コンキン! 真面目で丁寧な私の恋 ~今どきの高校生はマッチングアプリだって使う~
成葉弐なる
1 xx回目の告白
「お願いします! 私と結婚を前提に付き合ってください!」
「うーん、ごめん無理だわ。つか結婚を前提って……重すぎ……」
差し出した手は握って貰える筈もなく、またしても交際を断られてしまった。
「ごめんな……」
そう言いながら気まずそうに理科室をあとにする男子生徒。
そして取り残される私、藤堂
花の高校生活とは無縁の彼氏いない歴=年齢の私は、無意味にも理科室の水道の蛇口を捻った。流れていく水が傷口を洗い流してくれるかのような、そんな清涼感を与えてくれる。
「別に良いです。貴方を大して好きなわけでもなかったのですから」
そう言って強がる私だったが、これでかれこれ高校に入ってから十数連敗である。
別に顔が悪い訳では無いと個人的には思う。無論、第三者の目から見ればそれも私自身の凝り固まった一方的思い込みなのかもしれないけれど、私は自分の容姿には自信があった。
私はバッグから手鏡を出すとそれで顔を確認する。
映るのはいつもの自分自身で、これといって醜いとか言われるような風貌ではない。
色素濃いめの黒髪にボブカット。表情は気怠げではあるが顔立ちは整っている。
「はぁ……やめましょう。時間の無駄です」
私は手鏡をバッグへとしまうと、家路へと着くことにした。
そう、こんな状態になってしまった最たる原因であるあの日の事を思い返しながら。
∬
2052年4月1日。月曜日。
高校2年最初の日。ギリギリ遅刻しない程度の時刻。
私は高校へ向かう最寄り駅からの道中で友人である
「おはようございます。文音」
「……なんだ、今度は碧か。おはよう」
文音の素っ気ない返事に若干ではあるが奇襲した甲斐がないと悔しがる碧だったが、しかし『今度は』というところに違和感を感じていた。
文音の色素が薄い、茶髪と言ってもいいようなセミロングの黒髪をわさわさっと撫でると私は聞いた。
「今度はって、どういうことですか?」
「ちょ止めてよ、髪が乱れるって……! いや……実はもう今日声かけられるのこれで三度目なんだよね」
「……それまたどうしてですか?」
「今日はあの日でしょ」
「はい? 何かあるのでしたっけ今日」
私はいつものように淡々とした丁寧口調で文音へと尋ねる。
それに文音は残念なものでも見るかのような細めた目を私へと向けた。
なんだろう。私、何か忘れているっけ?
「昔話題にしたことあるでしょ……ほらあれ、法律」
「法律……あ! まさかあれですか」
「そうそう、あれあれ。あれが今日から施行されたってわけ。おかげさまでここへ来るまでの間にもう二度も声かけられたっての」
あからさまに不機嫌そうな目つきでそう告げた文音が続ける。
「やれいつも同じ駅で乗るから気になってましただの……毎回この駅で降りますよね? 上月総合学園の生徒さんですか? だのと声をかけられました! 二人共下心丸出しの表情して、今日ってあの法律の施行日ですよね、どうですか? 僕と……なんて気持ち悪い台詞吐いてくるし断るの大変だったんだから。おかげで遅刻ギリギリのこの時間だって話!」
文音は「私いつももっと早く着いてて、碧と一緒なんて珍しいでしょ?」と不機嫌そうなじとっとした目を向けてくる。
確かにそうだ。私が文音と登校で一緒になるだなんてかなり珍しい。
しかし今日があの日……あの日か……。
「あ! ほら
文音が声をあげる。その指が指し示す先には一人の男子生徒が登校していた。
「本当ですね……」
遥斗とは、サッカー部のエースである枢木遥斗のことだ。
女子からだけでなく男子からの人気もすこぶる高い、我が2Eクラスのヒエラルキートップに君臨する男子生徒だ。私と文音はというと、2軍か3軍に属している。文音はヒエラルキートップ層とも仲良くやれるにも関わらず、私のような友達を選んでいる事で2軍3軍に分類されているだけで、本来はヒエラルキートップに位置する女子生徒だ。
