rounin my way

@ykib3827

第1話 働きたい

 浪人生活150日目を迎えた朝、いつも通り始発の電車に乗って塾へと向かった。日が昇り始める前に起きないといけないのはつらかったがもう慣れてしまった。背中にのしかかる参考書の重みに耐えつつ駅から歩いて行った。進めば進むほど近づく距離、遠のく意識。まるでプログラミングされたかのような同じことの繰り返しこそ浪人生が背負った業なのである。楽しみも休みもない。すべては楽を選んだ高校生の自分の責任である。出席カードを通し、自分の席へと座ると授業前の補修が始まる。1限目、2限目を受けたのちに昼食。もちろん片手には参考書。3,4,5限目が終わると今度はリスニングの補修が始まる。時刻が18時30分を回ったところで授業は終わるが、ここからは自習が始まる。近くのスーパーで購入したピラフを7等分し、空腹を紛らわせて参考書と戦った。帰宅は23時、帰ってお風呂に入ると寝る前に1時間の暗記、そして就寝。睡眠時間は4時間あればよい方だった。そんな生活をしていても上がるどころか下がる成績に震えが止まらなかった。好きなゲームもアイドルもいなくなったマホに詰めた単語帳が次第にぼやけて見えてきてついに私は初めて仮病を使い塾を後にした。

 今家に帰ると怪しまれると踏んだ私は塾から遠ざかるように歩いた。ひたすら歩いた。参考書の重みがなくなったからか一歩がとても軽かった。太陽高い時に歩くのは久しぶりでこんなにも心おどることなんて知らなかった。人込みを抜け、広いが人のいない道を通り、目についた店に次々と入った。服屋にスーパー、文房具屋。高校生のころはなんとも思わなかったけどすべてが目新しかった。パン屋さんで買った揚げたてのカレーパン。そしてサイダーをどこで食べようか。せっかくなら景色のいい、落ち着けるところで食べたいな。足を止めて考えようとすると、ザザァン…波の音がする。海、そういえば近くにあるんだっけ。松の森を抜けて近くのヨットの乗り場に行くと日の当たらないところにベンチがあった。知らない場所なのに導かれるように歩くのってなんかロマンチックだよね。迷いなく座り、カレーパンをかじる。またかじる。カレーに到達してからサイダーを一気にあおる。…むせた。なんか、虚無感出てきた。なにやってるんだろう私。親からお金もらってるのにサボってさ。ドブに捨ててるのと一緒じゃん。成績下がったんだからまた勉強しないと…。いや、いっそ働きたい。頑張っても成績上がんないなら大学なんて行けるわけないよ。大学って何が楽しいの?分かんない。わかんないよ…

「へい彼女、今夜空いてるかい?」

ふと声のした方向に顔を上げると人がいた。ヒト…今日まで見てきた浪人生とは正反対のような人だった。金色に染まった髪に露出の多い服。頭に乗せたサングラスはおしゃれとしては似合い過ぎていた。あっけにとられて手に握ったカレーパンから少し中身が出てしまった。

「おっと、もったいない」

そう言ってはみ出たカレーを彼女は舐めとり、ついでにサイダーをあおった。私とは違い炭酸に強いのか半分以上残っていた瓶の中が空になっていた。一瞬にして所持金の大半をはたいて買ったものが目の前から消えていったがそんなことよりも彼女の方に目が行った。

「あ、あなたは…」

「私?わたしはねえ…ただのエッチなお姉さんだよ」

「はぁ…?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る