第9話 動乱の文化祭④

 それからは更に気まずい空間へと変わってしまった。

 立花と女子生徒はタロットカードをかき混ぜながら、恋愛話に花を咲かせていた。

「それで、恋人の悠馬さんと喧嘩をされたんですか?」

「そうなんですけど、あっちが悪いんですよ! 東……後ろにいる人なんだけど、肩壊して野球辞めたのにしつこく野球部に誘ってくるの。ひどいと思わない? デリカシーがないんですよ! その癖、向こうが怒るの。意味が分かんない」

「確かに。彼氏さん的には弟くんに嫉妬してるのかな?」

「え~。違いますよ~。それだったら野球部誘わないと思うし。悠馬も東と仲いいしなぁ」

「なるほど~。恋と友情、姉弟愛の板挟み。視えてきましたよ~」

後ろで肩身の狭い思いをしながら時間が過ぎるのをひたすら待つ。さほど興味のない恋愛話を、何とはなしに投下してしまったことをひどく後悔した。

女子生徒がやっとタロットカードをかき混ぜるのを止めたかと思うと、一つにまとめて山を作り、そのまま片手で横一列に崩していく。

「では、何を占いましょう?」

「え~どうしようかな~」

 女子二人が楽しそうにしているこの空間で、僕は気配を押し殺す。立花たちはトントンと話を進めて、カードをめくって一喜一憂していた。ぼんやりとその様子を伺いながら、やけに進みの悪い時計の針をじっと見つめていた。

 宝条は今頃、クラスメイトたちと最後の打ち合わせでもしている頃だろうか。本番前に顔ぐらいは見ておきたいが、何か約束をしているわけでもない。

 携帯を取り出して画面を見つめる。今はきっと忙しいだろうし、連絡するのは迷惑なんじゃないだろうかという不安と、上手くいっていないクラスメイトたちと彼女が劇を前にして順調に劇の準備を進められているとも思えない不安がせめぎ合っていた。

 ポンっと、切れていなかった通知音が鳴った。幸いお祭り騒ぎの喧騒の中では対して目立たなかったが、慌てて携帯の着信音の設定を切った。

 画面を見ると、宝条からの通知が届いていた。

『もう来られてますか?』

 おそらく宝条の画面からだと、すでに既読を告げる文字がついているだろう。画面を開いてみていたことが筒抜けになって、恥ずかしさに顔が熱くなるが、宝条が僕からの返信を待っているだろうことは想像に難くなかった。

『来てる。今は準備中?』

『準備は昨日のうちにすませてあるんです よかったら本番前に会っておきたくて。立花さんにも連絡を送たたんですけど帰ってこなくて』

 急いで打ったのが分かる少しばかり不自然な長文が何個かに区切られてすぐに戻ってきた。

『立花なら一緒にいる。そっちに向かうよ。どこいる?』

 宝条から、体育館近くで落ち合おうと返事が返ってくる。確かに不慣れな僕らが宝条の今いる場所に行くよりも確実だろう。

 宝条の提案に了承して、顔をあげて立花の様子を見る。ちょうど占いもひと段落ついたところだったらしい。

 立花に声を掛けようとして、そういえば占いの出店をしている生徒には姉弟と思われているのだった。苗字を呼べば不自然になるだろう。

「たち……、しーちゃん、そろそろ出よう。宝条から連絡が」

咄嗟に、昔の呼び方へと切り替える。立花が振り返ると、なんだか鳩が豆鉄砲を食らったような表情でこちらを見ていた。

「う、うん。そうだね。……それじゃ、占いありがとね! お姉さん! 楽しかったです」

「いえいえ~。占いがお役に立ったようなら何よりだわ~」

 少しばかりぎこちなく返事をしたけれど、それもわずかな間のことで、立花はすぐに普段通りの様子へと切り替わっていた。朗らかに手を振り合っており、目を離した少しの間にだいぶ打ち解けていたらしいことが分かる。

 立花の人当たりの良さに舌を巻きながら、暗幕の外へと抜け出す。

「しーちゃん、しーちゃんねぇ……」

「うるさいな。仕方ないだろ。訂正できなかったんだから」

 小声で反芻する立花につい苛立った声を出してしまう。声音から彼女が僕を揶揄う気しかないことが分かる。

「向こうが勝手に勘違いしてるんだから好きに思わせておけばいいのに~。わざわざ小学校時代の呼び方するんだ~」

 揶揄うネタが増えたことに気分がいいのか、立花は非常に上機嫌だった。にやにやと笑いながら、それこそ鼻歌でも歌いだしそうな雰囲気だった。

 一刻も早く話を変えたかった僕は、あまり興味も引かれなかった先ほどまでの様子を聞いた。

「それで、結局なにを占ったんだ?」

「えー。聞いてなかったのー!」

「べ、別に聞いてなくてもいいだろ。タロット占いとか、僕はよく分からないし……」

「タロット占い? いや、あれはただの小道具だって」

「は?」

 言っている意味が分からず聞き返すと、立花がなにやら薄っぺらい紙を僕へと渡してきた。

「はい。東は大凶だって」

 そしてもう一枚、自分の結果らしき『凶』と書かれた紙をひらひらと見せる。

 ……あの占いの出店、何もかもいい加減だったなぁ。

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