なんで私なんかと一緒にいてくれるのか聞いたこともある。しかし文音は「別に碧は顔も悪くないし、私は碧と居るのが落ち着くの! 私なんかとか言うな! なんかとか!」と答えてくれた。
私がそんな事を考えていると、文音がどんと私の背を叩く。
「ほら! 碧もちょっとは頑張ってみたら?」
「はい?」
「1年の時の運動会。遥斗のこと足が早くて凄いって言ってたじゃん!」
「それは確かにそうですが……」
「3年時には単位もあるんだよ単位も……!」
「そ、それは……確かに単位が取れないと厳しいかもです」
「じゃあ頑張ってみるべきだと私は思います!」
文音は楽しそうにニヒヒと笑い、私の背を押した。
仕方がない。別に枢木くんの事がどうというわけではないのだが、これも単位の為だ。
私は文音を残して駆け出した。
「枢木くん……!」
私は後ろから枢木遥斗くんに近づくと彼の名を呼ぶ。
「うん? なんだ藤堂どうかしたか?」
「そのですね……」
「うん?」
私はなんと言って良いかも分からず、取り敢えず心のままを口にすることにした。
「単位の為です。私と結婚を前提にお付き合いして頂けませんか……?」
言った。言ってしまった。何言ってんだろう私と正直言えば思う。
だって別に枢木くんが好きなわけではないのだ。あくまで単位のためでしかない。
本当にそれだけでしかない安易な告白なのだ。
枢木くんは驚いた表情をしているがきっと迷惑だろう。
「あぁ……そう言えば今日からあの法律始まったんだっけか……? いや、ごめん。藤堂とは付き合えないわ。単位の話、力になれなくてごめんな」
枢木くんは丁寧に頭を下げると、私にそんな断りの言葉を言ってくれた。
なんだかこちらの方が悪いことをしている気分になってしまった私は、「いえ、お気になさらず単位の為でしたから……」とこちらもペコリと頭を下げる。
「あぁ……悪いな、じゃあまた」
枢木くんは私を残して先に走って行ってしまった。遅刻ギリギリの時間ではあるが別に急いでいたわけではなく、単に恥ずかしかったか私に悪いと思ったからかの2択だろう。
私の初めての告白はこうして終わった。
「よ! ナイスファイト!」
今度は私の背後から文音が覆いかぶさるようにしてくる。
会話が聞こえる距離にはいなかったはずだが、お互いに気まずそうに頭を下げていた事で結果は文音にも明白だったのだろう。
「私の初告白だったんですが……」
「そうなんだ? 中学までで好きな人とかいなかったんだ碧」
「はい。中学までは皆さん良いお友達としてしか認識していませんでした」
それは今でもそうなのだが……。
私はその部分はなんだか恥ずかしかったので隠すことにした。
「へぇーそっかそっか。何にせよ初告白お疲れ様! 今度お茶しよ!
そんで私の初告白のときの話も聞かせてあげるから、それでチャラね!」
ニシシと笑う文音。
元はと言えば文音に背中を押されての告白だったからか、私に貸しを作ったかのように考えているらしかった。まぁ私としても単位がある。だから今日この日に告白しようと思ったのだ。
私を動かした法律。婚姻等機会均等法――通称こんきん法。2052年4月1日付けで施行されたこの法律は、婚姻等の機会を国民に均等に与えるという大義名分の元作られた法律である。その実態は高校教育までの義務教育化及び無償化と、それに伴う高校卒業時にパートナーのいない生徒を卒業不可にすると共に退学不可にして、永劫に高校という枠の中に押し留めようという内容だった。
パートナーと共に出席する特別授業が単位に含まれるように、高校教育の内容が改定されたのだ。その他にも上の年齢の者たちへ手厚い婚姻へ向けての支援が行われるなど、日本としては非常に革命的な法律だった。
何もそこまでしなくてもと思わないこともないが、少子化対策として立法されたこんきん法は瞬く間に議会で可決され、そして今日この日に施行されたのだ。
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