親友をかばって死んじゃった僕が女神さまから異世界転生をもちかけられるお話
長船 改
危機一髪!……って、死んじゃったら危機一髪もへったくれもないよね。
その時の事はほとんど覚えていない。
なんとなく記憶に残っているのは、大きなトラックが突っ込んできて、一緒にいた親友を助けようと
そんなわけで、今もアタマがハッキリとしない。なんとか働かせようとはするんだけど、どうもボーッとしてしまう。これが意識の混濁というやつなんだろうか。
だけどそんな状態の中でひとつだけ、しっかりと認識できる事がある。
そう。僕は死んだのだ。
なぜそれが認識できるのかって?
だって僕の目の前で、翼のはえた女神が、文字通り浮かんでいるのだから。
「結城善市(ユウキ・ゼンイチ)……私の声が聞こえますか?」
「え?う、うん……。そういうあなたは……女神さま?」
「そう呼ばれる事もありますね。」
女神が言った。微笑みを浮かべながら。
断言する。
映画やテレビ含めて、僕がこの17年の人生で目にしたあらゆる女性の中で、この
「クレオパトラの伝説って……ありゃ嘘だな。」
「くれおぱとら?」
「あ。いやいや、気にしないで。」
相手は女神様だと言うのにまさかのタメ口を叩いてしまう。完全無欠の美を前にして、僕は、緊張を通り越してもう完全に素だった。
「で、僕は自分が死んだと思ってるんだけれど、それで合っているよね?」
一応、確認してみる。
「はい、その通りです。」
「じゃあ僕は天国か地獄に行くんじゃないの?どうもここはそういう所に見えないんだけれど。」
そう言いつつ、僕は辺りを見回した。
足元をゆらゆらと煙が漂うだけの、見渡す限り真っ白な世界……。
ここには僕と女神以外の誰もいないようだ。
(……。……!)
「あなたは天国にも地獄にも行きませんよ。」
女神が言った。
天国にも地獄にも行かないって、どういう意味だろう?
「あなたは予定とは違う死に方をしてしまったのです。ごめんなさい。これは私達の落ち度です。」
うん?待てよ?これって……ひょっとして?
「生き返らせてあげたいところなのですが……、あなたの世界にというわけにはいきません。」
まさか……。
「ですので、別の世界に転生するという事でいかがでしょう?」
異世界……転生……?
……う、うぉぉおおおぉぉぉぉぉぉぉッッ!!!
まさか!嘘だろ!?
ボーッとしていた頭には強烈な刺激だった。ガツーンと来てキーンだ。
思わずほっぺをつねってみる。ベタなことにちゃんと痛い。
……という事は、これは、ホントに、それなのである!
僕ははた目にも明らかなほど妙なテンションでジタバタし始めた。
「あの……?大丈夫ですか?」
神々からしたら劣等種であろう人間のこんな面妖なアクションを見せられても、女神は心の底から心配したような様子で声をかけてくれる。……違う意味で心配したのかもしれないけど。
「あっ……!う、う、うん、大丈夫!大丈夫!いやーちょっと自分の身にこういう事が起こるとは思ってなくってさ。どうしたものかと。」
「それは本当にごめんなさい。新たな世界であなたがしっかりと暮らしていくための手助けはしっかりとしますので。あまり時間は残されていませんが、じっくり考えて決断なさってくださいね。
それと……理解されているとは思いますが、もし転生しない事を選んだ場合は……。」
「このまんま死んじゃうって事だよね。」
「はい。」
「そうだよなー。うーん。」
僕は腕組みをして考え込む。
正直、選択の余地なんて残されていない。
転生するしか、ない。
それに現代の日本では、僕は至って普通の高校生だ。成績はぎりぎり真ん中よりも上。秀でている科目も興味のある科目もない。スポーツはバスケが好きだけど、弱小の部活でもレギュラーになれないレベルだ。
要はこれといった特徴がない人間なんだ。僕は。
あんまり認めたくないけれど、すでに人生ハードゲームが確定しているんだと思う。
その意味では、あの世界に未練はないはずだ。
そもそもすでに僕は死んでいる身なわけだし。
(……! …………!!)
さらに、女神は手助けすると言ってくれた。お約束に従えば、なにかチート級の能力とかを授けてくれるんだろう。って、あれ?転生先ってファンタジー世界みたいな感じなんだっけ?まぁそれは後で聞けばいいか。
そんな風な事をぼんやりと考えてみて、ふと妙なことに気付く。
どこかから……声が聴こえるような……気がする……?
