第十一話∶もっとおぞましい何か

竜の雨は止まない。だが、彼らは十分に対応できていた。それはほぼキョウタのおかげだった。彼の妹の斬撃は、竜の魔力障壁をまるでバターのごとく切り裂く。結果、後ろの三人が容易く竜を屠れるのだ。

「……そうか。あれはくそ魔剣なんかじゃない。もっとおぞましい、何かの一部なんだ。」

はるか遠くで弟子たちの足掻く姿を見せられていたカエソニアは彼らの奮闘よりもむしろ、そのことに恐怖していた。彼女が弟子に教えていた奥義、怒理流は結局は魔力を多く引き出す術でしかない。魔力障壁をねじ切るのに、ほぼ無限の魔力をかけるだけだ。だが、妹は違う。あれはこの世界の理の外から、竜を切っている。カエソニアはそのことに気がついたのだ。長年見てきた中でも、それはあたかも神の領域にでもいるかのような異常な現象だった。

「キミはいったい、『何』の兄なんだ?」

一人カエソニアは呟いた。

一方、ネロも同じことに気がついていた。妹はこの世界の理の外にあると。だが、兄はそうではない。つまり、兄を殺せば普通の転生者のように、チートに過ぎない妹はそれを与えた神の下へ還る。世界の秩序を守る龍として、それ以上に結婚式を無事にやりたい嫁として。ネロは自らキョウタを殺しに行くことにした。

竜の雨が止んだ。おびただしい数の竜の死骸の中、ブリュンヒルドは皆の疲労と傷を癒やし始めた。キョウタのお陰で楽だったとはいえ、あちこちに彼らは傷を負っていたのだ。何故か雨にまともに突っ込んでいったキョウタは無傷だったが。

「雨が止んだか……しかし、師匠のところにはどう……」

答えはすぐにやってきた。突然砂塵が晴れ、黄昏の空があらわになる。空の一点から光が差し込み、それは一体の龍、ネロのみを照らしていた。

『跪け』

龍とは世界の欠片であり、その存在は法則である。言葉が届いたもの全てが平伏した。だが。

「ふーん。」

ただその一言だけで兄は、キョウタは受け流して見せた。

「妹に叱られる方がよっぽど怖いからね。僕に命令できるのは妹だけだよ。」

きっぱりと言い切ってみせた。

「妹じゃないのに命令してくんなよ、死ね。」

あまつさえ攻撃まで仕掛けたのだ。

だが。今まで竜たちを斬り伏せた刃は、微塵も動くことはなかった。

【あまり龍を舐めないでいただきたい。外法の剣士よ】

「舐めてなんて!」

キョウタは妹にさらに力を入れるよう頼むと、全身に妹から分けてもらった魔力を更に更にぶん回し、全力で押し切ろうと試みた。

【これが、お姉様の弟子………はっきり言ってカス、ですね。外法以外見るところも無く、危機感の欠片も感じられません。】

だが、無駄。キョウタは、まるで地球を殴っているかのように感じた。意味もなく、不可能で、ただ自分が痛めつけられてちっぽけだとわかるだけの工程。がむしゃらに叩きつける妹は物言わぬ金属の塊だがしかし、キョウタの脳内には同じく疲弊してボロボロになった妹が見えていた。

「。」

キョウタは倒れた。龍はただそこにあっただけ。完全な独り相撲だった。

【貴方がたはどうするのですか?】

そう龍が他の四人に問いかけたコンマ1秒後、龍の体に衝撃が疾走った。

【!?】

生まれて初めての痛みに、一瞬呆けるネロ。その隙を逃さず、アストルムが果敢に斬りかかった。

「あんなヤローが弟子なわけねーだろ!」

「ここからは俺達、真の弟子が相手してやる!」

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