ダンジョンでナイフを持った妹に追いかけられる話

焼き串

ダンジョンでナイフを持った妹に追いかけられる話


 冒険者。

 迷宮ダンジョンに潜り生活の糧を得る者を人々はそう呼ぶ。

 俺もその一人で、今日も迷宮ダンジョンに潜っていたのだが、


「お兄ちゃん待って! お兄ちゃん殺せない!!」


「何を言っているんだ妹よ!?」


 現在、同行者の妹に追いかけられていた。

 しかも彼女の手には戦闘用のナイフが握られている。

 ミスリル製の業物だ。付与効果のある刻印も彫られている。


「まずは落ち着いてナイフをしまえ! 話はそれからだ」


「とか言いながら今も逃げてるじゃん、お兄ちゃん!」


「そりゃ立ち止まった瞬間にバッサリやられたくないからなあ!?」


 たった一人の家族に殺されるわけにはいかない。今の妹は正気ではないのだから。

 岩場の暗い道を、探索で磨いた暗視と身体技能を用いて駆けていく。

 だが今まで一緒に探索してきた妹も同じ能力を持っている。

 おまけに俊敏さは向こうの方が上だ。二人の間にあった距離が縮まっていく。


「いいじゃん、受け止めてよ。私の気持ちを!」


「うおっ!?」


 躱した刃は、そのまま岩をバターのように切り裂いた。

 思わず冷や汗が出る。大振りな斬撃でなかったら危なかった。


「妹よ! まじで危ないぞ妹よ!」


「うるさいなあ、早く私に斬られなよ」


 虚ろな目をした妹が、ナイフを振り上げ迫ってくる。


「妹よ、正気に戻るんだ妹よ! 例の魔物モンスターはもう倒したぞ!?」


「そっか、じゃあ私の手で死のうか」


「会話になってないぞ、妹よ!?」


 こんな状況に陥ったのは、さっき出会った一匹のアンデット系の魔物モンスターのせいだった。女の亡霊といった風貌のそいつは、倒すことこそ容易かったものの戦闘中に謎の光を放った。

 俺には何の影響もなかったが、妹は様子がおかしくなり今に至る。

 改めて考えると、精神に混乱をもたらす魔法の類だったのだろう。


「お前は魔法でおかしくなっているだけなんだ。だから落ち着くんだ妹よ」


「うるさいなあ! 早く私に刻まれなよ!!」


 次々と繰り出される刃を避け、説得を試みるが効果はない。

 というか徐々に追い詰められていた。

 かといって、妹相手に腰の剣を抜くわけにもいかない。

 こういう時、仲間に神官でもいれば助かるだろうなと逃避のように思う。


「これで終わりだよ、お兄ちゃん」


 だが現実はままならない。

 壁を背にし、妹と対峙する。

 

「妹よ。もう一度だけ頼むぞ、どうか正気に戻ってくれ」


「私はおかしくなんかなってないよ。ただ」


 妹の口元が笑みを作った。 


「お兄ちゃんを自分の物にしたいだけだよ!」


 猛烈な踏み込みで距離を詰め、ナイフを上段から振り下ろしてくる。

 それに対して俺は




「そうか。ならば仕方ない」


「っ!?」




 タイミングを合わせ、自分の左腕を思い切り妹の手にぶつけた。

 衝撃でナイフが宙を舞う。

 混乱状態で動きが雑になっている妹相手だからこその芸当だった。

 それでも見切るまで時間がかかってしまった。

 

「悪いな、妹よ。出来ればやりたくなかったが」


 右手を腰の高さに下ろす。


「少し眠っていてくれ」


 妹の腹部目がけ拳を放った。


 




 目を開けると、最初に目に入ったのは兄の顔だった。


「おお、目が覚めたか。妹よ」


「……お兄ちゃん?」


 辺りを見回すと、どうやらテントの中らしい。


「ここは」


迷宮ダンジョン内部の休憩所だ。今日潜っていた階の上にある。ここまで、お前を運んできたんだ」


「休憩所。……あっ」


 すぐに記憶が蘇った。

 見覚えのないアンデットモンスターと戦ったこと。

 その後、兄に対して自分が何をしたかを。


「お、お兄ちゃん。私、わたし」


 体を起こそうとすると兄がそれを制した。


「無理をするな。まだ横になっていろ。今、当直の神官を呼んでくる。気絶した時に魔法は解けたようだが体にもしもがあってはいかん」


「でも、私! お兄ちゃんに酷いことを!」


「気にするな、悪いのはあの魔物モンスターだ。俺こそ非常時とはいえ、お前に手荒い真似をしてしまった。すまん」


「そんなこと気にしてない! 謝らなきゃいけないのは私の――」


 言葉を続けようとした時、兄の指が唇に触れた。


「ストップだ。もう言うな。俺はお前が意識を取り戻して嬉しい。それでいいじゃないか」


 兄は立ち上がり微笑んだ。


「いつも、お前には助けられているんだ。たまには兄らしいことをさせてくれ、妹よ」


「お兄ちゃん……」


「それじゃあ、出てくる。すぐに呼んで戻ってくるからな」


 そう言い残すと兄をテントを出て行った。

 残された私は、胸に手を当て先程のことを思い返す。


「あの時、私は」


 モンスターの放った光を見た瞬間、私の心の中で何かが起こった。

 まるで体全体が焼けるような感覚と、それを心地いいと思ってしまう異常。

 兄の姿を見ると、よりその思いは強まり気づいた時には襲いかかっていた。

 彼が欲しい、彼が憎たらしい、彼を自分のものにしたい。

 強烈な愛憎が身体中を迸り、凶行へと駆り立てた。


「きっと、あの魔法は」


 単純に対象を混乱させる魔法ではない。 

 自分の中に眠る、特定の感情を増幅させる魔法だ。

 愛しさも憎たらしさも含めて。

 その感情の正体は考えるまでもなくわかっていた。


「……お兄ちゃん」


 呟くと、心臓の鼓動が高まる。

 薄々、わかっていた。

 自分がに対して抱いている想いには。

 一方、兄は純粋に私を妹だとしか思っていないことにも。


「ままならないな」


 きっと、これは心の奥にしまっていないと駄目なものだとわかっていた。

 なのに、こんな形で表に出してしまった。

 兄は、彼は本当に魔法で混乱していただけとしか考えていないけれど。

 

 ため息を一つ吐くのと、足音が聞こえてきたのは同時だった。

 だから私はそっと、この想いを忍ばせる。

 兄と顔が合った瞬間、いつもと同じ表情ができるように。

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ダンジョンでナイフを持った妹に追いかけられる話 焼き串 @karinntoudaze

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