平民騎士、王女様と騎士団はじめます!――スラム街の不良少女が、王女様と出会って〝騎士〟になるまでの話――

遊川率

プロローグ

魔法と襾学、平民と貴族

 ……この世界では、はるか昔から〝魔法〟の使える貴族たちが支配者として君臨してきた。

 平民は無力な存在だった。なぜなら、彼らは魔法を使うことができないからだ。手を触れることもなく相手を殺せる貴族という存在は、彼らから見ればさぞ恐ろしい〝化け物〟に見えていることだろうと思う。

 そんな時代が2000年近く続いたある日、突如として時代の節目が訪れた。

 〝産業革命〟が始まったのだ。

 それは〝襾学かがく〟という、平民が生み出したまったく新しい学問により始まったものだった。

 元々は自然哲学と呼ばれていた諸哲学分野の一つが、自然に対する考察を続けた結果、新たな究理に至った。襾学かがくとは即ち、その自然的考察の集大成であると言える。

 襾学かがくは貴族が扱う魔法とは、まったく異なる〝力〟を平民たちにもたらした。

 そもそも、我ら貴族の魔法は学問ですらない。

 強いて言うのであれば、あれは貴族だけが使えるたぐいでしかない。あまりにも主観的要素が強すぎるので、そもそも学問として体系化できるようなものではないのだ。

 魔法を生み出すのに道具は必要ない。

 貴族は心の中にイメージを創り上げ、魔力を四元素に干渉させることで形にする。ようは心に思い描いたものを、そのまま心というはこの中から取り出すのが魔法というわけだ。

 平民が粗末な道具を使ってせっせと小さな火種をつくって火を熾していた時代から、貴族たちはただ念じるだけで火を生み出すことが出来たし、それを自由自在に操ることもできた。もちろん、火だけじゃない。貴族は念じるだけで、あらゆる現象や物質を思いのままに操り、生み出すことができた。空を自由に飛ぶことだって、我々貴族だけの特権だった。

 なぜそんなことが可能だったのか、貴族たちはその真理をこれまで深く考えてはこなかった。

 なぜなら、その説明はたった一言で済んでしまうからだ。

 ――自分たちは〝神〟に選ばれた存在なのだ。

 と。

 そう、〝神〟に選ばれたから魔法が使えるのは当然なのだ。

 貴族は生まれつき、を持っている。それは〝神〟が貴族に対して特別に与えた〝力〟で、この世界を支配せよという思し召しなのだと、貴族たちはずっと本気で信じてきたし、もちろん今でもそう信じている。

 けれど、平民は違っていた。彼らは何の特別な能力もなかった。だから、どうして世界はこうなっているのだろう? と、ずっと考え続けてきたのだと思う。

 そして、やがてそうした哲学的思想の一部が、本当の意味での真理の扉に到達した。

 遠い異国の地で襾学かがくを創設したアイザック・ニュートンは、長らく自然哲学者として世界の原理について研究していたそうだ。彼は高度な数学を使用することで、この世界の根本的な原理を究明し続けた。

 彼がそれまでの自然哲学者たちと違っていたのは、この世界の理は全て数学で記述可能だと見抜いていたことだろう。数学はただの机上の空論ではなく、であると、ニュートンはずっと言い続けていたそうだ。ちなみに言えば、襾学かがくで使用される高等数学のほとんどは彼が自分で生み出したものだ。

 やがて、彼は本当にこの世界の原理そのものを解明し、〝エーテル理論〟を生み出した。それが現代襾学かがくの根本理論を支える土台となっている。

 ――そして、現在は黄金歴1890年。

 襾学かがくが創設されておよそ100年。

 この国で産業革命が始まってからおよそ半世紀。

 世界はあまりにも大きく変わってしまった。

 2000年もの間、何の進歩もなかった貴族の魔法と違って、襾学かがくの〝力〟を得た平民社会は、その在り方を根本的に変えてしまった。

 平民社会における現代産業を支える主要エネルギー源である〝火石かせき〟と、その火石を利用して動く〝火動機関かどうきかん〟と呼ばれるエネルギー変換装置。これらの登場によって、平民社会は劇的に変化していった。

 ならば、それによって人間社会の支配構造にどのような変化があったのか?

 新たな〝力〟を得た平民たちの社会的な地位は、これまでの世界とどう変わったのか?

 ……残念ながら、人間社会そのものには大きな変化は起きていない。

 相変わらず世界を支配しているのは前時代的な貴族たちで、彼らは未だに平民たちを下等な劣等種族だと思っている。彼らのような典型的な貴族主義者たちから見れば、平民は未だに牛や豚などの家畜と何も変わらないままなのだろう。

 恐らくこの先どれだけ襾学かがくが進歩しても、貴族たちは魔法によって平民たちを支配しようとするのだろう。平民たちがどれだけの富を築き上げたとしても、貴族は支配者として君臨し続け、当然のように全ての富を自分たちのものにしようとするはずだ。それが当然のことだと、彼らは本気でそう考えているのだから。

 ……でも、果たしてそんな時代がいつまで続くだろう?

 わたしには、貴族は魔法の持つ〝力〟を過信し過ぎているように見える。襾学かがくが銃や大砲という兵器を生み出したところで、それらが魔法を脅かすような脅威にはならないと、ほとんどの貴族たちは本気でそう思っているのだ。

 確かに、現状ではそうかもしれない。

 でも、たった100年でこれだ。

 なら、もう100年後はどうなっているのか――とは考えないのだろうか?

 平民たちがもっと強大な兵器を生み出した世界で、わたしたち貴族はそれでも支配者として君臨していられるのだろうか?

 その答えは……たぶん、いなだ。

 最近、わたしは何度も〝夢〟を見る。

 今からそう遠くない未来の世界で、貴族と平民による大きな戦争が始まるという本当に恐ろしい〝夢〟だ。

 その戦争は世界中に飛び火して、貴族と平民が真っ二つに分かれて世界中で殺し合いを始めるのである。

 戦争の結末がどうなるのか、わたしの見る〝夢〟ではそこまでは分からない。けれど、たぶんわたしたちは負けるだろう。襾学かがくが生み出す〝ちから〟の前に、恐らく魔法は敗北する。

 だから、今しかない。

 今のまま貴族が何も変わらなければ、貴族と平民による世界規模の大戦争――仮に〝世界大戦〟と呼ぶことにする――は必ず勃発する。それを起きないようにするには、本当に今しかないのだ。

 例え周囲に何と言われようと、わたしは世界を変えたい。変えなければならない。貴族と平民が共存していける未来の世界だって、無数に存在する可能性の中には、きっとあるはずなのだ。

 必ず変えてみせる。

 あの時、わたしを守ってくれた勇敢なる国民軍兵士に誓って、わたしは必ず成し遂げてみせる。


 ――クローイ・プリムス・パノティアの日記帳より

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