第15話 巨大オークとの対峙

 切り立った崖の下で対峙しているのは宗一達の四人と巨大なオーク、そしてその肩に居座る真っ赤な汚泥を固めた様な異形が一つ。周りを黒い霧──瘴霧が満遍なく覆っており、日が昇っているかも確認出来ないほどの濃さを保っている異常な状況の中で、宗一は背負った筒から仕込み杖を取り出し、ぐっと握りしめた。


「全員広がって距離を取れ、宗一とヴィルナが両脇、リーナが正面だ!」


 セーニャの一言で全員がさっと広がり陣形をとった。見上げる程に巨大なオークはそれを眼前にしつつもただ呻き声を上げて虚空を見詰めている。その場に居る全員がオークの一挙手一投足に注視しているが、宗一だけがオークの顔より少し視線をずらして目を凝らしている。


(あのオークは此方に視線すら向けないが、その肩に居座る異形は身体中に付いている数多の眼から繰り出す視線を綺麗に四等分して確りと俺達を見ている。ぐねぐねと身体を蠢かしているのは何かオークに伝えているからだろうか。異形が見えるのは恐らく光の資質を持つ俺とセーニャだけだろうから、異形の動作に注意しないと…… )


「ヴィルナ……この矢を怨んでくれるなよっ!」


 言うが否やセーニャは素早く箙から矢を一本取り出すと、流れるような動作で矢をオークの顔に向けて放った。それは短弓から繰り出されたとはいえ充分な威力に見える。

 矢は鋭い弓なりの放物線を描きながらオークの額に命中したが、その頑健な額に弾かれて傷付ける事すら叶わなかった。矢は確かに真芯で額に命中したのだが、オークは矢に対して反射的に目を瞑っただけである。それだけこの化け物染みたオークの身体が強固になっているのかもしれない。宗一は今更ながらこのオークに対して恐怖を感じた。


(オークは前に見た時よりも一回り、二回り……いやそれ以上に大きくなっている。前に対峙した時は蔦を利用したロープで足を引っ掻けたが、これ程の巨体となると前と同じ方法ではとても体勢を崩す事など出来ないだろう。どうする……俺はどうやってオークの左肩に居座っている異形を倒せばいい……?)


 宗一は滲み出る脂汗を拭うこともせずに異形を睨み付けていた。異形もまた幾つかの瞳を宗一に割り当てて睨みを効かせていたが、その膠着状態を破るかのように隣から噛み殺したような笑いが聞こえてくる。「くっくく……」「ぷふっ……」等と緊張感の無い声が聞こえる方に目線だけをやると、リーナが歯を食い縛りながら、溢れでる笑いを我慢しているようであった。


「リーナ? 何をそんなに笑っているんだ? とてもじゃないが、今はそんな気楽に笑っている場合じゃないぞ!」

「だ、だってぇ……くくく……セーニャがあれだけ威勢よく言いながら放った矢が……ぺいんって弾かれて……くく……笑っちゃうだろそんなの! だ、駄目だ……ぶふふふふふ……っ!」

(駄目だ、思い出したら駄目だ! そんな緊張感が無い事を言われたら俺までちょっと笑ってしまう! 考えるな、考えるな……ぺ、ぺいんってどういう音だよ、ぺいんって……)

「……ぷ、ふふっ」

「このっ、馬鹿者共がぁっ!!」


 宗一が破顔したのを皮切りにセーニャは手で持った弓でべちんべちんと二人を叩いた。その顔は己を小馬鹿にされた怒りのためか、或いは羞恥によってセーニャの白い肌をほんのり赤らめていた。


