公爵令息を助けたら、護衛代わりの妻として強制的に結婚させられました
新 星緒
《前編》危機一発め――回避!
満天の星空に浮かぶ丸い月。その銀色の光が照らす夜の庭園を、足音を忍ばせながら早足で進む。
多くの明かりが灯された王宮からは、かすかだけれど軽快なワルツが聞こえてくる。
満月の夜の舞踏会。
すてきな晩だけど、私には関係ない。
先日、親友が婚約破棄された。婚約者は浮気したあげく、その浮気相手を親友がいじめるからという事実に反する理由で、彼女を捨てたのだ。
親友は傷ついて、毎日泣き暮らしている。
許せない。
彼女は優しく賢く素晴らしい令嬢なのに、無実の罪を着せられたのだ。
もっとも、そんな嘘を信じている人間は誰もいない。親友の両親は怒り心頭で、元婚約者と浮気相手を訴える準備をしている。向こうの両親は必死に謝罪しているらしいけど、親友家族に許す気はないそう。当り前よね。
だけど当の本人はなにも気にせずに、遊び歩いている。
だから。
私があのクズに思い知らせてやるのよ。
クズは、婚約中から夜会時は庭園にあるガゼボで浮気相手と密会していたという。ガゼボは低木に囲まれていて見通しが悪い。しかも腰壁もある。彼らはその陰に隠れて、到底未婚の男女とは思えない、不埒なことをしていたとか。
今夜もきっと、している。彼らは舞踏会場にいないから。
というか、私たちの友人である王女が入場を許さなかったのよね。当然だわ。
私の計画では、こう。
ひとり散策を楽しんでいた私は、ふらりと立ち寄ったガゼボで目にした光景に慌て、羞恥のあまり、思わずクズの顔面に拳を一発決めてしまう。
ちゃんと自分の指を守るためにも、四本の指にごつめの指輪をしている。
ふふふ、完璧な計画。
見ていなさい。
自慢の美貌をぐちゃぐちゃにしてやるのだから!
万が一反撃されても大丈夫。ちゃんと準備はスカートの下に――
足を止める。
ガゼボはすぐそこ。
だけれど怪しげな動きをしている不審者がふたり。顔には覆面をつけている。
なにあれ。
そう思った次の瞬間、
「だ、誰だお前たち!」
との焦り声が聞こえてきた。
続く、
「お覚悟を!」との声。
バタバタとした音。
反射的にスカートをたくし上げて準備したものを手に取り、駆ける。
「庭園に賊が侵入!!」
あらんかぎりに叫ぶ。
賊のひとりが振り向く。
そのひとりの首筋に準備したもの――杖を叩き込み、地面に沈める。
彼の向こうに、ふたりめの賊とガゼボの隅に追いやられた青年の姿。
けれどその賊が私に向かってくる。振り降ろされる剣。それを杖で受け、返す。
賊はそうされるとは思わず驚いたらしい。その隙に脇腹に一撃を叩き込む。よろける賊。
こんなことならただの杖じゃなくて仕込み杖にしておけばよかった。
次の一撃は、剣を持つ右手に。
うまく入り、賊が剣を落とす。
彼の脇をすり抜け、青年の手首を掴む。
「逃げるわよ!」
体勢を立て直そうとしているふたりめの賊の膝裏に杖を叩き込む。
それから起き上がりかけているひとりめの首筋にも。
青年をひっぱって走る。
すぐに、あちらこちらから駆けてくる近衛騎士が目に入った。
よかった。助かったみたい。彼も私も。
◇◇
「さすが伝統ある騎士家門、ガリエ伯爵家の長女だ、ルフィナ嬢。強い。あまりに無駄のない美しい動きに、見惚れてしまったよ」
私が助けた青年、ジェズアルド・コレッティが微笑む。
「なにをのんきなことを言っているのですか!」
そう声を荒げたのは、彼の従者だ。
彼と私は城の一室に保護されたのだけど、そこに従者が顔面蒼白で駆けこんできた。主を見失って心配していたところに、この報せを受けたという。可哀想に。
ジェズアルド――舌を噛みそうな名前だ。心の中ではジェズと呼ぼう。ジェズは手紙であの場所に呼び出されたという。その手紙はもうないし、そもそも差出人の名前も書かれていなかったそうだ。
どうしてそんな不審な手紙に従ってしまうのだか。公爵令息だというのに、ずいぶんと間抜けている。これでは従者が気の毒だ。
令息は確か二十歳をいくつか越えた年齢のはずなんだけどな。判断力が幼児並なのかも。
ジェズのことは、よく知らない。あまり社交界に顔を出さないのだ。姿を見たのは片手で数えられる程度だけ。言葉を交わすのも、こんなに近くにいるのも初めて。
なかなかに麗しい美貌の持ち主だし、ふんわりといい香りが漂ってくるしで一見素敵な青年だけど。なんだか頼りない性格みたいだ。
ジェズは従者にガミガミと叱られている。私のほうは少し前に顔を見せたお父様に『さすが我が娘!』と褒められた。
どうして杖を隠し持っていたかのかとか、不自然な指輪についてはなにも尋ねられなかった。さすが我が父。伊達に近衛騎士隊長をしていない。理由を見抜いているとみた。
それにしてもジェズは相当にぽやぽやしているみたい。命を狙われたうえに、襲撃者が捕まっていないというのに、『従者が来たからもう大丈夫』といって、しぶる近衛騎士たちを帰してしまった。部屋に残ったのは、ジェズと従者と私のみ。
「それならば私も失礼を」と腰を上げる。
「杖とその指輪はなんのためのものだ?」
鋭い声が投げかけられた。ジェズだった。睨むような顔で私を見ている。
「俺を助ける予定で装備していたのか?」
――どういうこと? さっきまでとは喋り方も雰囲気も違う。のんき者だと思ったのは間違いだったみたい。
上げかけた腰をおろす。
「いいえ。これは――」と親友とその元婚約者の件、私の計画を包み隠さず伝える。
話し終えると、公爵令息の表情は柔らかいものに戻っていた。
「なるほど、親友の復讐のために鉄棒を仕込んだ杖を持っていた、と」
おや。
「よく気づきましたね」
「剣を防いだじゃないか」
「念のために申し上げますけれど、杖は万が一に備えたものです。あの程度の男は、拳の一撃で落とせます。とはいえ準備を怠らないことが大切でしょう?」
ジェズはふはっと吹き出した。
「聞きしに勝さる令嬢だ」
「ありがとうございます」
最高の誉め言葉だ。
「決めた。ルフィナ。俺の妻になれ」
にっこりと最高の笑みを浮かべる、公爵令息。
「――はい?」
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