桃太郎③

先輩の言う通り、南の方へ進んだ俺たちは今、山を登っていた。

山登りとか数年ぶりすぎる。しかもこんな格好で。かなり疲れてきてしまい前傾姿勢になってきている俺に対し、目の前を軽々と歩く先輩に声を掛けた。


「なんでそんな楽々と歩いてるんすか……」

「俺の趣味、読書と筋トレだし。体力には自信あるんだよなあ。お前もゲームばっかしてないで運動しろよな」

「余計なお世話ですよ……」


趣味に筋トレとは。どうりでガタイが良いわけだ。

でもまあ、そろそろ頂上だし、出てきてもいい頃だよな……あ。

あそこで座ってるの、イヌじゃないか?


「先輩、先輩。あそこ!イヌいますよ!」


そう呼びかけると俺が指さした方に顔を向け、1点をじっと見つめる。


「あれだ。資料通りのイヌだ!」


よかった……!もう歩かないで済む!ありがとうイヌ!

喜びを噛み締めているといつの間にかイヌは立ち上がり、ててっとこちらに寄ってきた。

そして目の前までやってくると、丁寧なお辞儀をひとつ。

おお、お辞儀してくれるなんてできたイヌだな。


「こちらを見ておりましたが、何か御用ですか」


俺たちは顔を見合せこう思った。

喋った……、と。いや、まあ御伽噺の動物は喋りがちではある。ただこんなにもすらすら日本語が出てくると驚く。

そうしている間も利口そうにこちらが話し出すのを待っている。まじで良いイヌだ。

先輩も同じことを思ったのか慌てて口を開く。


「あのですね、明日あたりに桃太郎という男が鬼退治のためにここを通るのでそのときにお供になって頂きたいのですが……」

「いいですよ」

「そうですよね、危険も――えっ、何て言いました?」

「いいですよと言いました」

「本当ですか!やりましたね、先輩!」


そんなこんなでイヌ様の了承は無事ゲット。あのあとは軽く打ち合わせをして別れた。

いやあ、結構幸先いいんじゃないか?


________________________________________________


次の猿がいるところは森なため、再び足場の悪い道を歩かされている。


「桃太郎の話って昔からなんの違和感も無く読んでましたけど、意外と大変な道のりを歩んでるんすねえ」

「そうだな。ただ、俺らは最低でも今日中にキジの説得までは終わらせなければならんから、更にスピードを上げなきゃいけないぞ。まあ、限界だったらお姫様抱っこでもしてやる」

「げえ。それは勘弁してくださいよお」


じゃあ頑張れよ、と軽く笑う先輩。

絶対歩いてる間は暇だから、俺のことからかって遊んでるんだ。

でも普段運動とは程遠い生活を送ってるから限界ではあるんだよなあ。疲れすぎて思わずその場にしゃがみこんだ。


「キャッ、キャッ。ちょっと、大丈夫?」

「すみません、大丈夫っす……って猿だ!?」

「何大声出してんだ……って猿じゃねえか!?」


2人で大声を出して驚いてしまった。いけない、これで気を悪くされたら今後に支障が出る。

そう思ったが、猿は気にもとめてない様子で勝手に喋りだした。


「こんなところに人が来るなんてねえ。あんたら何の用?」

「いや、そんな性格だっけ……」


思わず口にすると後ろから手刀が飛んできた。普通に痛い。


「すみません、急に。貴方に頼みたいことがありまして。……桃太郎って男と鬼退治に行ってもらえませんか」

「嫌よ」


先輩の申し出を即答で断り、つん、とそっぽを向いてしまった。

イヌ様みたいには上手くはいかないか。

でも、上手くいってもらわないとこっちが困る。まずは何が理由で嫌なのか聞くしかない。


「あの、どうして嫌なんですか?鬼ヶ島に行くのが嫌とか?」

「別にそれはいいの!そうじゃなくて何でアタシが行かなきゃ行けないのよ」


ああ、なるほど。プライド高いんだろうなあ、多分。

さて、どう説得したものか。

考えていると先輩がその辺に落ちている木の棒を手に取り、地面に円をかきはじめる。俺と猿は何をしているかが気になり、手元を覗き込んだ。


「干支ってご存知ですか」

「当たり前じゃない」

「なら話が早い。この円の上に順に干支の動物を並べます。これは方角を表してるんですが、鬼というのはここ、牛や虎がいる北東から来るんです。そしてその向かい側にいるのが……」

「アタシ?」

「そうです。北東の向かい側、南西にいる貴方が鬼を迎え撃つ動物が貴方なんです」


本当は猿だけじゃ無いけどな。まあ、これで納得してくれるんならいいか。


「ふーん。ならいいわよ、やってあげる!」

「ああ、そうだ。桃太郎が通りがかったら声をかけて欲しいんですけど、丁寧にお願いしますね」


そう言うと、猿はぺこりとお辞儀をしてから口を開いた。


「こんな感じでしょうか。本性を隠すのは得意なんですよ」


そうしてふふ、と笑う。いくら動物と言えど、女性ってことか……。

若干の恐怖を抱きつつ、俺らは見送ってくれる猿に挨拶をしてその場を後にした。

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