「もっと緊張感を持て! 戦闘中なのだぞ!」

「それは俺も重々承知なんだけど、リーナが一々茶化すから!」

「だ、だってあんな大層な事を言った矢がぺいんって弾かれたんだぞ!? そんなのされたら例えここが王の御前でも笑ってしまうだろ! な? 宗一もそう思うだろ!?」

「おい、俺に振るなよ! 大体何なんだよそのぺいんって……ぺいんって音は……ぷふふふっ!」

「こらぁ! わ、笑うな! そのにやけ顔をぶっ叩くぞ! 大体な、この短弓が思ったより威力が出なかっただけなのだから一々茶化すんじゃない!」

「いたたたたた! もう叩いてる叩いてる! 茶化したのも散々笑ってたのもそこのリーナだろ!」

「そりゃ私だけど……なぁ?」


 ニマニマという笑いを押し殺して此方を見るリーナから宗一は必死に視線を逸らす。その顔は何かを訴えているような顔付きで、暗にセーニャを揶揄しているのは火を見るより明らかである。この弛んだ緊張感の中でそんな顔を見てしまってはとても吹き出すのを堪えられそうに無い、宗一はリーナが「おい、なぁってば」との呼び声にも決して顔を向けなかった。今にも吹き出しそうな自らの顔をセーニャに見られる訳にはいかないのである。


「三人共、何をやってるですか! 上を見るですよ、上ぇぇーーっっ!!」


 それは悲鳴にも似たヴィルナの叫び。三人は即座に上を見上げると、そこには岩石にも似たオークの拳が迫っていた!


「え、ちょ、逃げろぉーーーっっ!!」


 宗一が叫びながら身体を必死に逃がすと、セーニャは軽やかに身を翻して距離を取る。そして次の瞬間、落石でも起きたかのような轟音と衝撃が宗一の身体を襲い、その身体を大きく震わせた。


「危なかった……拳を振り落とすだけでこの威力かよ……」

「あぁ、凄まじい威力だ。だから二人ともきちんと緊張感を持ってだな……って、リーナは何処へ行った?」

「え、そっちに居ないのか!? そんな……嘘だろ、リーナ? リーナ!?」


 宗一が辺りを見回してリーナの姿を探すが、辺りを拳に巻き上げられた土埃が覆っていて見辛く、自身の周りにもセーニャ達がいる後方にも姿が見当たらない。そんな、まさか拳の下に……最悪な事態が宗一の脳裏を過る。


「おい、冗談だろ、リーナ……リーナァァーーッ!?」

「煩いぞ宗一! いいか、セーニャ共々しっかりとその目で見ていろ!」


 その声に顔を向けると、巻き起こされた土埃を縫って駆けていたリーナが今まさに魔装具である槍をオークの脚に突き刺そうとしていた!


「その目でよく見ておけ! これが本物の攻撃というものだ! ヴィルナの兄とはいえ私は容赦をせん! この脚は貰い受けたぞ、獣閃衝哮ぉーーっ!」


 リーナの叫びに呼応するかの様に胸元の魔石が輝きを増した! そして次の瞬間、凄まじい爆音を伴って槍の穂先から衝撃波が迸った!


「……どうだぁっ!?」


 リーナの叫び声と共に巻き上がる衝撃波と土埃を避けるように宗一達は両腕の隙間から事の成り行きを見守る。リーナが放つ技の威力はオーク数人を文字通り木端微塵にした折り紙付きの大技である。その技を受ければいくら巨体とはいえ、オークも無事で済む筈が無い。三人はは期待を感じずにはいられなかった。


「グオオォォォオォォォォーーーーーーーーッッッ!!!」


 それは己の片脚を失ったオークの痛烈な叫び……では無かった! リーナが突き立てた穂先を丸ごと覆うような土埃からぬっと現れたのは先程と寸分も違わないオークの巨大な脚である。その余りにも予想と反した出来事にリーナは槍もそのままに身体を硬直させるが、オークと異形はその数多の目でリーナに狙いを定め、掌を薙ぎ払う様に振るった!


「リーナァァーーッ! 全然効いていないぞ! 駄目だ、そこから早く逃げろぉぉーーっ!」

「あわ、あわわわわわ……撤退、てったーーーいっ!」


 リーナは宗一の声に慌てて振り返り、そのまま全力で走り出した。その直後に自身の後ろをオークの巨大な掌が空振り、凄まじい風圧がリーナを襲う。もし避けれなかったら……と、それはリーナの肝を存分に冷やした。リーナはそのまま必死に誰よりもオークと距離を取ると、宗一達も急いでそこへと駆け寄った。


「……ふ、ふぅ……追っては来ない、みたいだな……」


 息を切らして絞り出すような宗一の声に、三人は安堵の表情を浮かべる。オークは此方を気にすることもなく、明後日の方向を見つめて突っ立っていた。しかしその左肩に居座る異形は未だ此方から視線を外してはいない。宗一は纏わりつくような視線を感じながらも三人に向き合う。作戦が必要だ、オークの巨体に対して何か策を考えなければならない。