「あの、女神さま。」
「はい、なんでしょう?」
「ここって、僕たち以外に誰かいたりする?」
「いいえ。ここにいるのは私達だけですわ。」
そう……だよな。勘違いだよな。
とにかくどうするか考えないと。時間はないんだから。って言っても、いったいこれ以上、何を考えればいいんだ?
(……っ! ……め……せよ……ぁぁ!! )
……!
まただ。また聴こえてきた。
僕は慌ててあちこちを見回した。だけど微かに声はしても、姿はどこにもない。
「そろそろ、決断しましょうか。」
「う……ん……。」
「答えは分かっています。転生をお望みですよね?」
「……。」
僕は首を縦に振る事が出来なかった。
頭ではそうするべきだと分かっているのに、なぜか体が行動を起こすのを拒む。
「ほら……早く。」
女神がすうっと近づいて手を差し伸べてくる。
その瞬間、僕は視界が二重にぼやけていくのを自覚した。
オーラとしか説明のできない何かにあてられたような、そんな感覚。
「心配いりませんよ。さあ……。イキマショウ……。」
そうして、僕の意識は闇へと沈んでいった……。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
(いい加……き……よ! ……、こら……ッ! いつ……も寝……じゃ……ねぇ!!)
何もない、自分の意識すらもうっすらとしか感じられない闇の中で、さっきよりも明瞭に声が響く。
(……前……ナちゃんを……放っ……まうのか!! まだ……おま……ら、付き……始……だろう……!!)
誰の声だろう……?ノイズが掛かっているみたいで何て言っているのかは分からないけれど、すごい剣幕なのはたしかだ。
そして、どこか、懐かしい。
(俺……なんか……かばって死ぬな……許さ……からな! お……い! ……お……い!)
(おい!!!)
その瞬間――。
僕の目がひとりでに開いた……気がした。
でも、気がしただけでも十分だった。
「コー……スケ……?」
僕がその声の主の名を呟くと、これまでの聞き取りづらさが嘘だったかのようにノイズが綺麗さっぱり消えてなくなった。
(ゼン!!コラぁ!!さっさと目ぇ覚ましやがれ!!)
それは、半狂乱の叫び。
(お前も!カナちゃんも!!お互いに初カレ初カノだって言ってたじゃねえか!!これから一緒にデートしたり勉強したりするんじゃねえのか!!てめぇ、聞けコラァ!!)
カナちゃん……。
そうだ、ほんの1週間前だ……。
僕は、バスケ部のマネージャーで1学年下のカナちゃんと付き合う事になったんだった……。
親友の声はなおも響く。
(それに!!来月はお前の誕生日なんだぞ!!カナちゃん言ってたんだ!『プレゼント何にしようか考えるのが楽しい』って!!……それを……それをてめぇ、ゼンッッ!初めての彼氏の誕生日に、彼女泣かせる気かあああああ!!!!)
綺麗に揃えられたショートカットをなびかせて、汗を流しながら、僕たちコートに立っているプレイヤーに声援を送ってくれるマネージャーとしての彼女。
一緒に肩を並べて歩いて帰っている時の、僕を見上げる時の彼女のざっくばらんな笑顔。
完璧な美を持った女神よりも遥かに魅力的な。
それは片想いから、両想いに変わって……。
僕の中に、ぐるぐると色んな感情が沸き起こってくる。
親友を助ける事のできた満足感、彼女を残して死んでしまった後悔、諦め、怒り、哀しみ、やりきれなさ、渇望――。
(起きろっ!!ゼンッッ!!
起きろおおおおおおおおおおおおおお!!!!)
