光を放て! 好戦魔女と少年は旅する

武内ゆり

第1話 あの後ろ姿に憧れて


 光の魔法陣の先に放たれた、どこまでもまっすぐな白い光線。

 その杖を構え、ダークブラウンのマントをはためかせた背中。


 それがマルクトの目に、写真のように焼き付いた、師匠の後ろ姿だった。


「すげえ……」


 単純に感動した。かっこいいと思った。それが始まりだった。


 光線はマルクトを襲っていた狼の魔物を撃ち抜き、群を撃退させた。逃げていく足音が耳に入り、だんだんと小さくなっていった。


 何も動かなくなった森の中、動いているのは目の前に立った大人の魔法使いだけだった。くすんだ黒い長髪が揺れ、その成人女性は振り返った。

 切れ長の目に微笑みが浮かんだ。


「大丈夫だったかい?」

「俺を……私を弟子にしてください!」


 マルクトは頭を下げる。


 あの光線を自分も撃ちたい。どこまでもまっすぐなあの光線を……。

 マルクトの頭の中には、そのことでいっぱいになった。そしてその魔法を使えるようになるためには、弟子入りしか思いつかなかった。


「お願いっす!」

「……」


 けれど、いくら待っても、返事は聞こえなかった。


 ダメ、か……?


 おそるおそる頭をあげ、相手の顔をうかがうと、


「よく言った」


と、いきなり頭をなでられた。髪の毛がぐしゃぐしゃになるくらいの勢いがあった。


「でも私についていくのは大変だぞ? 旅しているから定住していないし、厄介ごとも多いし……」

「かまいません」


 マルクトはすぐに言い切った。光線魔法の魅力にとりこになったマルクトは、どんな障害があると聞かされても、もうそれは乗り越えるためのハードルにしか見えなかった。

 もし断られたら、これからの人生どうやって生きていけばいいんだ、というくらい込み上げてくる気持ちがあった。


「わかった」


 師匠は短く答えた。

 受け入れられたことに、マルクトは胸が熱くなるのを感じた。


「じゃあ、今日から私は師匠だ」


 師匠から笑みがこぼれた。少し不思議な言い回しに聞こえたけど、マルクトは自分もあのまっすぐな光線を撃てるようになるんだと思うと、純粋に嬉しくなった。


 それから、どこへでもついていった。川をわたり、森を越え、民家に泊めてもらうこともあれば、野宿することもあった。マルクトは必死についていった。


 ある日、見晴らしのいい丘でひと休憩をいれ、師匠とマルクトは座っていた。水色と黄色の鮮やかなグラデーションに彩られた空には、どっぷりと赤い夕陽が浮かんでいる。


「ここからならマルクトの故郷まで、3、4日で着く」


 夕陽を見ながら、師匠はそんなことを話し出した。


「それが?」

 どうしたんだ、とマルクトは言いたくなった。もう自分は故郷には帰らないと決めている。あそこにいても、自分は一生光線魔法を撃てずに、芋を掘って生きていくだけだ。


「帰りたいとは思わないか?」


 声だけはいつものように淡々としていたけど、意地悪く笑っている師匠の顔が見えた。


「師匠といる方が楽しいっす」


 マルクトは本心から言った。師匠の笑みに困惑が混じった。


「惚れ薬を仕込んだ記憶はないんだけどな」


 その言葉を聞いた瞬間、なぜか恥ずかしくなって耳が熱くなった。

 そんなものなくたって、俺は師匠のことが……と思いかけて、そんな言葉、絶対に言えないと思った。


「……」


 答えられずにいると、また頭をわしゃわしゃとなでられた。視界が揺れながら、困り眉の師匠が見えた。頭をなでてくるのは困っている時だと、この時初めてわかった。


 帰ってほしい。足手まといだ。


 本当はそう思っているのでは、そう言われるのではと思って、マルクトは怖くなった。だから訊いた。


「どうして弟子にしようと思ったんすか」


 師匠はしばらく黙っていた。それから歯切れの悪い様子で、しかし話し始めると、堂々とし出した。


「あー……。1、2週間もしたら飽きるだろうからいっか、って思ってた」

「……へ?」


 飽きる?

 ——見込みがあるからじゃないのか。

 そう思い込んでいたマルクトは、思わず非難したくなった。


「ヒドッ」

「私はそういうやつだよ」


 師匠は呟きながら立ち上がり、マントにくっついた落ち葉を払いのける。


 怒ったのかと思った。このまま怒って出発するのかと思って、マルクトもつられて立ちそうになったが、師匠は手で制した。


「魔法に重要なものって、なんだと思う?」


 苛立っているようには見えない。むしろ自分の宝物を人に見せびらかす時のような陽気な様子で、師匠は訊いてきた。

 突然の質問に、マルクトは戸惑った。


「えっと、イメージとか……?」

「それもあるね。でも、イメージよりももっと強いものだ」


そう言われても何も思いつかなかった。


「意志だよ。願望って言い換えてもいいけど。技術なんて練習さえ続ければ上達する。でもなんのためにそれをするのかっていう動機が明確じゃない魔法は、見ていても美しくはないね……」