「あ、危なかったぁ! 死ぬかと思った! あれは私でなければ避けられなかっただろう……あぁ、もしかして私の攻撃が効いていないようで実は効いていたのかも……っ!」


 リーナは九死に一生を得たと言わんばかりの息の荒さで語るが、セーニャは溜め息を一つ吐いて呆れ顔である。


「……何が本当の攻撃だ、容赦はせんだ、この脚は貰い受けただ! オークは傷一つ付いていないではないか! そんな体たらくでよく私の放った矢を馬鹿にしてくれたなっ!」

「ふんっ! いや、私の攻撃はセーニャの矢よりは確実に効いていた! 平気そうに見えてあのオークの脚はもう折れる寸前に決まっている! お前が放ったぺいんって弾かれたヘロヘロ矢と一緒にするな! この馬鹿、馬鹿エルフ!」

「ば、馬鹿だと!? 最古のエルフとも言われるクイン様を長に持つこの私を馬鹿だと言ったのか! 長命種の頂点に座し、遥か昔に貴様等短命種に知恵を授けてやった我等エルフに向かって馬鹿とは何たる言い草! この阿呆、阿呆騎士……いや、そういえばお前は騎士未満だったな! 騎士にも足り得なければ胸も足りぬわ、この無い乳!」

「な、ななななんだとぉ! 言うに事欠いて無い乳とは無礼だぞ! 大体貴様みたいに意味もなく胸が腫れ上がっている方が醜いというのだ! それに比べて私を見よ、この私の様に御淑やかな女性は胸も慎ましい! 王国王都では私の様な者こそが気品があるとされているのだぞ! 分かったか、この馬鹿乳ド田舎馬鹿エルフ!」

「ド、田、舎……? ド田舎だとぉっ! 馬鹿乳はリーナの様な貧乳による負け犬の遠吠えだと甘んじて受けてやるがな、この全ての生き物を育む肥沃な大森林をド田舎という軽薄な言葉で汚すとはとても聞き逃せぬわ! それに馬鹿エルフも普通に許せん、あのオークの前に先ずリーナから片付けてやる!」

「貧乳言うなぁ! 私の胸は清貧の表れなんだ! 此方こそセーニャのその無駄な塊に慎みというものを教えてやるわ……かかってこい!」

「おい、こんな時に二人ともいい加減にしろって……っ!」


 二人の諍いを治めようと宗一は間に割って入るが「宗一はちょっと黙ってろ!」と弾き出される。この二人はこんな時に一体どうしたものかと頭を悩ませる宗一の前でヴィルナがもぞもぞと胸の辺りを手でまさぐっていた。


「んっ、ん……? ぅん……ん……♥️」


 後ろではセーニャとリーナの言い合いは激しさを増すばかりだが、目の前ではあどけなさの残る顔付きを上気させて、ヴィルナが自身の胸をまさぐりながら微かな嬌声を吐息と共に漏らしているのだ。宗一は困惑しながらもヴィルナから目が離せずにいた。


 やがてヴィルナは何かに納得したかの様に頷くと、トテトテと宗一に近付きそっと「んふ、私はぁ、並乳ですぅ❤️」耳打ちをした。


「そ、それは今確認する事なの?」

「宗一がぁ……気になるかと思ってぇ……♥️」


 しなだれるような甘い耳打ちの後、ヴィルナはそのままセーニャ達に割って入ると両手で二人を無理矢理ぐいっと押し広げた。


(波乳……いや、並乳って……そうか、時々腕に胸が当たっていたけど確り柔らかかったものな……いやいや、今はそんなことを考えている場合じゃないだろ……)


