【危機一髪】私はこんなことやりたくないんだ!

金峯蓮華

遊び半分でやってはいけないことがある

 朝、学校に到着し、教室に入ると、自分の席に座って、友人達と話をしていたカナコが、私の姿を見て席を立ち、近寄ってきた。


「おはよう! 昨夜の心霊特集見た?」

「見てないわ」


 私はそっけなく返事をした。


 カナコの周りにいる女子達も私を見る。


「昨日のは放送は街外れにある幽霊屋敷の特集だったのよ」

「めっちゃ面白かったのに見てなかったの?」


 また始まった。このグループの女子達は皆、カナコの言うことに対して右へ倣えだ。まさに女王様と取り巻き状態。カナコは目を輝かせて声を弾ませている。


「私は塾だったので録画して帰ってから見たのよ。夜中だったから怖さ倍増でスリル満点だったわ」


 録画して見るほどこの手の番組が好きらしい。そういえば、いつも録画していると以前に聞いたことがあるような気がする。


 取り巻きの女子達が私の事を鼻で笑う。


「みんな見てると思っていたのに見てない人がいるのね。信じられな〜い」


 そんなの人の勝手だ。


 カナコは私の顔を覗き込んだ。


「あのお化け屋敷、ここら辺では有名だものね。みんな幽霊が出るって噂してるし、テレビでも『淋しい』って声がテープに録音されてたわ。帰りにみんなで見に行こうって言ってるの。ヒナも一緒に行かない?」


 怖いとか怖くないの問題ではない。遊び半分であんな場所に行ってはいけない。幽霊が見える体質の私からするとそんな番組は絶対見てはいけないのだ。画面を通して幽霊が家に入り込んでくる事もある。ましてやその場に行くなんてとんでもない。取り憑いてくださいと言っているようなものだ。


「ごめん、今日は用事があるんだ」

「そうなの? そんなこと言って本当は怖いんでしょう?」

「うん。そうよ。私は怖いから行くのやめとく。カナコもやめた方がいいよ。あんな場所には行かない方がいい」

「ノリが悪いわね。幽霊なんてほんとにいるわけないじゃない。みんなで行って面白がろうってだけよ」


 やはりそうか。最悪だ。私は小さくため息をついた。


 ウキウキとした気分を隠しきれないような顔でカナコは言葉を続ける。


「昨日の今日だから、きっとたくさん来ているわ。私達だけで行ってくるわね。きっと楽しいわよ〜。怖がりでノリが悪いヒナは行かなくていいから」


 カナコはちょっと小馬鹿にしたように笑いながら自分の席に戻っていった。



 街外れにあるあの屋敷は昔、強盗殺人事件があったらしく、幽霊が出る心霊スポットとして有名になっていた。最近雑誌やテレビで取り上げられているらしく、興味本位から見物に来る人が多いと聞く。



 夜、お風呂から上がり髪を乾かしていると、電話のベルが鳴った。


「はい、は〜い」


 ひとりでつぶやきながらテレビを見ていた母がソファーから立ち上がり電話の受話器を取った。


 家の電話が鳴るなんて久しぶりだ。今はみんな携帯なのに。誰からだったのだろうと思っていたら母の声がした。


「ヒナ、カナコちゃんのお母さんからなんだけど、カナコちゃんがまだ帰っていないそうなの。カナコちゃんから何か連絡ないかって?」


 母が受話器の口元を押さえて私に聞く。


「何もないよ。カナコはみんなとあの心霊スポットに行くって言ってたけど……」

「そっか。あそこにいったのね」


 母は眉根を寄せた。カナコの母親には連絡はないと答え電話を切った。


「カナコちゃん、帰り道で、一緒に行った友達と別れてから足取りがわからないらしいのよ」


 カナコの母親は心配であちこちに電話をしているのだろう。


 カナコひとりだけが引っ張られたのか。波長が合ってしまったのだろうか? 私がそう思っていると、母は何か知ってるんでしょとでも言いたげな顔で私を見た。



 父以外の母と兄、そして私は遺伝らしく、霊感が強い。幽霊が見えたり、話をすることができる。


 私はドライヤーのコードを持ち手に巻き付けながら母の顔を見た。


「私は言ったのよ。やめた方がいいって。あんな場所には行かない方がいいって。でもカナコ達はかなり盛り上がっていて、みんなテンションも上がっていたみたいで、行ってしまったんだもの仕方ないよ。女王様のカナコに言われたらお取り巻き達は嫌とは言えないだろうしね」

