untitled

@rabbit090

第1話

 ああ、全部捨てたい。

 ぶっちゃけ、やってらんないのよ。

 今日子はそう言っていた。でも、僕はそう思わない。まじめに生きなければ、常にそんなことばかりを考えていた。

 「別れよう。」

 「何で?」

 それが、今日子の答えだった。

 いや別に、理由なんて無いよ。でも分かるだろ?僕ら上手く行ってないって、君はさ、家に帰ってきたらお菓子ばかり食べているし、反対に僕は一汁一菜で暮らしている、草食と肉食の同居だなんて、周りからは揶揄されていただろ?

 「…意見は聞かないから。よろしく。」

 「はあ?」

 何言ってんの?こいつって感じなんだろうか、きっと本気にしていない。

 僕は君が大好きだったんだ。

 だから、君が他の男にうつつを抜かしていたって、気にしないふりをしていたんだ。

 そう、ふり、だから君は僕の意見に従ってしかるべきだろう。

 そう、決めつけていた。

 なのに、彼女がいなくなったという報せは、その時に初めて聞いた。

 彼女は、僕と今日子の共通の知り合いだった。

 今日子は、小学生の時からの幼馴染だった。

 「今日子、ちょっとあんた何したのよ。」

 僕の家に来て、僕の顔を見て、彼女はまくしたてた。

 今日子が、いなくなったのだ、と。

 僕はそのころすでに、今日子とは別れたつもりでいた。

 だから一人で暮らしていたし、今日子もそのはずだった。

 でも、違ったのだ。

 今日子は、一人では暮らせなかった。

 僕は、知らなかったのだ。

 今日子が、弱い人間だということに、気付かなかった。

 つまり、僕は彼女にとって、他人以外の何者でもなかった。でも社会的に最低限のつながりとしてあった僕、という他人に、捨てられた。(僕は、そう思っている。)

 そして、実家に戻って、会社にも行かなくなったらしい。

 僕は知らなかったけれど、彼女は知っていた。

 今日子は、昔嫌なことがあって、トラウマを抱えているのだ、と。

 そのせいで、一人で暮らすだなんてとんでもない、ということを。

 「あんた、最低。」

 彼女はそう言い残して、いなくなった。

 僕は自分の身の置き所が無かった。

 今日子のことが大好きだったはずなのに、僕が惹かれていたのは、彼女の一体、なんだったというのだろう。

 そして、今日子は僕のことが好きだったのだろうか。

 僕は、僕は。

 

 「戻ったって。」

 「…そう、そうか。」

 彼女は冷たいまなざしを向けながら、僕を睨み続けた。

 その視線を見ないようにして、僕はぼそぼそと喋り出した。

 「今日子に、会わせてもらえないか?」

 「ダメよ。」

 「…何で?」

 「何でって、もうあんたと今日子は関係ないのよ。今日子、昔からそうだったの。私は女だから、知ってるのよ?私、今日子は突然、いなくなるの。最初は驚いたけど、それが今日子だった。始まったのは、そうね。私たちが高校生くらいの頃だったかな。それで、いつも、周りがぎょっとするほどの何かを釣り上げて、帰ってくるの?」

 「釣り上げる?」

 「そう、今の自分をぶち壊す何かを。だから、あなたはいらないみたい。」

 「………。」

 そう言って、彼女は笑った。

 「今日子、結婚してたわ。すごく、頑丈そうな男だった。だから、あなたはもう、今日子には合わないで。今日子のお母さんも、それを望んでいるから。」

 「………。」

 「じゃあ。」

 バタン、と扉が閉まった。

 そして、僕の心の中の、何かがその瞬間、壊れたような音を立てた。

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