「んもう、二人とも何をやってるですか! 如何に兄上が此方に向かって来なくても今は戦闘中ですよ! しっかりするです!」

「くっ、まぁとりあえず今は休戦にしといてやる。覚えておけよ貧乳!」

「ぐぬぬ、馬鹿乳め……貴様こそ後で覚えておけよ!」

「こら! いい加減にするです!」


 二人はヴィルナに諌められて燻りながらも休戦の形を取った。セーニャは鼻息を荒くしながら離れた位置で彼方を見詰めるオークの様子を見る。


「ふむ、隙を見せても此方に向かってくる意思は無し、か……」


 セーニャのまるで先程の喧嘩は作戦の内だと言わんばかりの態度に宗一は絶対に嘘だと抗議の視線を送るが、セーニャはバツが悪そうにぷいっと顔を背けた。


「しかし、これは思ったよりずっと手強そうだ。離れれば攻撃されないだけ良いのかもしれないが……どうする……?」


 四人はオークへの警戒を怠らずに話し合う。


「簡単な事だ! 貴様等が私を援護する、そして私がこの魔装具でずばーん! どうだ!?」

「それはオークに全然効いていなかっただろ! さっきも命辛々逃げてたっていうのに……」

「いや、そう思わせて実は……効いてる、のかも!?」

「リーナ、悪い事は言わないから止めておけ。憶測で行動をすると次は命を取られるぞ?」

「そもそも何故オークは此方に追ってこないんだ?」

「私は兄上の後に神殿が隠されているからだと……私達を彼処へ近付けないようにしているのだと思うのですよ」

「むぅ、一理あるが……それが全てだろうか?」


 それから四人は色々と意見を出し合いオークへの対策を練るが今一つ意見が纏まらない。それは宗一とセーニャだけが知る異形の存在が他二人との意識の齟齬を大きくしていたからである。どうする、異形の事をリーナとヴィルナにも話すべきであろうか。いや、見えない物を説明するのは難しい、宗一は頭を悩ませた。