「カナコちゃん、あの家の幽霊に呼ばれちゃったの?」

「そう。あの時カナコは教室で、見たこともない青白い顔の私達と同じ年くらいの女の子と手を繋いでいた。女の子はカナコを見ながらうれしそうに笑っていたよ」

「そうだったのね。ワクワクしている波長が気に入られちゃったのかもね。昨夜、パパがあの番組見ていたからチラッと見たら、あの女の子は淋しいって言ってたもの。パパは全く同調しない人だから問題ないけど、カナコちゃん、画面を通してマッチングしちゃったのかもね」


 いや、マッチングって何よ? 母は時々変なことを言う。私は目を伏せてため息をついた。



 噂では、あの家で亡くなったのはひとりで留守番をしていた高校生の娘だったそうだ。夜中に水でも飲もうと思ったのだろう。起きてきて、リビングで金目のものを物色していた犯人と鉢合わせし殺害されたらしい。その後、家族は引っ越し、家は空き家となり、処分されずにそのまま残っていた。かなり時が過ぎ、今は当時の事件の事をよく知らない人達の間で幽霊が出てくる心霊スポットとして有名になっていた。


 母はストレッチを始めた私の顔を覗き込む。


「助けに行ってあげたら?」

「嫌よ。巻き込まれたくないわ」

「カナコちゃんのお母さん心配そうだったわよ。私もヒナが急にいなくなったら悲しいわ」

「助けに行ったら私もいなくなるかもしれないよ」


 あの幽霊はかなり力が強そうだった。恨みと悲しみと淋しさで力が倍増しているのだろう。私の手に負えるような相手ではない。


「無理無理。とにかく無理」


 私はストレッチをすることに集中した。


「レンと一緒に行ったら? ふたりならなんとかなるんじゃない?」


 母は兄と行けと言う。


「お母さんが行けばいいじゃん。私は嫌よ」

「子供同士の話でしょう? 親が出て行ったら変よ」


 いやいや、幽霊相手に子供も親もない。母は階段の下から大きな声で兄を呼んだ。


「レン、ちょって来て〜!」


 部屋の扉を開け、階段の上から兄が顔を出した。


「何?」

「ヒナがカナコちゃんを幽霊屋敷に助けに行くの。レンも一緒に行ってあげて」


 兄が口角を上げたのが見えた。やばい。兄は幽霊退治が大好きなのだ。きっと行く。絶対行くはずだ。


「私は行かないよ! 絶対嫌だからね!」

「まぁ、そうなこと言うなよ。友達は助けないとな」


 階段を全速力で降りてきた兄は私の腕を掴んだ。


「じゃあ、母ちゃん、行ってくるわ。俺達がしくじったらあとは頼むぜ」


 兄は母にそう言うと玄関に脱いであったビーサンを履いた。幽霊と戦うのにビーサンで大丈夫なのか?

 私はスニーカーを履き紐をキツめに縛った。


 私達は自転車に乗り、街外れの幽霊屋敷を目指す。

 さすがに夜中なので静かだ。誰もいないのかと中を覗き込むと、いる〜っ! 真ん中にいるのは多分この家で亡くなった子、周りにいるのはテレビを見て同調した者達か。


「ヒナ、ありゃあ真ん中を消せばジ、エンドだな。さっさとやっちまって帰ろうぜ」


 兄はキャップを後ろ向きにかぶり直し、ニヒヒと嬉しそうに笑う。本当にこの人は幽霊退治が好きなのだな。


「入るぞ」


 兄は声を潜めた。私は兄のあとに続く。


 兄は幽霊に護符を貼り付けてその中に封印し、燃やして葬り去る。私はそのあと歌を歌い幽霊を天に上げるのが役目だ。歌は祖母に教えてもらった我が家に代々伝わるお経が歌になったものだという。幽霊が天国へ行くのか、地獄に行くのは預かり知らぬこと。それは天が決めるらしい。

