恋にも終わりがあるけれど

晴川祈凜

第1話

 ホームルームが終わってみんなで一礼すると教室がどっと音で溢れ返る。これを喧噪って言うのかな? 噪がしくて喧しくて生きてるって感じがして、結構好きなんだ。そう言う私も喧噪の一つだけど。

「ユウキ!」

 すかさず右から三列目・前から二つ目の席に座る茶色い後頭部に声を掛けて、振り向く前には目の前に立つのが私のルーティーン。

「やぁ、アイラ」

 ユウキは慣れっこで私を見上げている。

「やぁやぁ、今日は委員会の日でしょ? 何か私に言うことは無いのかい?」

「仰る通りで。いつものお願い致します」

 ワザとらしく丁寧なお辞儀をするユウキ。だから私も盛大に偉そうに胸を張ってみる。

「お客さん、お代はイチゴ牛乳でよきにしもあらず」

「ハハッ、使い方おかしいし、そもそも『なきにしもあらず』じゃね?」

 ユウキが笑う。つられて私も笑う。ユウキの笑顔はいつも温かい。

 椅子を九十度傾けてユウキが座り直す。いつも通りのスムーズな動き。だから私もスムーズに後ろに回り込んだ。ユウキが机の中から男の人の絵が描いてあるヘアワックスの容器とヘアピンを取り出して、私はそれを勝手に開けて中の半練状のワックスを手に拡げた。ベタベタした手で綺麗なユウキの髪に触るのは何だか悪いコトしてる気分になる。こんな気持ちになっちゃうのは、ユウキが好きだから。でも、私は知ってる。ユウキは男の人が好きなことも、こうやって髪をセットしてるのも好きな人に会えるからだってことも。

「お客さん前髪はどうしましょ?」

「今日は無しで」

「あいよ!」

 ユウキの前髪を後ろに流してヘアピンで止める。フワフワに持ち上がった髪は我ながら格好良くて可愛い仕上がり。

「ほぉら、出来た。いい感じでしょ?」

 私はポケットから鏡を取り出すとユウキに渡した。

「いいじゃん。やっぱアイラ上手だな」

 ユウキは鏡の角度を変えて、右や左から私の技術で華麗に変身した自分を見ていく。鏡越しの目がキラキラ輝いていて、だから私は鏡を覗くのをやめた。

「ありがとな。イチゴ牛乳は後でいいか?」

「モチオッケー。あ、ほらネクタイおかしいよ。直したげる」

 差し出された鏡を受け取って、代わりに私の手を差し出した。それを支えにしてユウキが立ち上がる。まだ私の手はベタつきが残ってるけど、ユウキはお構いなしに手を握る。綺麗なユウキが少しだけ汚れた気がした。

「ちょっとユウキさんや。ネクタイどんな結び方してるのさ」

 立ち上がったユウキは私より背が高いからネクタイは結びやすい。にしても、これはちょっとヒドいかも。見たことない結び方になってて解こうと思って引っ張ったら首が締まっちゃった。

「どうも苦手でさ。でも、アイラが直してくれんじゃん」

 そんなこと笑顔で言うなんてズルいよね。だからユウキの肩を強めに小突いてみた。

「チョーシいいことばっか言って。ほら、遅れちゃうから早く行きなよ」

「ホントありがとう。行ってくる」

 ユウキが急ぎ足で教室から出て行こうとして振り返った。

「そうだ。アイラ今日は一緒に帰るか?」

「うん。図書館で待ってる」

「分かった。終わったら早めに行くから」

 ユウキが去り際に手を振った。そんな仕草も格好良いって思うのは恋心なのかな?

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