コースケの絶叫が、僕の体の中をドクンと震わせた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「え……?」
気付くと、僕は女神の手を振り払っていた。
「うそ……でしょう……?」
呆然とした女神の声。
そんな女神の疑いを晴らすかのように、僕はしっかりと目を見開いてみせる。
「まさか……。」
「僕は、生きる。僕の生まれ育った世界で。これからも。」
「でも!あなたは死んだのですよ……!?」
「そんなことない!生きてる。僕は……!生きてるんだ!」
女神は慌ててあさっての方を向いた。
そこには何もない。
だけど女神には何かが見えているようで、それに驚いたのか、女神はよろよろと後ずさりをした。
たぶん、僕がまだ生きているという事が確認できたんだろう。
「帰っても……いいよね?」
僕のその言葉に、女神はしばらく黙った後、ゆっくりと天を仰いだ。その表情はどこか憑き物が落ちたかのようにさっぱりとしていた。
「今日は……本当に巡りの悪い日ね。」
「巡り?」
「あなたが事故に遭った事。そして確定したはずの死が
「僕からしたら迷惑以外のなにものでもないよ。」
「ええ、そうね。……ごめんなさい。」
女神は、僕に深々と頭を下げた。
「……あなたの怪我は、後遺症が残らないよう、綺麗に治るようにしておくわ。時間はかかっちゃうけれどね。」
今すぐに治してくれるわけじゃないらしい。
まぁそうなったらそうなったで周りの人たちが驚くし、仕方ない話だと割り切ろう。後遺症が残らないのが確約されただけでもありがたいし。
っていうか、さっきからちょっとだけ女神の態度がくだけた感じになってるのは、僕の気のせいだろうか?ま、いいか。
「それで……どうやって帰ったらいいの?」
「私が元の世界へ送り返します。あなたはそこに立っていてくれればいいわ。」
「うん。分かった。」
「それじゃあ、早速始めるわね……。」
そう言うと、女神はぶつぶつと何事か呟き始めた。
それは少なくとも、僕には理解不能な音の奔流。
「さぁ、結城善市。あなたの帰るべき世界へ帰りなさい……。」
女神が両手を広げる。
すると柔らかな光がどこからともなく現れて、僕をやさしく包み込み始める。
「じゃあね、女神さま。」
「ええ、さようなら。次に会った時はさらにいい条件で異世界に転生させてあげるわ。」
「ははは。だったらそんなことにならないように気を付けなきゃいけないな。」
「ふふふ。そうね。」
女神が初めて笑ってみせたのと、僕の意識が途切れるのとは、ほとんど同じタイミングだった――。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「……?」
パチリと目を開いた。
視界にあるのは……えーっと、こりゃ天井だよな。
首を横に傾けようと思ったけれど、なにかでガッチガチに固められているらしく、ほんのちょっと動かす事もできなかった。
まぁただなんとなく雰囲気で分かる。ここは病院だ。
そしてそれを証明するように、僕の視界に飛び込む顔ひとつ。
「ゼン!!目ぇ覚めたか!!」
「コー……スケ……。」
コースケの両目は、泣き腫らしたみたいに真っ赤に充血している。
「もうすぐおばさん来るからな。売店に買い物に行ってんだ。」
「そか……。」
「だけど……馬鹿野郎……。俺なんか助けてんじゃねえよ……。」
「咄嗟だったんだよ……。」
「ったくよぉ……。」
悪態をつきながら、またもや泣きそうになるコースケ。
こいつは言葉遣いが荒いってだけで、物すごくイイ奴なんだ。
「2~3時間前までカナちゃんもいたぞ。夜遅くになる前に家に帰したけどな。」
「うん……ありがとな……。」
「しっかしよぉ……!お前、マジで奇跡だぞ。医者が言ってたんだ、これで死んでなきゃ嘘だって。」
泣きそうになってるのを誤魔化したいのか、すごい不謹慎な事を言ってくれるなぁ。
いやでもまぁ……間違ってないんだよな……。
「実際、死んでたしな……。」
「あん?」
「怪我が完全に治ったら……話すよ……。ちょっと疲れた……。」
「あ、あぁ。わりぃ。とりあえず寝とけ。おばさんには目ぇ覚ましたって報告しとくから。」
「たのんだ。……コースケ。」
「うん?」
「ありがとな……。」
「なにがだ?
……って、もう寝ちまったか……。」
沈みかける意識の中で、僕は想像する。
異世界に転生しかけた事を話したら、この親友はどういう反応を示すだろうか?
笑うだろうか?それとも信じるだろうか?
でも、たとえどんなリアクションをされたとしても、これだけは絶対に伝えなきゃいけない。
お前が呼びかけ続けてくれなかったら、間違いなく僕は異世界に転生していた。
危機一髪のところを助けてくれたのは、お前だったんだってことを。
親友をかばって死んじゃった僕が女神さまから異世界転生をもちかけられるお話 長船 改 @kai_osafune
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