 祖母は幽霊に話をして理解させ成仏させていた。私も本当はそんなやり方をしたい。兄のようなやっつけるみたいなやり方はなんだか嫌なのだ。


「カナちゃんだ。ありぁ、乗っ取られてるな。パパッとやって終わろ」


 カナコは虚な表情で幽霊の隣に座っている。周りには何人か同じような人がいる。兄が動いた。


「待って、私に話をさせて、説得してみたい……」

「無理だよ」

「私には力がない?」

「いや、そうじゃねーよ。あの幽霊は説得に応じるようなタマじゃねぇ。お前まで取り込まれちゃたまらんからな」


 兄は素早く前に出た。


「カナちゃん。迎えにきたぜ。一緒に帰ろう」


 カナコに声をかけたが、カナコはぼんやりしている。


「あっレンさん」

「早く帰ろう」


  カナコは首を振った。


「マユちゃん、淋しがっているの。私一緒にいてあげなくちゃ」

「じゃあ、マユちゃんも一緒に帰ろう」

「そうね。マユちゃんも一緒に行かない?」


 カナコは幽霊を誘う。幽霊は高らかに声を上げて笑った。


「どこに行くと言うの? あなたはもうずっとここにいるの。さっきずっと一緒だと言ったじゃない。離さないわ」


 口角を上げたその顔は青白い。


「その子も一緒にいましょう」


 幽霊は兄に手を伸ばした。そして兄に抱きついた。すると、兄は虚な表情になった。やば。兄ちゃん取り込まれた? 参ったな。私は仕方なく前に出た。


「ねぇ、あなた。自分がもう死んでるってわかってる? もう諦めて成仏しようよ。また生まれ変わってやり直せばいい。今度は長生きして幸せになればいいよ」

「淋しいの。人をいくら集めても淋しいの」

ダメだ話が通じない。どうすればいいんだ。

「あなたも仲間に入って」


 次の策を考えていた私は、不意をつかれた。幽霊の手が私の肩を掴む。


「いや、面白そうだから、私はあなたに入ろうかしら。ふふふふふ」


 思いっきり口角を上げて私の顔に顔を寄せる。そして私の口に自分の頭を突っ込もうとしている。


 私は両手で押し返し、幽霊を身体から離そうとするが、私の肩を持つ腕の力が強すぎてびくともしない。

 ダメだ。終わる。だから嫌だったのよ。私は幽霊退治なんか嫌だったのよ。母と兄に怒りが湧いてきたがそれが力になるわけでもない。

私の口に幽霊の頭が半分くらい入った。

 もうダメだ。お祖母ちゃん助けて! 心で祈った。


―バン!


 凄い音が響き、幽霊が怯んだ。


 よく見ると兄がいる。兄が護符を幽霊の後ろ首に張り付けたのだ。


 幽霊はみるみるうちに護符に吸い込まれていく。そして、燃えた。


「に、兄ちゃん……」

「悪ぃ、悪ぃ、敵を欺くにはまず味方からってな。憑かれたふりうまかっただろ?」


 兄は頭を掻いている。


「もう! 取り憑かれると思ったわよ! 兄ちゃんのバカ!」


 私は兄をぐーで殴った。


「早く、上げろ。また戻ったらやばいからな」

そうだ。早く天に上げなければ。私はポケットから持鈴を出し、鳴らしながら、祖母から教えてもらった歌を歌う。すると、何体もの魂が天に向かって上がり始めた。何度も何度も繰り返し歌っているうちに空が白み始めてきた。

「帰ろうぜ。もう終わったからさ。早く帰って、お前に殴られて切れたほっぺたの裏に薬つけたいよ」


 兄は憎々しそうに言い笑う。


「あれは兄ちゃんが悪い。本当に怖かったんだからね」

「わかったわかった。次はやらない。もう俺も殴られるのはごめんだ」


 次なんてあるか! 私はもう幽霊退治なんかやらない。


「カナコはどうするの?」


 兄はお尻のポケットからスマホを取り出した。


「もしもし、警察ですか? 街外れの廃墟に人が沢山倒れてるみたいなんです。すぐ来てください」


 警察に電話?


「ほら帰るぞ! 警察なんかきたらややこしいだろ」


 私達はまた自転車に乗り、家に戻った。私はすぐに自分の部屋に飛び込み、布団入って爆睡した。


◇◇ ◆


「レン、ヒナ、おはよう。カナコちゃん、幽霊屋敷で倒れていたところを保護されたらしいわ。見つかったってお母さんから電話があったわよ。レン、ヒナ。グッジョブ」


 親指を立て、サムズアップをしている母を見てなんだか気が抜けた。


「ご褒美に卵サービスしといたわよ」


 母の言葉にテーブルの上のお皿を見ると卵の黄身が3つ並んだ目玉焼きがあった。


「母ちゃん、これじゃぁ妖怪じゃん。勘弁してよ〜」


 兄の声が聞こえた。


                  了



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