 幻想的で不思議な技——。それが魔法だと思っていた。使える人は限られていて、ありえないような現象を見せつける。それに美しいか美しくないかなんてあるのかと、不思議な気持ちになった。一度も考えたことなかった。


 でも、師匠の目から見れば、きっと違う世界が見えるのだろう。


 知りたい、と思った。

 師匠には世界がどう見えているのだろう。


「美しいってどんな?」

「それは自分で探せばいい」


 マルクトの思いに反して、冷たい答えが返ってきた。少しでも知りたいと思っていたのに、マルクトは一生懸命伸ばした手を弾かれたような感覚がした。


 でもきっと、師匠にも一理ある。


 ある意味、その通りだ。人によって好みは違うのだから、これがいいって思っても押しつけにしかならない。なんとなく師匠の人となりがわかってきた気がした。淡白な冷たさは、押しつけない優しさなのかもしれない。


 そう思いかけた矢先、


「ああ、でも私のお気に入りはね」


 気まぐれを起こしたように、師匠は杖を拾い上げると構えた。


 ——くる。


 マルクトは何故か、師匠がなんの魔法を撃とうとしているのかわかった。


 師匠の身長よりも大きな光の輪が描かれる。その瞬間、空気が変わった。まだ全然わからないマルクトでさえ、光の輪に集結しようとする魔力がとてつもなく大きなものであることを、肌で感じた。


 鳥が一斉に飛び立った。


 太陽に向かって、一つの直線が伝う。


 その光は太陽の輪郭を明確にし、赤い空全体を一瞬、ピンク色に染め上げた。


「……」


 一瞬だった。

 きれいだと思った。


 カアァ、カアァと野ガラスの群れが空を舞い続けている。夕陽は元のように、地平線の近くでどっぷりと浮かんでいた。


「この世界全体が、一つの魔法なのかもしれない」


師匠はポツリとつぶやいた。それから、


「弟子くんもやってみるかい?」


からかい混じりの調子で、マルクトを誘った。


 弟子として認められたように感じて、マルクトはすぐ立ち上がった。座りっぱなしで足がしびれ出す。でもすぐに忘れた。自分もできるんだ。その高揚感に浸りながら、師匠の杖を借りる。


「イメージは入り口としてはとてもいい。光と言っても色々あるからね。太陽、たいまつの火、木漏れ日、水や宝石の輝き、ホタルの光。やりやすいものでいいと思うけど」


 そう言われたから、マルクトはイメージした。


 もちろん師匠の光線を。

 ……。

 しかし何も出てこない。


 他のやつをイメージした方がいいのか? と思ってでも、太陽は大きすぎるし、たいまつの炎はしょぼいから嫌だと思った。


 それなら何を? なんでイメージしても出せない?

 マルクトは焦り始める。できなかったら——見込みがないと思われたら、今度こそ師匠は……。

 怖くなって、目を瞑りそうになる。


 ふと、「なんのためにそれをするのか」とさっき師匠が言っていた言葉を思い出した。


 師匠に褒められたい。すごいって言ってもらいたい。いや、そんな気持ちで……自分の無意識に考えていたことを明確に認識した時、急に恥ずかしくなってきた。


 でも師匠みたいになりたい。あの後ろ姿、どこまでもまっすぐな光を放つ、あの後ろ姿——その思いは本物だ。


 杖を握る手が強くなる。


「上出来だ」


突然言われて、マルクトはハッと顔を上げた。気がつけば下を向いていたらしい。薄ぼんやりと何かが光っているような、と思った瞬間、消えた。


「……」

「いいセンスをしているね」


と師匠は嬉しそうに言う。師匠が何を褒めているのか、マルクトはいまいちわからなかった。師匠より細い光線でも、いや、本気でやったら師匠以上のものが出せるなんて思い込んでいた自分がバカらしくなった。


 だから師匠の言葉が、無理に励ましているように感じた。

 でも師匠は本心からそう言っていた。


「どうした? 初めての魔法なら、もっと喜べばいいのに」


 そう言われて、ハッとした。確かに初めてだった。


 なのにいっぱしの魔法使いのような気でいた。こんな自分を見透かされるのが怖かった。だけど、師匠は笑い声をたてた。


「ふふっ知り合いにもいたよ。マルクトみたいな奴」

「どんな」


 噛み付くように聞き返す。


「魔法を使うたびに、こんなはずじゃなかったって難しい顔になっていくんだ」

「……」

「向上心があっていい奴だったよ。マルクトも伸びる」

「!」


 師匠の言葉に、何かが救われたような気がした。

 ちゃんと弟子として認められたんだとわかると、胸が熱くなるのを感じた。


「はい」


まっすぐに師匠を見て、返事をした。


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