「うーむ、これでは中々全員の意見が纏まらんな……宗一、お前の考えを教えてくれ」


 セーニャは話し合いの終始、異形の事を口にする事は無かった。その意図を踏まえて宗一は「一つ、案がある」と話し始めた。


「オークのあの巨体、どうにか倒す事は出来ないだろうか?」

「……宗一、頭は大丈夫か? それを正に今皆で話合っているんだろ? もしかして頭パッキャキャマドか?」

「……ヴィルナ、リーナの言ってるパッキャキャマドって一体何の事?」

「王国で売られている子供向けの玩具ですぅ。凄い勢いで走って凄い勢いで転けるんですよ!」

「……つまり?」

「ようするに馬鹿で阿呆で間抜けって意味だな」


 セーニャが事も無げに言い放つ。いや、よく見てみると此方からは見えないように顔を背けて「あ、頭パッキャキャマドて……くくく」と肩を震わせて笑っていた。


「ふっざけんなよこの貧乳! リーナにだけはそんなことを言われたくは無いわ!」

「そ、宗一まで貧乳って言うな! これでも慎ましやかに頑張って膨らんでいるんだ! 健気で可愛い奴なんだぞ! よーしよし、怖くないぞー。だからもっと育つんだぞー」

「こんにゃろ……っ!」


 わざとらしく自身の胸を抱えて慰めるリーナに宗一は憤りを見せるが、ヴィルナが間に入り「まぁまぁ……」と両者を宥める。


「それで、兄上を倒すってどうするですか?」

「あぁ、倒すと言っても首を取るとか、息の音を止めるとかじゃない。文字通り倒せればいいんだ、仰向けでもうつ伏せでもいい」


 宗一は掌を立ててパタリ、裏返してパタリと手振りを交えて話した。


「うー、でもそれじゃすぐに起き上がっちゃうんじゃ……」

「いや、大丈夫。とにかくどちらかに倒してくれれば俺が必ずどうにかしてみせる!」


 オークの左肩に居座っている異形を倒すことが出来れば、正気を取り戻すまではいかなくとも事態が好転するに違いない。宗一はそう確信していた。


「……どちらかに倒す、要は転ばせればいいのだな? それならリーナを助けた時の様に脚を何かで引っ掛けるか?」

「それはきっと難しいと思う。あのオークが此方をあまり追ってこないのも、リーナを助けた時の事を警戒しているのかも知れない」

「ではどうする、言いたくは無いがリーナの魔装具が通用しない時点であのオークを転ばせるのは至難の技だぞ?」

「そんなこと無い、私の技はバッチリ効いてるわ! あれを受けたのだから元気そうに見えて中の骨はバッキバキのメッコメコに違いない! 絶対にそうだ、そうなんだぁっ!」

「嫌な技ですぅ……」

「と、とにかくリーナも落ち着いてくれ。とりあえず手持ちの状況を確認したい……リーナ、あの魔装具の技は後何回使える?」


 宗一が逸れそうな話題を手で制すると、改めてリーナに伺う。リーナは小首を傾げながら顎に手を添えて「うーん……」と唸った。


「全力で三回……いや、二回だ。感覚的にそんな気がする」

「十分だ。あと、リーナの技は少し変える事は出来るか?」

「変えるって言われても……例えばどうすれいいんだ?」

「うん、今までの様な凄まじい威力の暴風を起こすのではなく、一方に押し出すように風向きを揃えて欲しい」

「難しいな……だがもし宗一が私の慎ましやかな胸に敬意を払うというなら全身全霊を掛けてやってみよう……」

「やってくれと言われればやるけど……それで敬意を払われても虚しくないか?」

「虚しくて悔しくて悲しいに決まっているだろっ!」


 目元を腕で覆って大袈裟に泣き喚くリーナの背中をヴィルナが優しく擦って慰めるが、その顔は心なしか余裕があり穏やかだ。


「胸の大きさが全てじゃないですぅ! さ、元気出すですよ?」

「うぅぅぅ……う? あれ、よく見たらヴィルナの胸も結構膨らんで……き、貴様も馬鹿乳の仲間かぁぁーーーっっ! その余裕綽々な顔がムカつく!」

「まぁー私はお姉さんですから、ね? ほら、胸とか、ね?」

「ぐぬぬぬぬぬ……っ!」


 ヴィルナがぐいっと胸を張ると確かな膨らみがそこにはある。リーナは唸りながらその膨らみを潰してしまいそうな眼力で睨むが、ヴィルナは「これがお姉さん力です!」と気にも留めない。


「えーと、話を進めるぞ? リーナの力は分かった、頼りにしてるぞ。俺はあの巨大なオーク相手に陽動と囮ぐらいしか出来ない、だから後の二人のどちらかにはリーナと同じ力押しの役割を担って欲しいのだけど……」


「……力なら私達オークの種族の出番です、私にはこれもありますからきっとお役に立ってみせるですよ!」


 ヴィルナが差し出した両腕には手首の辺りに見慣れないリングが嵌められていた。土色をしてゴツゴツと不格好とも言える物だが、先程までは嵌められていなかった筈である。


「これは……?」

「力の腕輪です! 私はオークとしては小柄で力も余り無いのですけど、その代わり少しだけ魔力を使えるです! 魔力を流してこれを使うと力がずばーっと出るですよ!」


 成る程、リーナの魔装具と同じ類いの物なのだろう。この世界に来る前までなら胡乱な物と一笑に付す所だが、巨大なオークを相手取っているこの状況では頼もしい存在の一つである。


「それならヴィルナはリーナと共に作戦を任せてもいいだろうか、残った俺とセーニャでオークを相手に陽動を仕掛ける」

「任せるですぅ!」

「陽動か……やってみよう」

「よし、それで肝心の作戦だけど──」


 宗一は三人に意識のズレが出ない様に懇切丁寧に作戦を伝える。説明をしている宗一の視界の端には依然として異形が巨大なオークの左肩に居座っていた、しかしその形は先程とは大きく異なりアンテナの様に尖った先端がうねうねと蠢いているのだ。まるで何かを呼ぶかのように、または何かを叫ぶかのようにそれは蠢き続けている。それは宗一に自分達に残された時間は然程多くは無いのだと、そう直感させるのには充分であった。

 見上げる宗一と見下ろす異形の視線が静かに交差する。作戦の失敗は許されない、そして恐らくはもう逃げることも叶うまい。早鐘を打つ心臓をぐっと抑えながら宗一は叫んだ。


「よし……皆、行こうっ! 作戦開始だ!」


 決意の声に弾かれる様に飛び出した四人は一直線にオークへと向かっていく。四人の内、誰もが失敗の可能性を考えない筈もない、過る不安を遮るかのように只ひたすらに走っていく。

 決着の瞬間は近い、それがどちらの望む物であるかは誰にも予測出来ないのだ。

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