ファッ神!
サイネ・キクジン
第1話 届かない幸せ
ふ~ん、ふふ~ん。
俺の名前は
今日も高校生らしく、洗面所の前に立ち、鏡を見ながら覚えたてのワックスでたどたどしく髪をセットしていく。
「よし! こんなもんかな!」
今日の俺は前髪を七三の位置で分けて、髪をワックスで全体的に立体感を出して、毛先を遊ばせる。――――といってもいつもこれしかできないんだけどな。ほんとうならいい美容院とかいって特徴的な髪に切ってもらって、高いワックスを買い、高級なドライヤーでしっかりと整えていきたいし、もっと時間をかけてセットしたい。
――――だが、俺にはそんなことはできない。
なぜなら俺はよくある母子家庭で育ち、経済的に少々厳しい家庭の子供だからだ。俺は今思春期だから、髪とか服にお金をかけて、女の子に良く見られたいがそんな余裕は無い。それどころか、毎日「家計は大丈夫なんだろうか?」と心配しながら母親のご飯を食べ、それをエネルギー源に学校に行く前は新聞配達、放課後は近くのコンビニやスーパーでアルバイト。土日や祝日は倉庫整理のアルバイトをしている。母も同じように毎日パートに明け暮れていて、休日は布団でぐったりという感じなので、俺が洗濯や掃除などをしているので俺が俺のためだけに時間を割くことはほとんどできない。そうしないと日々の生活費や俺が大学に行くためのお金が無いので仕方のないことだ。
「――――今日も放課後にコンビニか」
俺はもう時間が無いので、急いで支度をして、母が早朝に作ってくれた弁当を持ち、カバンを肩にかけて家を出る。
「いってきま~す」
まるで大家族に見送りをされるような声で家を出るが、家には俺以外いない。母はもうすでに出勤していて、朝はほとんど俺一人だ。
俺は二階建てのアパートに住んでおり、毎朝いつ崩れるかも分からない錆びた金属の階段を降りて学校まで走る。いつも遅刻ぎりぎりだ。
朝の新聞配達は欠かせないので、髪をセットする時間を削ればいいのではないかと思うが、せめてものカッコつけとして、このワックスの時間も欠かすことができない。だからいつもこうやって通学路を走っている。
こうして俺は、いつものぎりぎりの時間に学校に到着した。
「ふぅ~、間に合った」
俺は額にかいた汗を制服の袖でぬぐい、一度深呼吸をして門をくぐる。
――――県立
ここが俺の通う高校だ。ここは県内でもそこそこ偏差値の高い高校で、大学の進学率も高い。いわゆる進学校というやつだ。俺はここの一年生で、つい一ヶ月前に入学したばかりだ。
だが、ここは普通の進学校とは一つだけ違う点がある。それは――――、
「ハイ! ハイ! ハイ!」
「もっと足を上げて! そうしないと脂肪は落ちないよ!」
この朝礼寸前までランニングを行っているファッション部があることだ。この部は文化部ながら、こうやって毎朝己の余分な脂肪を落とすために自主的にグラウンドで長距離ランニングを行っている。
「よくもまぁやるもんだな」
ファッション部は部員数百名を超える大所帯の部活だ。部活間のヒエラルキーもそうとう高く、あの野球部やサッカー部やバスケ部よりも予算が多かったり、場所の優先権も高い。なので、この部活を目当てにこの学校に入学してくる人も多い。
「ふぁいお! ふぁいお!」
もはや軍人だろ。こいつらで日本救えるんじゃないのか?
俺はこの軍人訓練を横目に、グラウンドの端っこを歩いて下駄箱に向かう。
が――――、
「――――あ、赤月くーん!」
こんな冴えない俺に声をかけてくる女の子が一人。しかもその声の方向はあのきらきらと青春を謳歌している陽キャラ軍団からである。
「おーい! 赤月くん! おはよーう!」
「――あ、おはよう」
遠くから走りながらあいさつをしてくる金髪のショートカットの名前は
彼女は入学時からなぜか俺に馴れ馴れしい。別に嫌では無いが、彼女はそこそこの美人なので、もし俺と付き合っているなんて噂が流れたら面倒くさいことこの上ない。
「――――あれー?! 聞こえてるー?! おはよー!!」
――遠いって。こっちはお前みたいに朝からそんな大声はでません。
俺は挨拶を再度できる限りの声量で返そうと思ったが、もし万が一それが届かなかった場合、挨拶を無視されたとあいつは勘違いするだろうから、ここはあえて聞こえないフリをしてそそくさとその場を立ち去った。
――――そして、一時限目がいつも通り始まり、時間はお昼休みまでやってきた。
俺は机の横にかけている鞄から、男子高校生にしてはやや小さめのお弁当を取り出す。
「よいしょ」
「よいしょ!!」
俺の前に朝の金髪少女がやって来た。彼女の手には俺と同じくらいのサイズのお弁当があり、可愛くピンクの風呂敷で包まれていた。
「ねーねー、それだけで足りるの?」
「足りないよ。でも、これくらいしか食べられないからな」
「――――ん? どゆこと?」
彼女はマジで分からないという感じで首を傾げる。
――――察しろよ。世の中には食べたくても食べられない人もいるんだよ。
「それより、なんのようだ?」
「あ、そうそう。赤月くんってさ、ファッション興味ない?」
「急になんだよ。まぁ、ないこともないけど――」
「そっか! ならちょうどよかった!」
彼女は弁当を俺の机の上に置き、両手を軽く合わせて、満面の笑みでこちらを見てくる。
「なにがちょうどいいんだ?」
「今日の放課後さ、ファッション部に来ない?」
「――――は?」
「今、部員を大募集中でね、赤月くんさえ良ければ入って欲しいんだけど……」
なんと、部活のお誘いというやつか。
正直こんな可愛い女の子に入部を誘われたら二つ返事で乗るところだが、今の俺には部活をする余裕なんてない。
「あー、すまん涼森。俺あんまり部活とか興味ないんだ」
「――――そっか。じゃあまた気が向いたら言ってね。いつでも大歓迎だから!」
彼女は少し残念そうな顔をしていたが、その顔を即座に整える。そして、前の席の椅子をガラガラと引きずり、目の前にある弁当を開けて、「おいしそーだー」とか言いながら持ってきた椅子に座る。
「なんでここで食べるんだ?」
「――――えー、別にいいじゃん。もしかして嫌なの?」
涼森は下から覗き込むようにこちらを見るが、彼女は顔が良いので、俺は反射的に照れてしまった。
「う、上目遣いなんてすんなよ」
「あれ〜、もしかして照れてる感じ?」
彼女はとても楽しそうだ。俺の童貞臭い反応を見てニヤニヤしている。
別にこの空間が嫌というわけではない。こんな可愛い女の子が俺と二人でお昼ご飯を食べてくれるし、朝も俺に愛想よく元気に挨拶をしてくるのでむしろ嬉しい方だ。普通の男子高校生なら今頃告白して付き合っちゃってるかもしれない。
だが、俺はどれだけ彼女とこんな楽しい時間を過ごしても恐らくここから何かに発展するようなことはない。なぜならもし付き合えたとしてもお金と時間が無いので、存分にカップル生活を楽しめないだろうから、俺はこの楽しい空間が少し苦しくもある。
この普通であれば手が届く幸せに、俺は手が出せないということを実感してしまうからである。
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