってきてしまおう。
セツナは魔物が出た時のために真剣を装備し、とんぼがえりで外に出る。
頭の中にこの辺りの地図を思い浮かべながら、クジク草が植生する地域を導き出す。
小走りで森の中を進むこと約20分、セツナは目的地周辺に辿り着いた。
「確かこの辺りにあるはず·····
────── あった、あれ?」
想像していたより、発見できたクジク草の数が少ない。
「しょうがない、他のとこも探すか」
セツナは収穫したクジク草を所持している麻袋に入れ、他の生息地の位置に向かって再び足を進める。
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ざく、ざくと木の葉の踏む音が静かに森に響く。
「思ってたより遅くなったな、早く戻ろう」
セツナはそうひとりごちる。
すっかり日は落ちて、辺りは暗い夜の闇に包まれてしまった。
セツナはガディと魔物との戦闘訓練や、夜の闇に目を慣らすことなども行っているため、この程度の暗さであれば帰ることに支障はないほどに動ける。
「はぁっ、はぁっ」
行きよりもスピードを上げて村に向かって走る。
途中でふとセツナは立ち止まった。
「なんだこのにおい、何かが燃えるにおいか?」
かすかに鼻が反応したのは木などが燃えた時にでるにおいだ。
しかし感じたのはその一瞬だけで、分からずじまいになってしまった。
夜間の鬱蒼とした森は煙が視認しづらいため、遠くからでは何が起こっているか確認できない。
無意識に帰る足が早くなるセツナ。すでに全速力に近い速度で森を疾走していた。
「やっぱり何かが燃えてる」
セツナは小声で呟いた。
村に近づくごとに間違えようがないほど炎の気配が強まっていく。
嫌な予感がする。
出来れば当たって欲しくない予感。
しかし、悪魔の囁きか、その予感は現実となる──────
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燃えていた。
セツナが村に到着して見た景色は、地獄絵図そのものだった。
黒い肌に天に伸びる鋭い角、血を彷彿とさせる紅の眼、剥き出しのキバ、およそ人間では無い姿を持つ人型が村を蹂躙していた。
セツナの知識上でこの外見に当てはまる生物はひとつしかない。
1人で人間数百人分、あるいはそれ以上の戦力を持つとされる、言葉通り一騎当千の種族、魔族である。
しかし人族の国家と魔族は不可侵条約で結ばれているはずだ。お互い殺生を禁じているのに何故。その疑問がセツナの頭の中を埋め尽くす。
「キャアアアァァァ!!!」
誰かの悲鳴が村のどこかから聞こえる。視界に映る半分以上の家は燃え盛り、知り合いがそこら中に屍となって転がっていた。
「あぁ、、、なんで、、、、、なんだよこれ、、、、、何がおきてるんだよ、、、、、」
セツナの口から、微かな嘆きが漏れる。
しかしその時、家族の顔が思い浮かんで停止していた思考が再び動き出す。
「そうだ、母さん、アキ。頼む、無事でいてくれっ」
セツナは魔力で体を強化して、最速で自宅のある場所へ疾駆する。
「っ」
「ん? 生き残り発見。しかもガキじゃねぇか」
家に戻る道中でセツナが1人の魔族と遭遇する。おそらく人を殺したばっかであった魔族の爪からは血が滴っていた。
魔族本人のものである可能性もあるが、その確率は0に等しいだろう。
「くそっ!!! まだ、ここで死ぬ訳には行かないんだ!!」
そう呟き、セツナは赤属性の魔法を構築し起動する。
「『炎砲』」
生み出すのは火柱。
指向性をもたせて幅を限定すると、セツナの体が凄まじい勢いで押し出される。
「うおっ!」
セツナが魔族の横を通り過ぎる。
魔族が子供相手だからと油断していたためだろう。そうでなければ接敵した瞬間に切り刻まれていたのだから。
「鬼ごっこのつもりかぁ? 遊んでやるよ」
今出せるトップスピードで走るセツナの後ろをのろのろと追いかけてくる魔族。
子供が魔法を不意に発動したとしても、取るに足らない相手と判断したのだろう。
だが、それで稼げた時間があるためセツナとしては願ったり叶ったりだ。
他の魔族と遭遇しなかった幸運もあり、ものの数十秒ほどでセツナは家に辿り着いた。
先程まで綺麗だったはずの家は、業火に包まれ変わり果てた姿でそこにあった。
「母さん!!!!アキ!!!!」
到着するや否や、名前を叫び家族の姿を探す。
──────見つけた。
「っそんな、、嗚呼ぁ、、、あ゛あ゛ああぁぁぁああぁあぁぁあああぁぁぁあああぁぁあぁぁぁああああぁぁああああぁぁぁ!!!!!!!!!」
セツナの絶叫が村に響き渡る。
そこにあったのは、首から下の体がないアキの顔。そして、腕と足が切断され胴体が八つ裂きにされた母の無惨な姿だった。
その光景は、わずか12歳の少年の心を打ち砕くのに十分な威力を持っていた。地に膝をつき、項垂れるセツナ。
生きる意味を失い呆然としているところに、先程の魔族が現れる。
「鬼ごっこはもうおわりかぁ? 案外早い終わりだったな」
追いついた魔族が凶悪な牙を覗かせながら、愉快そうにせせら笑う。
「おい、ガルなにしてる。そろそろここを離れるぞ」
絶望を重ねるように、もう1人の魔族がそこにやってきてガルと呼ばれる魔族に村から移動することを告げる。
「おー、そうか報告ご苦労さん。んで、そいつは?」
「あぁ、こいつか。さっき戦ったやつで人間にしては結構強かった奴だ。帰って食う」
「人間食うとか、相変わらず物好きだな」
ガルがなんでもないことのように言って軽く笑う。
「ガディ··········」
無意識に漏れた声だった。
セツナはその会話をきいてふと見ると、魔族の手には1人の人間が掴まれていた。
心臓の位置の胸にぽっかりと穴が空いており、すでに事切れていることが分かるガディの姿がそこにあった。
セツナの絶望は加速する。親しい人達の死の連続、村の壊滅、すでに許容できる心への不可を優に逸脱していた。
「さて、このガキ殺して行くとするか」
次の瞬間にはセツナの胸から背中へと魔族の手が貫いていた。
「かふっ」
セツナの口から血が溢れ出る。内蔵が破壊されたのだろう。血液が体から凄まじい速度で失われていき、もう呼吸もままならない状態。
自身の命がもう幾許もないことを悟る。
しかし、これでいいと思う。全てを失って、何を目的に生きるというのか。
何も分からない。
空へ飛翔し飛び去っていく魔族の集団を目に焼き付けながら、セツナの意識は暗い場所へと沈んでいった。
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初めての作品のため、色々たどたどしいところもあると思いますが、よろしくお願いします。
3日に1度更新出来ていければいいかなと思っています。
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