泥だらけの日記帳
那刄碧
第1話 最高の朝
奇怪な音が響く中、僕は道路の真ん中でお腹の中の赤ちゃんのように倒れていた。
良い朝を迎えたはずだった。寝坊ばかりしていた僕は今日、アラームの頼りなしに起き上がった。実に不思議な出来事であったので今でも鮮明に覚えている。二階から降りてきた僕の姿を見た母は驚きの眼差しを向けていた。それもそのはずだろうなと思いながら風呂に入る。「やっぱり高校生になるからかしらねぇ」などとドアを挟んで母の独り言が聞こえてくる。独り言と言うと、いつも母は怒鳴り口調で「みらいくんと話してるのっ」と言ってくるので正確には犬と話してるとなる。実際みらいくんは良い話し相手で僕の日頃の悪口を聞いてもらっている。彼には日本語は伝わらないと分かっているからこそだ、僕には悪口を意図的に言って人を傷つけることなど、そんな度胸すらない。そんな事を考えながら、風呂から出て支度する。洗顔、歯磨き、隈なおし、ドライヤー、そして真新しい制服。今日が初の登校日だ。リュックは中学のときよりひとまわりはでかい、今はほとんど入っていないのでなにも感じないがこれからの重さを考えると自然と猫背になった。玄関から駐車場に行き、電動自転車に乗る。キラキラな深緑色、僕の好きな碧色に似ている。少しの好奇心と不安を抱えながらペダルに足をつけて出発した。
自転車は…やはり便利だ。中学で五分かかった距離をたった三十秒で来てしまった。この充実感は今しか味わえないだろう。そんな事を頭の端で考えながら曲がり角に近づいた。小・中学生が川のように途切れなく歩いている。いつもの光景だが何か違和感がある、曲がり角の右が膨らんでいるのだ、良くみると自転車に乗った女子二人がスマホをいじりながら止まっている車道ギリギリ、子供たちは道路に出て歩いていた。危険だ、なにも感じていないのかと彼女らを見たが無表情でスマホをポチポチいじったままだ。同じ制服、今大声を出すよりは先生方に相談したほうがよっぽど効果的だ、そう考えて僕は右折する。頭の中で先生に話しかける言葉を探していたときだった。頭がものすごい勢いで揺れた。視界もまるで真ん中にブラックホールでもあるかのように世界は伸び縮みしたり大きく回転している。何が起こったのか検討がつかない、僕は自転車に乗っていたはずだ、身体が軽い、宙に浮いている。一瞬右に激痛が走った頭の整理が追い付かないまま、身体は勝手に動く。どうやら宙に浮いて、地面に落ちたときの受け身を取ったらしい、酷い頭痛の中僕は周りを見る。ぐちゃぐちゃになった新品の自転車、赤く染まった地面と右腕、奇怪な音を鳴らし続け白い煙を出す軽自動車、目の前の白色の線は真っ直ぐとそのさきの2つの信号機の間に伸びている。はねられたのだ、事故をしたのだ。その事実と、母親に一言話しておけば良かったなと少しの後悔を抱きながら、僕の最悪の出だしの高校生活が始まった。
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